実証実験の狙いは「Decentralized(非集権化)の経験を積む」ことだった。リクルートテクノロジーズのアドバンスドテクノロジーラボ(ATL)は、リクルートグループの本業といえる転職支援業務の一部をブロックチェーンに載せる想定に基づく実証実験を行った。実証実験には、ブロックチェーンを応用したデジタル著作物の権利管理サービスを提供するドイツascribeが協力した。この2016年1月から4月にかけて第一段階の実証実験を行い、内容を公表した(発表資料)。
今回の実証実験の目的はR&D部門による技術の検証で、同社の事業への展開については未定だ。だが、その実証実験の内容は「非集権化(decentralized)した転職支援サービス」とでも呼ぶべきものだ。同社は「履歴書公証データベース」と呼んでいる。
実証実験で構築したサービスでは、転職志望者が転職活動に必要な「履歴書」や「卒業証明書」、あるいは過去に在籍した企業の所属証明書などの書類を「履歴書公証データベース」に登録する。これらの書類の公開範囲を決めるのは転職志望者自身だ。例えば「A社の採用担当者が、自分の履歴書を決まった期間の間、閲覧できる」といった閲覧制限をかけることもできる。この枠組みにより、紙の書類を用いず、しかも機微性がある文書の公開範囲を自分でコントロールしつつ、各種の証明が可能となる。転職志望者側にとっては機微性がある書類の流出リスクを減らすことができ、採用側にとっては個人情報管理の負担を減らし、経歴詐称のリスクを回避することができる。
ブロックチェーン著作権管理サービスドイツascribeのと共同で実証実験
この履歴書公証データベースは、例えば「履歴書」本体はブロックチェーン外のデータベース(例えばIPFS)で管理し、ブロックチェーンには履歴書のハッシュ値だけを刻む。利用するブロックチェーンは、7年間の運用実績を持つビットコインのブロックチェーンだ。ブロックチェーンへのインタフェースとして、独ascribeが提供する著作権管理サービスの枠組みを利用した。
ascribeはドイツ、ベルリンに本拠地を置くスタートアップだ。リクルートテクノロジーズはドイツ・ベルリンに開発拠点を置き、イスラエルにも出向くなどして、R&Dで手を組むスタートアップ企業を探していたが、その過程でascribeと出会った。同社のプロダクトは、デジタル著作物(イラスト、写真など)のハッシュ値をブロックチェーンに刻み込んで真正性を保証する仕組みを中核とした著作権保護サービスで、4000人のクリエーターが利用中とのことだ。
「ブロックチェーン上のアプリケーションには独特の要件がある。アプリケーションを直接ブロックチェーン上に実装するのではなく、ascribe社のサービスを一種のミドルウェアとして活用した。例えばトランザクションが不成立だったときのリカバリーなどの機能は、ミドルウェアのような中間層があった方がいい」とリクルートテクノロジーズの中野猛氏(アドバンスドテクノロジーラボ ベルリン東京Project)は話す。
ascribe社のサービスにはない機能はリクルートテクノロジーズが作り込んだ。例えば、前述の履歴書の閲覧管理機能だ。公開対象となる人だけが履歴書などの書類を閲覧できるよう、スクランブルをかけて管理する。
このような機能を実装、動作を確認して実証実験の第一段階はひとまず終了している。その知見を踏まえて第2段階の実証実験の設計に取りかかっているところだ。今後の課題として、「より非集権化したアプリケーションの実装」などの課題が挙がっている。ブロックチェーンそのものは非集権化されたインフラといえるが、ブロックチェーンを活用するサービスが従来型の集中的なアーキテクチャで構築されている事例はまだまだ多い。今後はEthereumの活用形態として盛んに議論されている「Decentralizedされたアプリケーション」を試す可能性もあると中野氏は話している。
デセントラライズで破壊された後のビジネスモデルを模索
実証実験の狙いについて、もう少し聞いてみた。
「今回の実証実験の意味は、Decentralizedな技術の経験を積むことにある。ある意味、リクルートはcentralized(集権的)な企業だ。だが世の中がDecentralizedに向かう可能性があるなら、早い段階でそれを経験して技術的な知見を積んでおくことは必要だ」(前出の中野氏)。
今までのビジネスは、より多くのユーザー数を獲得したプレイヤーが強くなる。リクルートも、一つの企業に大量の情報を集約することで競争力を得て成功したプレイヤーの一社だ。今までの各種サービスの競争、プラットフォームの競争では一つの企業がいかに多くのユーザーを獲得するか、いかに多くの情報を集約するかが問われるcentralizedな世界観だった。
だが、ブロックチェーンに取り組むスタートアップの合い言葉は「Decentralized(非集権化)」だ。一つの事業主体、一つのプラットフォームが情報を独占するのではなく、P2Pネットワークにホスティングされたブロックチェーン上に刻んだ改ざんできず公開されている情報に基づいてビジネスを展開しようとする。情報の集約、独占によるCentralizedなやり方ではなく、Decentralizedをビジネスの根幹に据えようと考える人たちが出始めているのだ。
このようなスタートアップが勢いを持ってきたときには、情報の集約により競争力を発揮してきたリクルートグループに対して破壊的(Disruptive)なインパクトをもたらす可能性がある。そのような事態に先駆けて、自分たち自身がDecentralizedな知見を積むことが重要だと考えたのだ。R&D部門らしい発想と言える。
「ビッグデータ分析の分野でも、早い段階からHadoopの知見を蓄積していたことが今、役に立っている。遅れて始めるより、混沌としていても初期段階から始めた方がいい」(中野氏)。
リクルートテクノロジーズのアドバンスドテクノロジーラボの広報を担当する櫻井一貴氏は「リクルートは『自分自身の破壊を考えること』が生存戦略になっているところがあるから」と付け加えた。
ブロックチェーンに可能性を見いだしている人たちの多くが、「Decentralizedされた未来」を見ている。次の大きな破壊の波は、ここから始まるのかもしれない。