マンガに特化した機械翻訳・画像認識技術を擁するMantraは7月28日、Mantra Engineの正式版をリリースした。同社は、いずれも東京大学情報理工学系研究科出身で、機械翻訳や自然言語処理が専門の石渡祥之祐CEOと、画像認識が専門の日並僚太CTOが2020年1月に設立したスタートアップ。今年6月には、ディープコア、DMM.com(DMM VENTURES)、レジェンド・パートナーズ、複数のエンジェル投資家を引受先とする第三者割当増資により、約8000万円の資金調達も実施している。
同社は法人設立前の2019年に、東京大学FoundX Founders Program、IPA未踏アドバンスト事業、東大IPC 1st Round(東京大学協創プラットフォーム開発の起業支援プログラム)、AIスタートアップの登竜門であるHONGO AI 2019ファイナリスなどに採択・選出されていた注目のAIスタートアップだ。
Mantra Engineは、出版社やマンガ(コミック)の制作・配信事業者を対象にした法人向けクラウドサービス。デジタルデータもしくはデジタルデータとして取り込まれたマンガの吹き出しとその中の言語を認識して、ウェブブラウザ上で原文と対訳することが可能だ。
マンガでは、状況を説明する吹き出しやト書き、登場人物について吹き出し、背景に書かれている効果音などさまざまテキストが混在しており、吹き出し中での主語の省略や、「あれ」「それ」「これ」などの指示語の利用頻度も高い。Mantra Engineでは、こういったマンガ特有の文章の使い方に最適化した翻訳エンジンを自社開発しており、市販の翻訳サービスとは一線を画している。石渡CEOにGoogle翻訳などの汎用エンジン使わなかった理由を聞くと「在学時に言語処理を研究していたこともあり、汎用エンジンを使うより独自開発したほうがよりマンガに適した精度が得られるから」と説明してくれた。
現在の対応言語は、英語・中国語(簡体字)。今後順次、言語を追加していく予定だ。価格については個別問い合わせになるが、使用量に応じた従量課金プランのほか、初期コストを抑えられる協業プランも用意する。
マンガ、そして一般書、技術書の翻訳は、発行元の現地法人がない場合はエージェント経由で現地のほかの出版社が翻訳ライセンスを取得して翻訳・出版するというのが一般的だ。ライセンス料はレベニューシェアの場合もあるが、多くの場合はライセンス買取のために一度の多額の資金が必要で、複数社の入札になることもある。こういった理由もあり、翻訳に漕ぎ着けるまでにはタイムラグが生じる。特に技術書などはソフトウェアのバージョンアップの頻度が高いため、出版するころにはすでに旧バージョンの技術書になってしまうこともある。
マンガだけに限っても、たとえ現地法人を持つ出版社であっても日本国内で刊行された最新コミックスが海外で現地語に翻訳されて同時に店頭にならぶことはほぼない。まして週刊のマンガ雑誌の連載を海外のファンが現地語でリアルタイムに読むのは難しいだろう。そのため、一部の有志、ではなく犯罪者が海賊版を発行・配信し、著作権などの利益が原作者に還元されないまま、広まってしまうという事態が起きる。このあたりはイタチごっごで、いくら取り締まっても後を絶たないのが現状だ。
Mantra Engineは、こういった問題を根本から解決し、出版元、原作者、読者にとって最高のエコシテムを生む可能性を秘めている。もちろん、出版社がマンガに対して造詣のある翻訳専門の人員を育てたり、原作者は酒やタバコ、性的・暴力表現など各国の基準に合わせたりする必要ある。背景の効果音などとして書かれている日本語さえNGの国もありハードルは低くないが、最も高いと思われる言語翻訳の壁を容易に越えることができるなら現実味はグッと増す。ちなみMantraの石渡CEOは「背景に手書きされたテキストを認識・抽出し、翻訳した現地語のテキストに違和感なく入れ替えられるようにな画像処理の開発も進めている」というので期待大だ。
内閣府などが進めるクールジャパン戦略の中心となるのは間違いなく日本のマンガ・アニメーション。Mantra Engineを活用した多言語同時翻訳・配信が進めば、同じマンガを各国の読者がリアルタイムに楽しみ、感想をぶつけ合える世界が生まれる。時差の問題はあるものの、毎週水曜日の夜11時59分ごろに「ヤングジャンプ」のモバイルアプリを起動し、翌木曜日0時配信の最新号を布団の中やリビングのソファで心待ちにしている、キングダムファンのワクワク感と読んだあとの高揚感、そして休載と知ったときの絶望感を世界中の読者が同時味わえるのだ。