スタートアップやベンチャー企業にとって「商標」とは少々やっかいな存在だ。
たとえばサービスの新しいロゴを思いついた時。自分で特許庁の「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」を使いこなして商標を調査するのは難易度が高く手間もかかる。かといって専門家である弁理士に頼むと数万円単位の費用がかかるため、気軽に頼めるものでもない。
その結果ほとんどの人が何もせず、そのまま放置してしまうのが現状のようだ。近年国内では商標登録の出願件数が年に約19万件と増加傾向にありニーズが高まっている一方で、2017年に商標登録出願をしたことがある中小企業は全体のわずか0.82%にとどまる。
冒頭で商標が“やっかい”という表現をしたのは、Webサービスにおけるドメインのようにそもそも取得しなくては何も始まらない類のものではなく、登録しなくても事業をスタートできてしまうから。そしてそれが後に問題になった場合、金銭的な負担だけではなくブランド価値の毀損など大惨事に繋がる恐れがあるからだ。
そんな商標登録の現状に課題を感じ、自ら新しい選択肢となるツールを開発したのがスタートアップのToreru。同社は本日6月25日、誰でも使える無料の商標検索エンジン「Toreru商標検索」を正式にリリースした。
手軽に文字やロゴ商標の調査ができる無料の検索エンジン
Toreru商標検索はスタートアップの経営者や中小企業の担当者など、必ずしも商標に関する専門知識を持っていないユーザーでもサクッと文字やロゴ商標の調査ができる検索エンジンだ。
構造や使い方は非常にシンプルで、文字を検索したい場合は検索ボックスに該当するテキストを入力。ロゴを検索したい場合は画像をアップロードするだけで同一の商標、または類似する商標をリサーチできる。
たとえば「TechCrunch」でテキスト検索をしてみると、同一の商標に加えて関連の可能性のある商標が以下のように表示された。各商標をクリックすると登録日や権利者、指定商品・指定役務、存続期間といった詳細を確認することもできる。
そして文字以上に効果があるのがロゴの検索だ。文字もロゴも冒頭で紹介した特許情報プラットフォームで調べることはできるのだけど、特にロゴについては「ウィーン分類」という専門的な検索コードを使いこなす必要がある上に(“星”であれば1.1.1のように図形の種類ごとにコードが割り振られている)、検索結果が似ている順に表示されないなど、より使いやすくできる余地があった。
Toreru商標検索ではそこにAIを活用している。ユーザーがアップロードした画像に似ている商標をデータベースから探し、似ている順に表示。その中から特に近しい画像を選択すると「絞り込み機能」によって、さらに似ている商標だけを検索できる仕組みを構築した(同機能は特許出願中とのこと)。
ちなみにTechCrunchのロゴで検索してみると、画質が荒いものだったこともあったせいか、最初の段階ではある程度似ているものも表示されれば正直あまり似ていないものも表示された。
ただ比較的似ている商標にチェックを入れれば絞り込み検索ができるので、より近しいものをソートしていくことはできる。もちろん精度のブラッシュアップは必要だろうけれども、ちょっとした空き時間でサクサク進められる点は使いやすい。
テクノロジーの活用で従来の業務を1/10まで削減
もともとToreruではグループの特許業務法人Toreruを通じて、クラウド上でスピーディーかつ手頃な料金で商標登録出願ができるサービス「Toreru」を展開してきた。
代表取締役を務める宮崎超史氏やCOOの土野史隆氏は現役の弁理士だ。宮崎氏はトヨタで生産管理の業務に携わった後、父親が経営する国際特許事務所にジョイン。弁理士として働く傍ら、習得したプログラミングスキルを使って自らToreruを開発した。
現在は弁理士でありながらエンジニアとしてコードを書き、ディープラーニングの勉強会なども開催するというなかなか珍しいキャリアの持ち主だ。
Toreruを作ったきっかけは自身の業務をより効率化することで、ユーザーが従来よりもはるかに安い価格で商標を登録できる仕組みを作れると考えたこと。
表向きは所定のフォームに入力するだけで簡単に商標の調査や出願依頼ができるシンプルなサービスに見えるが、実は裏側で弁理士が使っているシステムを徹底的に磨き込んでいるという。
「いかに専門家が楽になるかを追求している。基本的には自動化と効率化。ユーザーが入力した情報をベースに願書などの提出書類が自動作成される機能や、毎回専門家がやっていた事務作業などをテンプレ化することで効率化する。これを各プロセスで積み重ね、徹底的に無駄を無くした」(宮崎氏)
これによって調査から報告作成までの業務時間をだいたい10分の1ほどに削減できたそう。「実力がある人でも1つの商標を調査して報告書をあげるのに3〜4時間はかかるが、自分たちは早ければ10〜20分ほどでクオリティを落とさず業務ができる」という。
ロゴの調査だけでも特許事務所に依頼すると1件につき数万円必要だったのは、結局のところ弁理士がかなりの時間を業務に費やしていたため、その人件費がかかっていたから。ロゴの調査をする場合は弁理士が依頼者に変わって特許庁のサイトなどを使い、膨大な画像の中から「同じものや似ているものがないか」を1つ1つ地道に調べるしかなかった。
今回リリースするToreru商標検索を開発した理由の1つも「自分自身、弁理士としてこの作業が大変だと感じていたから」(宮崎氏)。調査に限らず各工程に存在する単純作業や弁理士にとってもペインとなっている業務の効率化が進めば、ユーザーがより安い価格で利用できるだけでなく、弁理士自身も本来時間をかけるべき仕事に集中できるようになる。
結果としてToreruでは1区分あたり印紙代なども含めて4万8000円から商標登録ができる環境を実現。「一般的な料金のだいたい1/3くらい」だというが、それでもきちんと収益をあげられる体制を作った。
このシンプルさとリーブズナブルな価格が受けて、累計で6000以上の企業や団体が活用。2018年は特許業務法人Toreruとして年間で1900件以上の商標を出願し、商標登録代理件数は全国約4000事務所の中で2位になるほどの成長を遂げている。
9割以上の人が何もせず放置してしまっているのが現状
Toreruを通じてクラウド上から簡単に商標登録ができる仕組みを開発してきたが、それでも「現時点では多くの人にとって商標調査や登録のハードルが高い」というのが宮崎氏の見解だ。
「一般の人にとっては難しく、個人的な体感としては『放置する』『専門家に依頼する』『自分で調べる』という3つの選択肢があった中で、9割以上の人が放置してしまっている状況。放置していた結果、先に取られてしまったという相談も受けていて、そこに大きな課題を感じている」(宮崎氏)
実際に土屋氏は以前勤めていた特許事務所で見積もりを出すと、料金がネックとなり「それなら調査はけっこうです」と言われてしまうことも多かったそう。
Toreru商標検索はそういったユーザーが「ドメイン検索サイトで気になるドメインが取得できるかどうかを調べるような感覚」で、ネーミングやロゴの商標調査をできる場所という位置付けだ。
「基本的には最終的な判断は専門家に任せるべきという考え方なので、Toreruでもその思想を基に開発をしてきた。Toreru商標検索についても完璧ではないので、最終的には専門家がチェックする必要があるが、ちょっとしたタイミングで『調べてみたいな』と思った時に気軽に使えるツールがあるだけでも状況は変わるのではないか」(宮崎氏)
商標という領域については、同社に出資している個人投資家の有安伸宏氏も同じような課題感や可能性を感じているという。
「経営者がちょっと商標を調べたいと思った時に専門家に依頼したり、特許庁のサイトで調べるかというとそうはならない。でもドメインの場合は違って、会議中に良いドメイン案が出ればその場で『ムームードメイン』などを使ってすぐに調べる。『会議中にやれるか』は重要なポイントで、Toreruであれば会議中に使える。本来はそのくらいの感覚で、もっと商標についても真剣に議論されるべき」(有安氏)
有安氏自身、コーチユナイテッドで「サイタ」を作っていた時に、専門家に頼むと高いという理由から、自社で苦労しながら商標登録を進めた経験があるそう。情報の非対称性が大きく「何をどうすればいいのかがわからない」領域だが、当時はWebで簡単に調査したり相談できる仕組みもなく選択肢が限られていた。
「手つかずのユーザーペインも多く、やれる打ち手も豊富で伸び代がある領域。Toreruがこれからのデファクトになっていけるチャンスもある」(有安氏)
領域の良さに加えて、宮崎氏自身がこの業界に思い入れと情熱があり、なおかつ弁理士でありながらエンジニアとしてものを作れる力も持っている点に魅力を感じ、Toreruを法人化した2017年から同社を支援している。
ちなみに有安氏が投資先に提供している特典プログラムや、同じく株主であるOpen Network Labの投資向けパッケージにもToreruが含まれているが、スタートアップからは非常に好評だという。
今後は海外や特許への対応も検討
今後は海外対応(海外で文字やロゴの商標が登録できるかを調査できる仕組み)や、特許など別の権利に対応したプロダクトの開発も進めていくそう。商標に関しても期限が切れそうになったらアラートを飛ばしてくる機能など、「管理・更新」を自動化する仕組みを入れてアップデートしていく計画だ。
Toreruを筆頭に、以前紹介した「Cotobox」や「IP Samurai」なども含めて国内でも知財周りの業務や手続きをテクノロジーで変えていくプレイヤーが少しずつ登場し、業界も変わり始めている。
「まずはそもそも商標や知財に関して正しい認知を広げるための啓蒙活動も必要」と宮崎氏は話すが、これらのプロダクトが1つのきっかけとなり、スタートアップや中小企業と商標や知財の距離も縮まっていくのかもしれない。