厚さ1炭素原子の超薄炭素結晶シート、グラフェン(graphene)は、それを通常のバルク材から取り出せるようになって以来この10年あまり、科学者たちを興奮させてきた。なぜなら、この特殊な炭素結晶体により、電子工学と生物学の混合が可能と思われてきたからだ。
Cambridge Graphene Centreとイタリアのトリエステ大学が行い、ACS Nano誌に載った最新の研究は、有効性が高くて柔軟性に富む脳移植が、この素材により可能であることを示唆している。今日の、シリコンやタングステンなどの剛体でできている電極には、術後痕における信号の喪失という問題があったが、グラフェンを使用するバイオデバイスでは、それがないことが期待される。
この研究の中心命題は、人間の脳は柔らかい組織でできているから、電極にもそのような可撓性があるべきだ、という点にある。またグラフェンは、生体適合性(biocompatibility)が優れている、と見なされている(ただしその毒性については、現段階で結論が出ていない)。
この、ケンブリッジ大とトリエステ大の研究が含意しているのは、将来的にはグラフェン製の電極を安全に脳に移植できるのではないか、という点だ。それによりたとえば、失った感覚を取り戻したり、四肢の麻痺を治癒できるのではないか、と思われる。癲癇やパーキンソン病などの治療も、可能になるかもしれない。このような将来の可能性はきわめてエキサイティングだが、現状はまだ理論の段階にすぎず、実用化は遠い先だ(ラットの脳の培養試験ではグラフェンの利用がすで成功している)。
研究者たちの注記によると、以前、ほかの研究集団が、特殊処理をしたグラフェンと脳内のニューロン(脳の神経細胞)を対話させる可能性を示したが、しかしその特殊処理をしたグラフェンはS/N比がきわめて低いという問題があった。何も処理をしないグラフェンは、グラフェンの重要な特性のひとつと言われているように、伝導性がとても高いので、良質な電極を作れる。その脳細胞との相性も、ラットの脳のニューロンでは良好だった。
トリエステ大学のLaura Balleriniは、声明文の中で次のように述べている: “われわれは初めて、グラフェンをニューロンに直接インタフェイスすることに成功した。そのときわれわれは、ニューロンが脳の活動を示す電気信号を生成することをテストし、それらのニューロンがその神経信号伝達特性を正常に保持していることを確認した。これは、被覆をしないグラフェンを用いる脳神経接合部(シナプス)の活動に関する、初めての機能研究である”。
科学者たちは、この研究が、神経とインタフェイスするための電極としてグラフェン製の新しい素材を使っていくための研究開発道程の、“最初の一歩”にすぎない、とほのめかしている。だから、グラフェン製のバイオデバイスが来年のCESに登場することはありえない。登場はおそらく、20年後か。
彼らが次の研究課題としているのは、グラフェンのさまざまな形状による、対ニューロン効果の違いだ。また、生物学的応答性を良くする(シナプスの性能と神経の活性化能力)ための素材の調整も、課題となる。
“この研究が、より良い脳深部移植技術の道を拓(ひら)き、脳の活力増進とコントロールを可能にする高感度で無用な副作用のない技術の実現に、つながることを期待したい”、とBalleriniは付言している。