通算9回目となる、スタートアップとテクノロジーの祭典「TechCrunch Tokyo」。今年は11月14日(木)、15日(金)に東京・渋谷ヒカリエで開催が予定されている。そのTC Tokyoで毎年最大の目玉となるのは、設立3年未満のスタートアップ企業が競うピッチイベント「スタートアップバトル」だ。
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連載「スタートアップバトルへの道」では、2016年、2017年のスタートアップバトル最優秀賞受賞者と昨年決勝に勝ち残ったスタートアップ、計8社に取材。バトル出場までの経緯や出場してからの変化について、登壇者に話を聞いている。
いよいよ最終回となった今回登場するのは、TC Tokyo 2018 スタートアップバトルで最優秀賞を獲得した、ムスカ代表取締役CEOの流郷綾乃氏だ。2回に分けてお送りするインタビューの後半では、登壇後の変化や今後の展望などについて話を聞く。
(応募までのいきさつや登壇時、受賞時の感想などについて聞いた、インタビュー前半はこちら〓リンク〓から)
COO入社はバトル初日のメッセがきっかけ
ムスカ設立時には広報責任者として参画し、その後暫定CEO(当時)となっていた流郷氏。「代表取締役になって初めての大きなイベントがTC Tokyoだった。今後につながる大事なイベントということで、前日は寝られなかったぐらい。創業者ではないので逆にプレッシャーを感じていた」と昨年のバトルを振り返る。
そしてバトル登壇により、その“今後へのつながり”がさっそく生まれることが起こった。イベント初日に、現・取締役COOの安藤正英氏がFacebook経由でコンタクトしてきたのだ。
安藤氏は三井物産、アナダルコ・ペトロリアム、文科省主導の官民協働プロジェクトを経て、農業SaaS事業で2018年8月に創業したばかり。TC Tokyo 2018に安藤氏は、翌年の出場を目指して視察に訪れていたという。
初日の流郷氏によるバトル登壇を見た安藤氏は「ここはこういう課題があると思うが、こうすればいい」「こういうことに関して、お手伝いができる」と支援可能な領域を伝えるメッセージを送っていた。2日目の決勝でムスカが優勝した後、「他社からも連絡がいっぱい来るだろう」と考えた安藤氏は、もう連絡が来ることもないかなと思いながら「よかったら連絡を」とコメントを残していたそうだ。
実際、バトル優勝で「知らない人から、すごく連絡が来た」と流郷氏は述べている。「プレゼンへの感想や、ジョインしたい、など、どう返事すればよいものか考えるものもある中で、彼は具体的にやれることを書いてくれていた。そこでイベントの1週間後に会うことにした」(流郷氏)
安藤氏が指摘した課題と解決方法とは、ちょうど「ムスカの社内で『こういう課題がある』『これを解決する人材がほしいね』と言っていた部分だった」と流郷氏はいう。そこで安藤氏には「手伝いだけでも」ということで、すぐに週2〜3日で参加してもらうことになった。ところが、その1週間後には「週7日入って、社外の提携酒匂穂先や出資候補先に対してムスカの事業について説明していた」と安藤氏が言うほど、ガッツリ参画していたそうだ。
安藤氏は「今後フェーズがどんどん変わって成長していく事業環境において『暫定CEO』を名乗る覚悟ができていて、『適時・適材・適所ができる会社だ』と直感した」と述べている。「共感できるミッション、面白い事業に、自分が果たせる役割がある。意気に感じてできる経営体制だと思った」(安藤氏)
また流郷氏は、現・取締役CFOの小高功嗣氏についても「バトルの審査員だったマネックスの松本会長(マネックスグループ取締役会長兼代表執行役社長CEOの松本大氏)に、後日、ファイナンスやリーガルに関する相談をしていたところ、紹介された」と打ち明ける。
「TC Tokyoをきっかけに仲間ができたことはすごく大きい。2人とも、今ではなくてはならない存在。優秀な人材というのはもちろんだが、“ハエの会社”に入ってくれるような奇特な、それぞれにムスカの事業に思いを持った人たちと出会えてよかった」(流郷氏)
これからもバトンつないでいく
スタートアップバトルでの優勝後、問い合わせや取材が増え、今でも多くの連絡を受けるというムスカ。とはいえ「面白いと思ってくれるのはありがたいけれど、着実にできることを進めなければ」と流郷氏らは考えている。
「ムスカの事業にはベータ版はない。サプライチェーンやインフラが必要で、いつかやりたいことではなく今できることをやって、事業をつくらなければならない。そのために今年4月に体制を移行した。バトル優勝でメッセージは強く伝わった。期待値が上がっている間に事業をつくっていき、期待値を下回らないように追いつかなければならない」(流郷氏)
受賞による注目を受け、丸紅、伊藤忠商事、新生銀行といった大手パートナーとの提携も進むムスカ。流郷氏は「今後やりたいことはたくさんあるが、まずは我々が“昆虫産業元年”と銘打っている今年を『振り返ってみてもそうだったな』と言えるような動きをしていきたい」と語る。
そのために、まずはエリートイエバエにより肥料と飼料を高速につくり出す「ムスカプラント」のパイロットプラント建設を着実に進める、という流郷氏。「プラント建設に必要な人材、パートナーといったピースはそろった。ただしピースはまだつながっていない。要素を結ぶことによって、流通や技術、財務などのリスクを低減して、今はバラバラに存在する産業を結ぶサプライチェーンができ、ものが流れて事業が進む状態をつくらなくてはいけない。環境負荷を抑えた本当の意味での循環型社会を実現するために、順番にピースをつなぎ合わせて、ゴミ問題や食糧問題の解消を目指して今できることを着実に進める」(流郷氏)
安藤氏も「我々の事業はテクノロジーでもあり、リアルな事業でもあるので、きちんとつくらなくてはステイクホルダーも乗ってこない。向こう1年は華々しくはないが、地道で着実な1年にしなければ」という。
流郷氏は「一部の方にはムスカの事業について理解していただき、評価もいただいている。しかしもう少し先では、より広く一般にも、ムスカがやろうとしていることを伝えていかなければいけないと考えている」と続ける。
「ムスカの事業は、地球の営みそのものを伝えられる事業だと私は思っている。我々がやっていることは、『地球のお掃除屋さん』であるイエバエの選別交配という技術と、1200世代を経たハエの種を保有していることにより、地球がやってきた循環を工業化できる、ということ。SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を広く伝える上でも、すごく重要な事業になってくるだろう」(流郷氏)
6月には、経済産業省が支援するJ-Startupにも採択されたムスカ。流郷氏は「世界にも伝えていけるような礎を今、日本でしっかりとつくって、世界に飛び立てるような事業にしていきたい」と話している。
「ムスカが立ち上がる前、前身となる企業がハエを守り続け、粛々と選別交配を続けてきた。ハエ自体も命のバトンをつなぎ続けている。事業の上でも、種としてのハエもバトンをつなぎ続けて、ようやく今、時代が追いついてきた感がある。この事業に貢献したいというメンバーがたくさん集まり、事業を前に進めることで解決したい未来がある、というところに意識を向けてくれている。メンバーとともに行けるところまで、事業を増強させながら進んでいきたい」(流郷氏)
TC Tokyoは流郷氏が「代表取締役として自分が立つ意味や意義が見いだせたきっかけ」だと彼女は語る。「いろいろな人がつないできたバトンを、これからもつないでいく」(流郷氏)
なお現在、スタートアップバトルの応募だけでなく、TechCrunch Tokyo 2019のチケットも販売中だ。「前売りチケット」(3.2万円)をはじめ、専用の観覧エリアや専用の打ち合わせスペースを利用できる「VIPチケット」(10万円)、設立3年未満のスタートアップ企業の関係者向けの「スタートアップチケット」(1.8万円)、同じく設立3年未満のスタートアップ企業向けのブース出展の権利と入場チケット2枚ぶんがセットになった「スタートアップデモブース券」(3.5万円)など。今年は会場の許容量の関係もあり、いずれも規定数量に達した際は販売終了となる。