【コラム】急速に進歩するデジタルID技術、#GoodIDムーブメントの精神がそれを支える

新型コロナウイルス(COVID-19)の流行は、多くの技術的な変化を加速させた。2020年の春以前にZoomを知っていた人は何人いるだろう?急速に開発されたmRNA COVIDワクチンは、それ自体が科学技術の進歩の一例となっている。欧米では、さまざまな活動にワクチン接種の証明を求める動きが出てきているが、これはIDの進化がもたらす計り知れない可能性を予見させるものであると同時に、正しく行われない場合の落とし穴を警告するものでもある。

米国では、今のところ、接種証明は手書きした白黒の小さな紙(あるいはその写真)を使っていて、しかも個人のワクチン接種記録の詳細はしばしば手書きなのだ。まるで別の時代の遺物のように感じられる。これは欧州連合(EU)のデジタルCOVID証明書とは対照的だ。こちらの方はQRコードを読み取ることで、政府の医療システムから、ワクチン接種状況や新型コロナの検査結果、さらには感染に対する獲得免疫などのデータに瞬時にアクセスすることができる。

このデジタルCOVID証明書が、デジタルIDの一例である。各国政府は、世界で10億人が公的なIDを持っていないというグローバルな問題を解決するために、こうした技術の採用を徐々に進めている。IDを欠くことは、現代社会へ参加しようとする際の大きな障壁であり、仕事や学校へのアクセス、さらには日常生活の基本的な活動をも制限するものだ。デジタルIDは、銀行取引、投票、旅行、行政サービスの利用、ソーシャルメディアでのプロフィールや交流の保護などを、より簡単かつ安全にする。

しかし良いことばかりではない。デジタルIDは自由を制限し、監視を強化し、デジタルIDによって促進されるはずの多くのことを実際には困難にするために使用される可能性がある。例えば、ここ2、3年の間に、インドではプライバシー保護に関する懸念から、そしてケニアではマイノリティのコミュニティが必要書類から排除されていることが問題となって、国家のデジタルIDプログラムが論争の的となっている(実際、ケニアの高等裁判所は、政府がIDの導入において市民のプライバシーを適切に保護できなかったと判断し、IDを無効とした)。欧州でさえも、EUのCOVID証明書が、デジタルIDの確立に必要な厳しい「信頼のチェーン」に対応できない低所得国の人々の移動を制限することになるのではないかと批判されている。

これらは、過去10年間の大きなトレンドの一部であり、社会のあらゆるレベルの個人が、自分ではコントロールできないデジタルツールやプラットフォームへの依存度を高め、ある意味ではその虜囚となっている。このデジタルトランスフォーメーションは、新型コロナウイルスのパンデミックやバーチャルな交流への移行の中で、さらにその緊急性を増している。デジタルIDシステムの約束を実現するためには、個人の権利や自由を縮小するのではなく拡大することを確実にする、強固な政策と技術的な構造が組み合わせられなければならない。

これらのシステムが、自由と機会を、侵食するのではなく確実に拡大できるようなものにするためには、より多くの人々が声を上げる必要がある。だがデジタルID技術や政策の開発において、市民、住民、消費者のニーズ、経験、権利が考慮されないことがあまりにも多い。こうした考慮されない事柄を見逃し続けると、デジタルIDプログラムは、プライバシーを危険にさらし、セキュリティリスクをもたらし、ユーザーを排除し、疎外し、さらには危険にさらすという深刻な結果につながる可能性がある。このような欠陥のあるプログラムに依存している政府や企業は、データ漏洩、サイバー攻撃、経済的影響、そして社会的信用の喪失などのリスクを抱えている。

ここ数年、プライバシーとセキュリティを擁護する団体が、企業、政府、市民社会団体と協力して、デジタルIDの多くのメリットに対する共通の理解を深めるとともに、多くのリスクに対する懸念にも同様に対処してきた。彼らは、デジタルIDを開発するための道筋を作り上げ、Good ID(グッドID)という名の標準へとまとめ上げた。

Good IDアプローチには、人々が自由かつ安全にデジタルの世界に関わることができるようにするために、従うべきIDプログラムや政策を設計するためのプラクティスのフレームワークが示されている。デジタルIDは、プライバシーとセキュリティを優先し、個人が管理する保護された資産として扱われ、法律によって保護されなければならない。Good IDは、インクルージョン、透明性、アカウンタビリティーの重要性も高める。個人が自らのアイデンティティ管理に大きな役割を果たせるように強化するのだ。例えば、カナダのある企業は、現地の先住民コミュニティと協力して安全なデジタルIDを開発し、連邦政府によって保証されている権利をより簡単に守ることができるようにしている。

Good IDの推進は、Namati(ナマティ)やParadigm Initiative(パラダイム・イニシアチブ)などの草の根組織、ITS Rioオックスフォード大学などの研究者たち、MOSIPSmart Africa(スマートアフリカ)、Women in Identity(ウーマンインアイデンティティ)などの組織、世界銀行世界経済フォーラムなどの機関、Mozilla Foundation(モジラ財団)やBill and Melinda Gates Foundation(ビルアンドメリンダ・ゲイツ財団)などの慈善団体のリーダーたち、そして私自身の組織であるOmidyar Network(オミディア・ネットワーク)などの、世界的なムーブメントを引き起こした。#GoodIDムーブメントは、住民、政府、技術者、企業を巻き込んだ研究と推進を行いながら、対話を生み出してきた。

すでに、このグローバルな推進活動は、約40カ国の国内議論に影響を与えている。少なくとも25カ国がGood IDの要素を採用している。最も重要なことは、世界の約12億人の人々がより良いIDシステムを利用できるようになったことで、彼らがより完全にそして安全に、それぞれの社会、経済、選挙プロセスに参加できるようになったということだ。しかし、このコミュニティの活動は、デジタルIDがあらゆる場所で人々の信頼に値するものになるまで続く。

この5年間で、デジタルIDは新しい技術から徐々に一般的な技術へと進化し、その影響は広範囲におよび、さまざまな関係者から注目されている。紙の接種証明カードはあるにせよ、もう後戻りはできない。しかし、デジタルIDシステムがとても急速に導入されることで、間違った方向に進んで被害をもたらす危険性があることは明白だ。

だからこそ、洗練された最先端の技術を利用してデジタルIDシステムを構築しようとする世界的な動きには、優れた政策、透明なプロセス、説明責任に焦点を当てることが有効なのだ。テクノロジーコミュニティの精神は「すばやく動いて、破壊する」ことで知られている。私たちは#GoodIDムーブメントによって、社会をデジタル化する際のその勢いを、日々の市民のニーズ、経験、権利と調和させることができる。

編集部注:本稿の執筆者Robert Karanja(ロバート・カランジャ)氏は、Omidyar Network(オミディア・ネットワーク)のDirector of Responsible Technology and Africa Leadでケニアのナイロビを拠点に活動している。

画像クレジット:John M Lund Photography Inc / Getty Images

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(文:Robert Karanja、翻訳:sako)

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TechCrunch Japan

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