デジタルで音楽を作るというとき、「DTM」(デスクトップ・ミュージック)とか「DAW」(デジタル・オーディオ・ワークステーション)といえば、今もPCや多くの専用機材を前提としているが、サイバーステップが、この11月下旬からKickstarterでキャンペーンを開始しようとしている「KDJ-ONE」は、ハードウェアとソフトウェアの両方を自社開発することで、作曲に必要な全ての機能を携帯可能なサイズに収めた「ポータブルオーディオワークステーション」だ。重量は480グラムで、800×480ドットのマルチタッチ対応の5インチ液晶ディスプレイを搭載する。小さなお弁当箱ぐらいのサイズだ。
見た目はちょっとボタンが多くなりすぎたポータブルゲーム機という感じだが、これ1台だけで作曲シーンに必要な一連の機能を備えるというポータブル作曲デバイスという、ありそうでなかった新ジャンルのプロダクトだ。作曲に必要なベロシティー付きのキーボードやジョグダイヤル、ピッチベンド・モジュレーション用アナログスティックなどを搭載。ソフトウェア的にはシンセサイザー、シーケンサー、ミキサー、サンプリングなどを備える。かつて各種の音源デバイスや多数のソフトウェアを組み合わせてやっていたのと同じことがデバイス単体でできる。連続動作時間は最長10時間。リアルタイムでの演奏や作曲ができるのがコンセプトという。
以下は、サイバーステップが昨日公開したプロモーションビデオだ。米国出身でグラミー賞受賞経歴もあるヘビメタバンド「Slipknot」でターンテーブル担当の、通称「#0」「DJ STARSCREAM」が、持ち運びができて、どこでも作曲ができるKDJ-ONEというデバイスの素晴らしさを語っている。
機能的には、10のシンセシスアルゴリズム、20エフェクター、7フィルター、4機のモジュレーターを備える音源を搭載しているほか、編集機能面では、6トラック、モーションシーケンス対応の高機能パターンシーケンサー搭載。ループ録音、ステップ録音、ピアノロール編集などができるそうだ。より詳しいスペックはこちら。当初の価格は500ドル以下を想定しているという。
KDJ-ONEを開発したサイバーステップは、東京・杉並に拠点を置く2000年4月創業のゲーム開発会社。社員数120名弱、年間14億円ほど売り上げる中堅企業で、創業6年目にしてマザーズに上場している。学生時代からの仲間3人で22歳で立ち上げたサイバーステップは、これまで技術力を活かしてゲームタイトルの開発や多国展開をしてきたが、ここ4年ほどかけてKDJ-ONEの開発を進めてきたそうだ。同社代表の佐藤類氏によれば、もともと技術で「ネットを楽しくする」「まだ世の中にない、あるべきものを作る」ということをテーマに受託や自社開発に取り組んできた来た結果としてオンラインゲーム事業が収益の柱となっているだけ、という。本質は技術に特化したエンタメ企業といい、世の中をあっと言わせるものを出したいという思いでKDJ-ONEに取り組んでいるという。
KDJ-ONEのソフトウェアを開発したのは創業メンバーでサイバーステップの代表作となるオンラインゲームのプラグラマ、プロデューサーである大和田豊氏という。もともと「餅は餅屋」とハードウェアは専門業者に外注したが、発熱の問題などでプロジェクトは頓挫。結局デバイスは作れなかった。その頃ちょうどスマフォ市場が立ち上がってきてARMの処理性能が上がり、組み込みLinuxの利用でもドライバ類が整備されるなど開発環境がこなれてきた。そこで試作を経て自分たちでハードウェアも作れると気付いたことから、Linuxに独自開発のUIを載せて音楽関連のソフトウェアをフルスクラッチで書いて作り上げたのがKDJ-ONEという。
音楽好きや作曲職人、DJの人たちはデバイスそのものに注目なのだろうけど、iPadのような汎用デバイスではなく、専用に設計した日本発の新ジャンル作曲ポータブルデバイスが、どこまで世界で支持されるのかという意味でもKDJ-ONEは注目だね。創業15年目となる創業・開発メンバーらは、「完成するかどうかも不確か、世の中に受け入れられるかも分かりづらい」と感じながらも、安泰よりも、冒険を選んだという話だ。