もしも、あなたがテック業界の記者で、自分にとって大切な国であるノルウェイに出張し、ノルウェイのスタートアップシーンについて、良いニュースを持って帰ってきたいと本気で願っているとしよう。そして、あなたは他でもない、Angel Challenge開催のスタートアップコンテストの決勝戦に招待された。しかし優勝したのは、MiniProというインターネット上にもその存在が全く知られていない企業だった。MiniProの製品といえば、稚魚のベビーフード。あなたは、これから起きることを信じられないだろう。
他の国であれば、MiniProのピッチは冗談だと思われただろう。パロディのような会社が、何かの拍子で間違って部屋に入ってしまい、気がついたら、言語障害を持つ子どものためのアプリを開発している企業(Milla Says)や、AirBnBモデルの補完サービスとなるようなビジネスを行う企業(EasyBnB)と並んでピッチを行うことになってしまったとさえ感じる。
私はこれまで、数多くのデモデイやピッチイベントの様子を見てきたが、MiniProがステージに出てきたときには、「本気か…」と不運にも私の隣に座っていた人たちに漏らさずにはいられなかった。「魚のエサを作る会社が、スタートアップコンテストの決勝に残れるのはノルウェイだけじゃないでしょうか」という私に対して、周りの人たちはちょっと時間をおいて肩をすくめながら、「まぁノルウェイですからね」と答えた。
そしてコンテストの優勝者が発表されると、それはもちろん、MiniProだった。私は周りの人たちに同意するしかなかった。これがノルウェイなのだ。
そしてそれは実はとても大切なことだ。
ノルウェイのスタートアップシーンが賞賛に値するのは、さらなるシリコンバレーのクローン(シリコンフィヨルド?)にならないよう、意識的な決定がなされているように感じられる点だ。そして、その様子が現地スタートアップシーンのいくつかの面に反映されている。例えば、このエコシステムの中にいる多くのスタートアップは、原油やガス、海運や漁業などノルウェイが伝統的に力を持っている業界に特化している。国の長所を利用するという意味で、この傾向には納得がいく。起業家は業界のどこに課題があるか理解しており、ソリューションを考え出すのに必要なスキルも持っている。さらに、投資家が共感できるような企業の方が資金調達もしやすい。 そして当然、ノルウェイでは海運関連企業の方が、例えばUberの競合となるような国産企業よりもイグジットを想像しやすいのだ。
優勝者であるMiniProは、100万ノルウェイクローネ(およそ12万ドル)の資金を調達した。私が知る限り、MiniProは自社のウェブサイトどころか、ネット上に全く情報が掲載されていない。ノルウェイの商業登録を除いては、同社に関する情報をひとつもネット上で見つけることはできなかった。魚のエサを作っているMiniProの存在は、私が普段慣れ親しんでいるスタートアップから全くかけ離れている。前述の話に戻ると、「稚魚のベビーフード」を作っている企業を、スタートアップコンテストで優勝させるというのは、テック業界記者の私にとって頭をもたげさせる出来事だった。(もしもこの記事を読んでいるノルウェイの人がいたら、今回の出来事が、どれだけ自国を嘲笑の的にしているかというのを考えてみてほしい)
しかし同時に、MiniProの優勝が、ノルウェイはなぜこんなにも興味をそそる国であるかというのを上手く表している。客観的にどの基準で見ても、その日ステージに上がっていたスタートアップの中では、MiniProが一番だったのだ。
従来型のテック系スタートアップとは対照的な存在として認識されていても、MiniProはスタートアップとして重要な要素を備えている。強固なチーム、ターゲットとなる市場の深い理解、特許で保護された製品、はっきりしたビジョン、明解なGTM戦略、大きな成長可能性、厚い利益、明確なプロダクト/マーケットフィットなどがその要素として挙げられる。MiniProが、マーケット全体に相当する1年あたり60億ドルの売上をあげる可能性があることは否定できないし、もしもMiniProが水産業以外の業界にいたならば、同社のオフィスの周りに投資家が列を作っていても驚きではない。
そしてこれが、今回の私のノルウェイ出張の中での一番の気づきであった。ノルウェイのことを、シリコンバレーの視点から伝えようとしても意味がなく、かといってノルウェイのスタートアップシーンに明るい未来がないという訳でもない。しかし、それだけにノルウェイは今後ユニークな課題に向き合うことになるだろう。
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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter)