「千葉道場とファンドで起業家育成のエコシステムを作る」:TC School #17レポート1

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」第17回が1月23日、開催された。スタートアップのチームビルディングを一連のテーマとして展開する今シーズンの4回目、最終回となるイベントでは「チームを拡大する(拡大期の人材採用)」を題材として、講演とパネルディスカッションが行われた。

この記事では、キーノート講演の模様をお伝えする。登壇者は千葉道場ファンドで取締役パートナーを務める石井貴基氏だ。自らもアオイゼミを創業し、Z会へのM&Aを実施した石井氏からは、起業家としての創業からエグジットまでのエピソードと、現在参画する千葉道場の起業家を支える取り組みについてが語られた。

起業家としては情報弱者だった創業期

石井氏は新卒でリクルートに入社。SUUMOの広告営業に従事した後、ソニー生命に転職し、生命保険の販売を行っていた。販売活動の一環で、ライフプランのコンサルティングも行っていた石井氏は、ファイナンシャルプランナーとして、さまざまな家庭の家計を見ていく中で、どの世帯でも教育費負担が非常に多いと感じる。これが起業のきっかけとなり、ライブストリーミングを使って、いい先生から安く学べる学習塾として、オンライン学習塾のアオイゼミを立ち上げた。

アオイゼミはライブストリーミングで授業を配信する、中高生向けオンライン学習塾だ。創業は2012年。石井氏は2019年3月に代表を退任したが、当時の登録生徒数は60万人以上と日本最大級に拡大した。「学習塾としての実績もついてきて、難関大学への合格者も輩出するようになっている」(石井氏)

北海道・札幌出身の石井氏は、函館の高校、東北の大学に進学し、就職では札幌に戻る形となったため、「会社を作るまで東京に出たことがなかった」そうだ。当時はスタートアップ立ち上げのための教科書もなければ、情報もなかったと振り返る石井氏。初めての上京が起業、という境遇で、石井氏が創業の地に選んだのは、中野だった。

「東京のビジネスの中心は新宿だろう、ぐらいにしか思っていなくて、中野なら新宿からも近いからベストではと考えたんですよね。その後、よく見渡してみたら『ベンチャーの中心地って渋谷なんだ』と気づいて、失敗したなと思いました(笑)」(石井氏)

立ち上げ当初はお金もなく、1LDKに創業者の3人で生活していたそうだ。生徒が塾を利用するのは夜間なので、日中はアルバイトで出稼ぎをして、夜にオンライン学習塾を配信するという日々。「極貧生活で体重が15キロ減った」と石井氏はいう。

今でこそファンドのパートナーという立場の石井氏だが、アオイゼミ創業初期はベンチャーキャピタルを紹介されて「投資家って何だ?という感じで、うさんくさいと思っていた」という。それがいろいろと話を聞いて、今度は「株式発行するだけで数千万の大金を、無担保無保証で出してくれるなんて、これは使わない手はない! じゃんじゃん株式発行すればいいじゃないか」と思ったそうだ。「起業家としては完全に分かってない、リテラシーの低い情報弱者だった」(石井氏)

買収後のアオイゼミ退任を決めた深セン訪問

暗黒の創業期を1年半ほど経た2013年、現・千葉道場ファンドの代表で、エンジェル投資も行う個人投資家・千葉功太郎氏と出会った石井氏は、シードラウンドで4000万円の資金調達を実施した。その後、ジャフコからの調達や、KDDI Open Innovation Fundらからの調達を実施。2015年のシリーズAラウンド調達までは「VCや、教育とは縁のない事業会社からしか調達していなかった」という石井氏だが、次のファイナンスのために動く中で、コンテンツ獲得のために既存のリアルの教育事業者と組むことも検討し始めていた。

「学習塾のツラいところはコンテンツ確保で、大学別の対策講座などをやろうとすると、とても大変。そういったコンテンツを持っている会社から出資してもらって、一緒にやった方がいいのではないか、ということで資本業務提携に動いていた。それでZ会と話していたときに、『マイノリティ出資で一緒にできることは限られている。それなら完全に一緒にやらないか』というオファーをいただき、サービスの成長のためには最適のパートナーではないかと考えて、2017年11月にM&Aを果たした」(石井氏)

通信教育で知られてきたZ会グループは、傘下に栄光ゼミナールを持つなど、教育事業を総合的に広く展開するが、「大手とはいえ、教育はレガシーな産業。彼らも私たちのようなテック系を取り入れたかったのだと思う」と石井氏はいう。M&A後は想定していたコンテンツ強化を進めたほか、家庭教師マッチング(現在はサービスを休止)やリアルな塾でオンライン授業の一括配信など、グループ会社と連携して新しい事業を開発していった。

石井氏としては買収後も「特に退任の時期を決めていたわけではなく、もう数年やろうと思っていた」というアオイゼミ。代表退任のきっかけは2019年1月、千葉道場のコミュニティ有志メンバーと中国・深センを訪問したことだった。

「中国では公立の図書館の自習室で、ほとんどの子どもたちがタブレットやスマホを使って、動画で勉強していた。一方、日本国内では、私たちのアオイゼミや競合の『スタディサプリ』などがあるけれども、思った以上にオンライン学習の普及が進んでいない。教育の格差をゼロにして、誰でも立身出世できる世の中にしたい、と会社を作ったが、中国と日本のギャップを見た時に想像以上に衝撃を受けて、ピンと張っていた糸が切れたような感じになった」(石井氏)

石井氏は深セン訪問時の心境について「もしかしたら多くの日本の人たちにとって、オンライン学習はそこまで求められていないんじゃんないだろうか、とも考えたし、日本の教育業界に、これ以上自分の時間を使うことに意義が持てなくなった」と述べている。

1月半ばに深センを訪問した石井氏は、翌週の取締役会で代表退任を宣言。2019年3月、創業した会社を去ることになった。退任後はしばらくの間、東南アジアを中心に旅行していたという石井氏。英語力を鍛えるために、セブ島、シンガポールへ留学もしていたそうだ。

こうして石井氏がフリーの時間を過ごしていた、2019年夏のこと。アオイゼミでエンジェル投資を受けていた千葉氏から「暇だったら千葉道場の運営を手伝ってよ」との声がかかった。石井氏が「以前から参加していた、コミュニティのサポートでもやるのかな」と思い、何を「手伝う」のかよく聞かずにOKの返事をしたところ、「今度ファンドを立ち上げるんだよね」と千葉氏。「気づいたら取締役になっていました」と笑いながら、石井氏は千葉道場ファンド参画のいきさつについて語る。

口外無用、徹底的GIVEの精神で支え合う千葉道場

千葉道場はスタートアップ約60社が参加する、起業家コミュニティだ。ミッションに「Catch The Star(星をつかむ)」、ビジョンに「まだ見ぬ幸せな未来を創造し、テクノロジーで世界の課題を解決する」を掲げる千葉道場について、「スタートアップ起業家が高い視点を持ってチャレンジし、レバレッジがより効きやすい、新しいテクノロジーを活用することを大切にしている」と石井氏は説明する。

そもそも千葉道場コミュニティは、石井氏と、元ザワット創業者の原田大作氏とがKDDIのアクセラレーションプログラム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」で出会ったことがきっかけとなって始まっている。ザワットは2011年創業で、フリマアプリ「スマオク」などを運営。2012年創業のアオイゼミと同様、千葉氏からのエンジェル投資を受けていた。

両社は組織づくりや資金調達で悩みを抱え、「お互いに1年ぐらい、ツラいことが起きていた」(石井氏)という。そこで「同じようなステージの起業家を集めて、飲み会でもやってみよう」と企画。共通の出資者である千葉氏にも相談してみたところ、「せっかく集まるなら、きちんとプログラムを練ってやってみたらどうか」とのアドバイスを受け、2015年に第1回の千葉道場合宿を鎌倉の寺で開催することになった。

いざ開催してみると「実はもうすぐキャッシュが尽きる、とか、役員が辞めそう、といった生々しい話が多く、『これは外では話せない』ということばかり。同じ起業家として何とか助けてあげたい、という気持ちが膨らんだ」(石井氏)

そこで、千葉道場は徹底した「秘密厳守」と徹底的な「GIVEの精神」で支え合う、起業家のためのコミュニティへと発展。その象徴的存在が、通称「血判状」と呼ばれる、合宿参加者の連判状だ。「実際には(血ではなく)朱肉で拇印を押すんですが、毎回『千葉道場で見聞きしたことは、参加者以外には一切口外しないことを約束する』と改めて誓い合う、というものです」(石井氏)

半年ごと、年2回開催されている千葉道場の合宿では、それぞれの起業家から“過去”“現在”“未来”が共有される。失敗をほかの起業家が繰り返さないよう伝えるのが「過去の共有」、新しいテクノロジーを事業に取り入れる方法など、経営ノウハウについて語るのが「現在の共有」、そして未来のために目線を上げて目標を見つめていく「未来の共有」だ。

「CEOといえども、やはり目先のことにとらわれがちで、創業時に思い描いていた、遠い未来のことを忘れてしまうこともある。視点を上げて次の半年間もがんばっていこう、という場を作っている」(石井氏)

現在は半年に1回の合宿だけでなく、特許庁や東京証券取引所などと合同で勉強会も開催されている千葉道場。「少人数ではアクセスしにくいところにも、集団なら対応してもらえるので、情報を聞かせていただいている」(石井氏)

2030年までにユニコーン100社創出を目指す

千葉道場に参加するスタートアップは、ヘルスケア、D2C、シェアエコノミー、SaaS、住宅テック、アグリテックなど、幅広い。その中には、SmartHRWealthNaviスマートニュースなど、既に名の知られたスタートアップも含まれる。

エグジット済みの企業もいくつか出ている。2017年にはザワットをメルカリが買収、宿泊予約サイト「Relux」運営のLoco PartnersをKDDIが買収アオイゼミをZ会が買収と、参加企業のエグジットが続いた。また2019年にも、タウンWiFiがGMOインターネットグループに株式譲渡している。

さらに2019年12月には、千葉道場参加企業の中からの初のIPO案件として、スペースマーケットが東証マザーズへ上場した

「千葉道場が始まって5年間、半年に1度ぐらいしか集まらないが、一緒に成長してきた仲間という感覚がすごく強い。スペースマーケットさんも苦労されてきたことがある程度分かるので、東証の上場セレモニーで鐘をたたく姿を見られて、何とも幸せなことだと正直すごく熱くなってしまった。こういった(千葉道場発の)IPO案件は、これからも増やしていきたい」(石井氏)

石井氏からは、千葉道場参加企業の時価総額別の分布も紹介された。ユニコーン(時価総額10億ドル以上の未上場企業)も現在2社ありつつ、10億円以下の企業から300億円超企業まで「バランス良く含まれている」と石井氏は述べている。

千葉道場のコミュニティには数値目標が設定されている。「2025年までにユニコーン企業を25社、1兆円企業を1社創出する」、さらに「2030年までには100社のユニコーン企業、5社の1兆円企業を生み出したい」というものだ。「既存のメンバーの中からもユニコーンが生まれる確率は高いと思っているが、この目標を実現するためには、もっと多くの会社に投資をしなければならないだろう」と石井氏はいう。

起業家コミュニティから生まれた千葉道場ファンド

ベンチャーキャピタルとしての千葉道場ファンドの設立は、2019年にシリコンバレーで行われた第10回千葉道場で発表され、投資活動が始まった。千葉氏がジェネラルパートナー、石井氏がパートナー、原田氏がフェローを務める千葉道場ファンドの設立は、10月にはメディアにも公開され、本格的に始動した。

ベンチャーキャピタルが出資先を集めてコミュニティ化するのではなく、千葉道場という起業家コミュニティがファンドを持つ、という形は「通常とは逆の事例で、世界的に見ても珍しい取り組みではないか」と石井氏は語る。

また、エグジットした起業家が外に出て、そこからファンドの運営に入る、という点も千葉道場ファンドの特徴だ。「私も今まさに、プロ投資家としての経験を積んでいるところ。投資家の側に立つと、起業家と違う視点になるので、すごく学びが多い。恐らく次に会社を作ったら、ある程度失敗を防げるのではないか。そうした経験を積んで、もう一度会社を作ったときに、より強い起業家として千葉道場のコミュニティに入る。そこで起業したときにはファンドから投資を受ける。このような形で新しい起業家の育成システムを作れれば、という思いでやっている」(石井氏)

「千葉道場ファンドは投資対象も特殊」と石井氏はいう。「私たちはコミュニティファンドなので、コミュニティに入っていただくためのシード・アーリー投資と、最後に『行ってらっしゃい』というときの後押しのレイター投資、基本的にこの両端にしか投資しない」ということで、中間フェイズについては「ほかのVCや事業会社と連携しながらスタートアップを育成していきたい」と石井氏は述べている。

その他、サポート体制としては、コミュニティの仲間同士で支え合い、教え合うということもありつつ、「いろいろな経験を積まれた投資家、起業家にメンターとして入っていただいている」と石井氏。企業とも連携し、特許業務や採用、ディープテックの分野でアドバイスを受けられるようになっているそうだ。

「千葉道場のミッション『Catch The Star』を少しでも多く広げていくことが、日本のスタートアップシーンにとって、すごくいいことにつながっていくと信じて、引き続きがんばっていきたい」(石井氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。