アシュトン・カッチャーが語るスタートアップ投資の目的と戦略

【編集部注】筆者のアシュトン・カッチャーは俳優兼投資家で、Sound Venturesの共同創業者でもある。

注:本稿の英語原文はAtriumの記事を転載したもの

これまで何度も投資先の選び方について訊かれたことがある。投資先のステージは? 収益指標は? どのセクターか? と。

しかし私は企業のステージにこだわるのではなく、難しい課題を解決しようとしている優秀な人たちに投資する気持ちでいる。

明日をより良いものにするための力を備えた、素晴らしい投資家を見つけるというシンプルなゴールに集中することこそが、私の投資戦略のキモだ。

アシュトン・カッチャー流投資の「公式」

多くのベンチャーファンドはリターンの最大化に注力している。彼らは複雑な経済モデルを使い、各投資先候補について良いケース、悪いケースの両方で最終的に株式がどれほど希薄化するかといったことを計算しているのだ。

しかし私はそんなことはしない。ただ最高に優秀な人たちに投資するだけだ。

さまざまな難しい課題に挑む、世界中の頭脳明晰な人たちと一緒に仕事をするのはとても楽しいし、往々にしてそうすることでリターンが生まれる。

なお、投資判断では以下の2つの要素を重視している。

  • リターン
  • 幸福度

まずはリミテッドパートナー(LP)のためにも、期待リターンを精査する。5年から8年、もしくは10年で6〜10倍のリターンが得られる可能性はあるか? もしもその答えがNoならば、時間とお金をかけるまでもない。

しかしこれが唯一の判断基準ではない。

もしも私たちが投資先企業を喜んでサポートしたいと感じられ、さらにLPにもある程度のリターンを提供できると自信を持って言えれば、その企業には投資する価値がある。

一見直感に反するように映るかもしれないが、実際に第一号ファンドのリターンは8〜9倍の水準にある。

ちなみに投資額すべてが無駄になったこともあるが、そうでないことの方が多かった。

100倍ものリターンを叩き出す企業はそうそうないが、5〜6倍のリターンで大事な課題を解決できた企業はいくつも存在する。だからこそ、金銭的なリターンと、問題解決までの道のりを投資先と一緒に旅することで得られる幸福感の両方を考えることで、投資結果の全体像を掴むことができるのだ。

Image: Bryce Durbin/TechCrunch

無知の知

数字の壁で自分を囲ってしまうと素晴らしい企業を見逃してしまいがちだし、数字だけに頼るのは長期的に見て良い戦略とは言えない。

というのも投資判断の時点では、どのプロダクトが「金のなる木」になるかを予測するのは難しいことがあるからだ。

しかしユーザーに十分な価値を提供できているから、そのうちマネタイズもできるだろう、と考えられるからFacebookのような企業に投資できるのだ。

もしも数字だけを見ていれば、そうはできないだろう。

8年ほど前に、メンターのひとりと話をしていたときにこんなことがあった。彼はある10社の名前をホワイトボードに列記して、私に「まずバリュエーションが高いと思う順に企業をランク付けしてみろ。そしてその次に収益額が大きいと思う順に再度ランク付けしてみろ」と言うのだ。

私はどちらのリストについても、1位と5位と7位に同じ企業の名前を書いた。

しかし実は収益額が一番小さい企業のバリュエーションが一番高く、逆に収益額が一番大きい企業のバリュエーションが一番低かったのだ。

Image: Lee Woodgate/Getty Images

創業者に求めるもの

どのスタートアップに投資するときも、私は以後5〜10年は創業者と一緒に仕事をすることになる前提で考えている。

魔法の公式とまでは到底呼べないが、私が投資を決める際の条件として設定している4つの要素が以下だ。

1. 専門知識

良い創業者というのは、自分が取り組もうとしているビジネスの分野について独自のインサイトを持っており、それがスタートアップの武器になる。そして専門知識とは以下の3つのどれかを指す場合が多い。

  1. 消費者行動に関する深い理解
  2. 時間軸に沿ったインサイト
  3. データ

通常、創業者からは何かしらの鋭い洞察をハッキリと感じることができる。だからこそ投資家はその人が課題解決に必要な専門知識を持っていると自信を持てるのだ。

2. 粘り強さ

想像できないほど辛い場面でも耐えぬける粘り強さが創業者には要される。

その証拠に、すべてが計画通りにいったという起業家の話はこれまで一度も聞いたことがない。

そのため何か予想外の事態が起きたときに、その苦難を頑張って乗り越えようという気持ちと能力があるかというのが重要なのだ。

これはなかなか判断が難しい資質でもある。普段私は創業者と面と向かって会ったときの直感を信じるようにしている。

3. 目的

3つめは、投資先候補がつくろうとしているものは、創業者が個人的に情熱を抱いているもっと大きな目的と何かしらの関係があるか、という点だ。

これはつまり、どんなプロダクトであっても、そこに創業チーム自身や彼らの考え方、信念といったものが反映されているかどうかということだ。何か問題があったときや困難な壁に立ち向かうときにこそ、創業者の信念が重要になってくる。

4. カリスマ性

素晴らしい創業者には一定のカリスマ性がある。特にCEOになろうとしている人物であればなおさらだ。

真の意味のカリスマ性を持った創業者に会うと、私は今の仕事をやめてでもその人と一緒に働きたいと感じる。そもそも投資家が今の仕事をやめてでもチームに加わりたいと思えなければ、その企業が雇おうとしている人がそう感じるわけもない。

採用はCEOの一番難しい仕事だ。

CEOは自分自身やビジョン、そして会社を売り込まなければならない。もしも私さえ説得できないほどのカリスマ性であれば、恐らく誰にも相手にはされないだろう。

Image: Boris Austin / Getty Images

私が警戒する創業者のタイプ

望ましくない創業者のタイプというのはいくらでもあるが、私が特に注意しているのは以下のような人たちだ。

1. 行動指針に問題がある

私は基本的に行動指針や主義をとても重視している。

特に男女や人種間の平等については自分なりの判断基準を持っているし、人間として尊敬できる人と働くことにしている。そのため、投資先企業やその創業者にも私と似たような行動指針を持っていてほしいのだ。

これは私が自分の会社を代表するように自分たちの会社を代表する人たちとつながっていたいと言い換えることもできる。

人は色んな数値やモデル、予測に簡単に惑わされてしまうものだが、だからといって定量的な情報の重要性が変わるわけではない。

むしろ私は数字と一緒にビジネスを構築する人間を見ている。とにかく私は人間として信頼でき、他者に敬意を払い、モラルがある人と仕事がしたいのだ。

2. 専門知識の欠如

もしも創業者が数字に関する質問に答えられなければ、すぐにその企業からは手をひいたほうがいい。

よく私は、投資先候補の分野について創業者に何度も質問をする。これまで見たこともないような、まったく新しくてディスラプティブなビジネスを実現しようとしている人はたくさんいるが、その目新しさに興奮して経済的な側面を見失ってはいけない。

業界の状況や仕組みについての理解がなければ、すぐにその人に専門知識がないということがわかる。

そしてもしも業界を理解せずに独自のインサイトを持ってるとしても、その人は特別なプロダクトを生み出すことはできないだろう。

3. 他人の時間を大切にしない

自分のプロダクトを売り込むのに必死な人は、基本的な他者の理解というとても大切なことを忘れがちだ。

賢い人はいつどのように連絡すればいいのかをよく心得ている。

実際に私は、何の紹介もなく突然送られてきたメールであっても、内容がよく練られていて、私自身や私の時間に敬意を払っているものには応えている。

エレベーターピッチに応じたこともある。

赤の他人とミーティングをしたこともある。

あなたの時間にさえ気を払わない人が、他人の時間を大切にすることはないだろう。そんな人のビジネスがうまくいくはずはないと私は考えるのだ。

創業者や企業から連絡があっても、私の時間や私が興味を持っていることに対する敬意や思いやりが感じられないと、彼らの無礼さに気付かずにはいられない。

Image: Bryce Durbin/TechCrunch

スタートアップの成長に関する投資家としての役目

資金を差し出すだけが投資家の仕事ではない。私たちの仕事は、専門知識や業界の情報、コネクションを投資先に提供することでもあるのだ。

スタートアップの成長ステージは(紙の上では)以下のようにまとめることができる

    1. 初期の仮説検証
      • ビジネスアイディアの考案
      • MVP(実用最小限のプロダクト: minimum viable product)の開発
      • MVPを顧客に届ける
    2. フィードバックループの確立
      • 顧客がプロダクトを気に入っているか確認
      • 顧客を巻き込んだフィードバックループを確立し、顧客の意見に沿ってプロダクトを改善できるようにする
    3. 会社設立
      • 必要最小限の人員を採用
      • プロダクトマーケットフィット達成
      • ターゲット全員にリーチできるようマーケティング
      • チームを作り上げる
    4. 追加の資金調達

これまでの12年間におよぶ投資活動のなかで、私は各ステージにいる企業を見てきた。それぞれのステージで求められるものは違うため、次のステージへ移るには新たな課題を解決しなければならない。

そこで創業者は、これまでに各ステージを経験して理解し、何を心得るべきか、そしてどうすれば次のステージへと移れるかといったことを知る人を仲間にすべきだと私は考えている。

そこで投資家が力を発揮するのだ。

Image: Shutterstock

例えば自己資金ですべてをまかないつつ、スケールするというのはなかなか難しいことだ。

多くのファウンダーが初期に陥る失敗として、組織に多様性や専門性をもたらす人よりも、自分に似た人を採用するというものがある。

初期の採用活動が終わった後は、スタートアップの中にスタートアップを構築するつもりで、マイクロマネジメントからマイクロマネジメントへと移行し、組織がスケールする上で必要になるさまざまな部署を充実させていく。

似たような道のりをたどった企業へ投資したことがある投資家であれば、各マイルストーンを達成する上で注意すべき点をアドバイスできるのだ。このようなアドバイスを受けられなかったために道をそれてしまったアーリーステージ企業はたくさん存在する。

成長ステージに移ってからも資金調達は一筋縄ではいかない。数々のチェックポイントを通過し、ようやく追加資金を調達した後は、その資金を使ってプランを実行していかなければいけない。

最終的に上場するか誰かに事業を売却することになったとしても、これもまた信じられないほど困難なプロセスで、ここまでの時点で心の準備ができている創業者というのは珍しい。

もちろん個々の企業の事情はそれぞれだ。

もしもあなたの会社が2、3人の小さなチームであれば、投資家を10人ほどチームに迎えることを考えてもいいかもしれない。そのときは、各投資家が異なる経験を持っていて、違う会社に属しているようにした方がいいだろう。

名の知れた企業から資金を調達しようとする創業者がたくさんいるが、本当に必要なのは自分たちのニーズや課題を理解し、適切なアドバイスをしてくれる個人であって、その人がどの企業出身なのかは関係ない。

最後はやはり目的と行動指針

誤解のないように伝えておくと、私は数値に関しても厳しい判断基準を設けている。

TAM(市場規模:Total Addressable Market)やNPV(正味現在価値:Net Present Valut)、IRR(内部収益率:Internal Rate of Return)といった指標もチェックする。

しかし大多数の投資家に比べると、私はビジネスが持つ人類への影響やCEOの能力に重きを置いている。

今後投資活動を続けるうちに、私の判断基準がもっと厳しくなる可能性もあるだろう。

しかしそれまでのあいだは、現在のように私が興味のある課題に取り組んでいる優秀な人たちと仕事をしていくつもりでいる。

結局のところ難しい課題を解決しようとしている素晴らしいチームを見つけられれば、お金は後からついてくるものなのだ。

注:本稿の英語原文はAtriumの記事を転載したもの。

原文へ

(翻訳:Atsushi Yukutake

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。