日本発の量子コンピュータ系スタートアップQunaSysが数千万円を調達、第一線の研究を実用化へ

従来のコンピュータと比べて、圧倒的な速度で計算ができるようになるかもしれない——そんな期待から、日本でも新聞やニュースメディアで取り上げられることが増えた「量子コンピュータ」。最近はスーパーコンピュータと比較して紹介されることも多い。

海外ではGoogleやIBM、Microsoftなど大手企業がこぞって開発に力を入れているほか、Rigetti Computing(以下Rigetti)など関連するスタートアップも数十社存在。ここ数年で研究開発も一気に進み、化学や製薬、金融、物流、機械学習などさまざまな分野での応用が期待されている。

ただ日本で量子コンピュータ関連の事業に取り組むスタートアップはまだほとんどないのが現状だ。今回紹介するQunaSys(キュナシス)は、数少ないそのうちの1社。同社は4月25日、ベンチャーキャピタルのANRIから数千万円を調達したことを明らかにした。

量子化学コンピュータと量子機械学習の領域にフォーカスし、アプリケーションの開発を進めていく方針だという。

第一線の研究者がタッグ、社会への応用目指す

QunaSysのメンバー。前列中央がCEOの楊天任氏、前列右がCTOの御手洗光祐氏

QunaSysは量子コンピュータのソフトウェア(アプリケーション)を開発するスタートアップだ。

東京大学で機械学習を研究するCEOの楊天任氏と、大阪大学で量子アルゴリズムを研究するCTOの御手洗光祐氏が中心メンバー。そこに京都大学の藤井啓祐特任准教授、大阪大学の北川勝浩教授、根来誠助教授といったこの分野の専門家を顧問に迎え、2018年2月にスタートした。研究者が集まったチームだが、楊氏はクラウド会計のfreeeや自動運転システムを開発するZMPなどスタートアップでのインターン経験もある。

QunaSysが取り組む量子コンピュータとは、量子力学のルールを用いて計算するコンピュータのことだ。コンピュータでは「0」と「1」というデジタル信号を用いて処理を行う。一般的なコンピュータではこの「0」か「 1」どちらか一方の状態をとるビットを使っているのだけど、量子コンピュータで使う量子ビット(qubit)では「0」と「1」を重ね合わせた状態で計算できる。

この性質により、たとえば10個の量子ビットがあれば2の10乗、1024通りの重ね合わせ状態を保持することができるようになるという。つまり何か問題を解く際に、たくさんの可能性を重ね合わせた中からもっともらしい答えを高確率で、かつ高速で求められる可能性を秘めているのだ。

「(理論上では)300量子ビット規模のコンピュータを準備できれば、2の300乗と宇宙上の全ての原子の数より多い場合の可能性を一気にテストできることになる。量子コンピュータが注目されているのは、量子ビットのサイズが増大すれば計算能力も指数的に増大するからだ。ゆくゆくは現在の暗号・認証を破るほどの計算パワーを持つ可能性もある」(楊氏)

近年は原子のサイズに制約があるため、いわゆる「ムーアの法則」が限界に近づき、現在のコンピュータの性能向上が頭打ちになるとも言われている。量子コンピュータはその制約を受けずに発展できうるため、期待値も高い。

製薬や材料開発、機械学習分野で量子コンピュータを活用

QunaSysでは現時点で具体的なプロダクトを提供しているわけではないが、すでに述べた通り「量子化学シミュレーション」と「量子機械学習」にフォーカスをしてアプリケーションを開発していくという。

量子化学シミュレーションは「製薬や材料開発」などの分野において量子コンピュータを活用するというもの。たとえば創薬の現場では量子コンピュータによる化学反応のシミュレーションで、薬の候補となるサンプルを絞り込むことができる。これにより実験するサンプル自体を減らせるため、創薬のスピードが速くなるだけでなく、大幅なコストの削減にも繋がる。

もうひとつの量子機械学習は機械学習における量子コンピュータの応用だ。この分野では大量のデータをどのように処理していくのかがひとつの課題。扱うデータが増えるほど、そこにはコストや時間も必要になる。この対応策として量子コンピュータが期待されているわけだ。

これについてはCTOの御手洗氏らが、量子コンピュータと従来のコンピュータを組み合せた理論を考案。この研究などを元に量子機械学習の可能性を探索していくという。

ただ機械学習の分野においては、既存のGPUなどの性能も高く「量子コンピュータがアドバンテージを持つのは少なくとも数年先の話になるのではないか」(楊氏)という話もあった。そのため実用化という点では量子化学シミュレーションが先になりそうだ。

海外ではGoogleやRigettiらが量子化学計算を量子コンピュータ上で行うライブラリ「OpenFermion」の提供も始めている。このような流れもある中で、量子コンピュータをどのように企業の課題解決に活用していくのか。QunaSysでは主に製薬や化学系の大企業向けにサービスを提供していく予定だ。

「これから数年後には従来のコンピュータでは解けなかったような問題を解決できるようになるかもしれない。そのタイミングで大企業が量子コンピュータを活用できるように、下準備を進めていく。企業にとってアドバンテージとなるようなツールの提供や、活用サポートを行っていく」(楊氏)

また並行して、量子情報分野に精通した人材の育成にも力を入れる。たとえば今後より多くの人材が必要とされるAIの領域では「Aidemy」のような特化型の学習サービスが登場。東京大学の松尾教授がオンライン上でコンテンツを無償提供しているような事例などもでてきている。

「実用的な量子コンピュータが完成すれば、AI領域以上に人材が不足することが考えられる」(楊氏)ため、QunaSysでは10名程度の勉強会からスタートし、ゆくゆくは誰でも受講できるオンラインコースも整備していく方針。量子関連の情報を発信するメディア「Qmedia」もすでに立ち上げている。

進歩が著しい業界、海外では関連スタートアップも増加

TechCrunch読者の中にはカナダのスタートアップD-Wave Systemsをきっかけに量子コンピュータに関心を持った人もいるかもしれない。NASAやGoogleらが同社のハードウェアを導入するなど、さまざまなメディアで取り上げられてきた。海外企業のみならずリクルート(広告配信)デンソー(交通)野村ホールディングス(資産運用)といった日本企業との共同研究や実証実験にも取り組んでいる。

量子コンピュータは量子アニーリング方式と、量子ゲート方式に分かれるとされ、D-Waveが開発するのは量子アニーリング方式のマシン。それぞれ特徴は異なるが、アニーリング方式は特定の用途で力を発揮するものとして登場した一方、ゲート方式はあらゆる目的で使えるという意味で「汎用量子コンピュータ」とも言われる。

汎用量子コンピュータの領域ではGoogleが72量子ビットのプロセッサーを発表。そのほかIBMが16量子ビットのデバイスを誰でも使えるようにクラウドで公開しているほか、Y Combinatorの卒業生でAndreessen Horowitzなども出資するRigettiは19量子ビットのマシンで機械学習のデモンストレーションを行っている。

ハードウェアだけでなくソフトウェアを開発するスタートアップも増えてきている状況で、富士通とも協業する1QBitやNASAなどとパートナーシップを組むQC Wareなどがその一例。QynaSysもこの汎用量子コンピュータに特化したソフトウェア開発企業という位置付けだ。

近年進歩が著しい業界ではあるが、社会に大きなインパクトをもたらすのはこれからだろう。実用化に向けてはクリアすべき課題もある。たとえば「量子誤り訂正技術」の実現もそのひとつ。楊氏によると、現在各社が開発を進める量子コンピュータには誤り訂正という機能がなく「エラーが発生するノイジーなデバイス」なのだそうだ。

QunaSysでは顧問の藤井教授が誤り訂正の理論を複数発表していることもあり、その実用化や性能評価、アドバイザリー等も行っていく方針だ。第一線の研究者が複数人メンバーにいるのがQunasysの特徴。「今後はハードウェアを作る会社との提携をしながら、実用的なアプリケーションを作っていく」(楊氏)という。