「東京の陳腐化を避けたい」東京メトロとスペースマーケットがシェアエコで沿線地域を盛り上げる

写真右から東京地下鉄 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業企画担当課長の池沢聡氏、スペースマーケット代表取締役社長の重松大輔氏、東京地下鉄 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業企画担当主任 工藤愛未氏

4月11日、東京地下鉄(東京メトロ)スペースマーケットが沿線地域を盛り上げることを目的に資本業務提携を締結した。

先日紹介した通り、東京メトロがスタートアップに直接投資をするのは初めて。同社が保有する遊休スペースをスペースマーケットと共に有効活用することで、東京の魅力や活力の共創を目指していく計画だ。第1弾の取り組みとして千代田線綾瀬駅から徒歩2分の場所に、鉄道車両部品を取り入れたシェアリングスペース「むすべやメトロ綾瀬」をオープンしている。

今回は両社のキーパーソンに直接話を聞く機会を得たので、前回紹介しきれなかった協業の背景や今後の取り組みについて紹介したい。

鉄道大手×スタートアップで沿線地域に新しい風を

もともと東京メトロでは「スタートアップとの協業」の形として2016年からアクセラレータープログラムに取り組んでいる。

背景にあるのは東京の人口減少だ。都内の人口は現時点で増加しているものの2025年ごろにはピークを迎え、その後は減っていくとされている。人口と関連性の高い鉄道事業の今後を見据えた時に、先手を打って動き出したいという意向があった。

「従来は自前主義のカルチャーがあったが、自分たちだけでは先進的な取り組みをやるのは難しく、リソースも必要になる。いわゆるオープンイノベーションの文脈で、他社とタッグを組み新しいことにチャレンジできないか。そんな思いからアクセラレータープログラムを始めた」(東京地下鉄 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業企画担当課長の池沢聡氏)

スペースマーケットとの出会いも2016年。東京メトロの開催した勉強会にスペースマーケット代表取締役社長の重松大輔氏が登壇したのが最初のきっかけだ。

東京メトロでは中期経営計画の中でオープンイノベーションの推進についても言及していて、その中で「健康の維持・推進」「“つながり”の創出」「働き方の多様化に伴う新たな移動の価値提供」という3つの柱を打ち出している。

今回の協業は特に「つながり」に関する連携を見据えたもの。遊休スペースの時間貸しを進めてきたスペースマーケットと協力することで、地域沿線の賑わいを創出し活性化に繋げたいという考えだ。

東京メトログループ中期経営計画「東京メトロプラン2021」より

協業に関してはスペースマーケット側から打診をしたそう。同社のシリーズCラウンドには東京メトロや東京建物を始め業界大手のプレイヤーが複数社参加しているが、日本国内でシェアリングエコノミー市場を盛り上げていく上では、既存産業を巻き込んでいくことが大きなポイントになるという。

スペースマーケットが鉄道系のパートナーを探す中で、東京メトロがその提案に乗る形で今回の提携が実現した。

「スペースマーケット上にも沿線のスペースは掲載されているが、鉄道会社とタッグを組んで戦略的に仕掛けていくところまでは踏み切れていなかった。沿線の活性化は当社のビジネスとの相性も良く、コンセプトや内装が良いスペースであれば、渋谷や新宿のような中心エリアから少し遠い場所でもしっかりと使ってもらえる。その点は過去のデータからもわかっていた」(スペースマーケット代表取締役社長の重松大輔氏)

立ち上げのスピード感やハードルの低さはレンタルスペースの特徴のひとつ。沿線の活性化として空いた土地に老人施設や保育園を立ち上げるようなケースもあるが、それに比べると運用開始までの時間はかなり短縮でき、用途も幅広い。

スペースマーケット執行役員の端山愛子氏によると「公民館」のように活用される事例も増えているそう。同社でも「レンタル花見」のような新しい体験を創出する取り組みに力を入れているが、使い方の余白が多いレンタルスペースには、沿線地域のつながりを深める手段としても大きな可能性がありそうだ。

「スペースマーケット」には1万件以上の多様なレンタルスペースが登録。様々な用途で活用されている

両社の知見を持ち寄り“遊休スペース”を人が流れる空間へ

先日スタートした「むすべやメトロ綾瀬」

さて、今後両社では具体的にどのような取り組みを実施していくのか。

基本的には、むすべやメトロ綾瀬のように東京メトロが保有するスペースを発掘。それをスペースマーケット上で運用することによって、沿線に人が流れる仕組みを作る。その中で「双方の資産やナレッジを有効活用すること」で新しい価値を生み出していきたいという。

たとえば、むすべやメトロ綾瀬の場合は綾瀬駅徒歩2分の高架下スペースを活用。1年半ほど前までは地元の店舗が30年近く入居していたが、退去後はしばらく遊休スペースとなっていたためにリノベーションしてレンタルスペースに変えた。

特徴的なのは、優先席の座面やつり革など“使わなくなった鉄道車両部品”を取り入れていること。「自分たちにとってみれば、見飽きるくらい身近にあって、そこまで大きな価値があるとは思っていなかった」(東京地下鉄 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業企画担当主任 工藤愛未氏)ものが一般のユーザーにとっては魅力的な要素となり、すでに複数件の予約も発生している。

高架下のスペースはその特性上、細長い場所が多く電車の音が気になるなどのネックもあるが、その反面駅からのアクセスが良いなどの利点もあり、むすべやメトロ綾瀬のようにプロデュースの方法次第ではコンスタントに予約が入る可能性もあるだろう。

一方で東京メトロは大抵が地下に路線があるので「東西線や千代田線沿線以外など一部の沿線以外はあまり土地を持っているわけではなく、(レンタルスペースとして使える)うまい場所をどれだけ発掘できるかが課題になる」(池沢氏)。

高架下のみならず、空いているテナントスペースをポップアップストアなどとして一時的に運用したり、“駅ナカ”のさらなる活用なども今後検討していくようだ。

あくまで個人的な感想ではあるけれど、東京メトロが富士ゼロックスと共同で実証実験をしている駅ナカのサテライトオフィスサービスなどはもっと広がってほしい。

実証実験中のサテライトオフィスサービス。現在は南北線 溜池山王駅や有楽町線 池袋駅、副都心線 新宿三丁目駅などにブースが設置されている

これは地下鉄の駅構内にある空きスペースに、電話ボックスのよう形でプライベートな個人オフィス空間を設置・提供するというもの。長時間ならカフェやシェアオフィスなどを探すのもありだけど、ちょっとした空き時間や打ち合わせの前後に少しだけ作業したいような場合、駅構内で集中して作業できる場所があれば嬉しい人は多いのではないだろうか。

あくまで一例ではあるけれど、このように鉄道会社だからこそ持っているスペースなども含め、今後両社の知見を持ち寄りながら遊休スペースの活用方法を模索していくという。

東京が陳腐化することを避けたい

冒頭でも触れた通り、東京メトロでは2016年よりアクセラレータープログラムを実施。出資という形ではないが、採択企業とは現在も業務面で連携をとっている例もある。

工藤氏によると初回採択企業のプログレステクノロジーズとは、視覚に障害のあるユーザー向けに音声で目的地までナビゲートする「shikAI」を共同で開発中とのこと。

体験シェアリングサービス「AND STORY」を展開するストーリーアンドカンパニーとは2018年に業務提携を締結。東京メトロの各駅ごとにその街やそこに関わる人の魅力をシェアする「旅するトーク」を実施しているそうだ。

視覚に障害のあるユーザー向けの、音声ナビアプリ「shikAI」

ストーリーアンドカンパニーと取り組む「東京、旅するトーク」

東京メトロでは今後もスタートアップとの連携を進めていく計画。現時点で「CVCを立ち上げ本格的にスタートアップ投資に踏み切る」というわけではないそうだが、今回のスペースマーケットのような直接投資やアクセラレータープログラムを通じた共創など、それぞれのケースに応じて最適な方法を模索していきたいという。

「東京メトロではグループ理念に『東京を走らせる力』を掲げている。だかからこそ自分としても『東京が陳腐化することを避けたい』という思いは強く、それに向けて何ができるかを追求することが、今後自分たちがやるべきことだと考えている」

「特に他の鉄道会社と比べても鉄道事業が占める割合が大きいからこそ、それ以外にどんなことができるのかを模索している段階。(スペースマーケットとは)豊富なネットワークやプロデュース力、PR力なども借りながら、自社の遊休資産を有効活用した取り組みにチャレンジしていきたい」(池沢氏)

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TechCrunch Japan

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