TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」第16回が9月26日、開催された。今年のテーマはスタートアップのチームビルディング。今シーズン3回目となる今回のイベントでは「チームを深める(エンゲージメント)」を題材として、講演とパネルディスカッションが行われた(キーノート講演のレポートはこちら)。
本稿では、パネルディスカッションの模様をお伝えする。登壇者はキーノート講演でも語ってもらったiSGSインベストメントワークス代表取締役/代表パートナーの五嶋一人氏に加え、atama plus代表取締役の稲田大輔氏、アペルザ代表取締役社長の石原誠氏、エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏の4名。モデレーターはTechCrunch Japan 編集統括の吉田博英が務めた。
パネルディスカッションでは、従業員が増えていくフェイズに入ったスタートアップにとっての組織づくり、チームづくり、エンゲージメントについて、各氏から話を聞いた。
テクノロジーの力で教育を変えるatama+、製造業を変えるアペルザ
まずはスタートアップ2社から、簡単な事業紹介があった。教育系スタートアップatama plusでは、AI解析で学習時間を短縮するラーニングシステム「atama+」を学習塾などに提供している。2017年4月の創業で、これまでに2回、累計20億円を資金調達している。
atama plus創業者の稲田大輔氏は、150年前に最先端だった富岡製糸場の事業所風景と、現在最新の設備を備えるGoogleのオフィスを写真で比較。続けて昔と今の教室風景をやはり写真で並べて見せ、「最先端の職場で活躍する人を養成しなければならないのに、日本の教育の現場は全く変わっていない」と指摘した。
「もっとテクノロジーを活用して、日本でもこれからの社会で活躍する人を生み出す教育を提供していこう、というのが私たちの事業だ」(稲田氏)
稲田氏によれば、日本の教育で使う時間のうち、基礎学習習得にかける時間がほぼ100%を占めるという。「ここにかかる時間をテクノロジーの力で半分以下にすれば、時間が余るはず。余った時間で、社会でいきる力が学べる」(稲田氏)
atama+では、AI教師が生徒の得意・苦手な部分や伸びている部分、集中度などのデータを取得し、その生徒に最適な専用カリキュラムを作成する。一人ひとりに合わせたコンテンツによる学習で、高校の数IAなら文部科学省が指定する学校での勉強時間146時間を、atama+では31時間にできるという。
「活用している塾では、タブレットを使って、おのおのが学習する形になり、旧来の教室風景とは絵が変わる」という稲田氏。大手塾の2割以上に導入が進む中で会社も成長し、現在の社員は60名ほどだということだ。
アペルザは、製造業向けにカタログサイトやマーケットプレイスを運営するスタートアップだ。横浜を拠点とするアペルザは、創業以来2度の資金調達により24億円を得ている。
アペルザ代表の石原誠氏は「製造業は設備産業。教育と同じで設備の取引のスタイルは100年間変わっていない」と話す。「そこでアペルザでは、BtoBの組織購買のスタイルに合わせて、情報収集から選定、見積もり、比較、購入までの購買プロセスに沿って、メディアからマーケットプレイスまで、サービスをいろいろと提供している。売り手と買い手の間に立ち、売り手からのサブスクリプション費で収益を得ている」(石原氏)
現在の顧客は7500社ほど、というアペルザ。石原氏は「日本の製造業は非常に優秀。製造業というと家電業界などで『元気がなくなった』と言われがちだが、設備向けの部品販売の分野ではまだまだ強い。中小が93%を占める製造業を、我々はどんどん海外へ進出させたいと考えていて、そうした売り手をエンパワーメントするため、営業に注目している」という。
そこで4月から提供を開始したのが、製造業の営業を支援するSaaS「アペルザクラウド」だ。同社の調査によれば、営業担当が対面営業に使える時間は20%ほどで「実は営業できていない」実態が浮かび上がったという。移動や問い合わせ対応などに時間が取られる中で、会える顧客は15%ほどに限定されているとのことで、取引先のカバーができていない実情が読み取れる。
また、設備面ではスマートファクトリー、IoT化が進む中で、製造ラインがインターネットにつながり始めている(効率化が始まっている)。新商品が増えていくことで、営業担当は「商品が多すぎて、商品知識などが覚えきれない」という悩みも抱えている。
「顧客への対応と商品への対応、2つの軸で抜け漏れが発生している、というのが製造業の営業の実態。この隙間の部分をテクノロジーで埋めるのが我々の提供するSaaSの役割だ」(石原氏)
メディア、マーケットプレイス、SaaSなど多様なサービスを提供するアペルザ。石原氏は「我々が目指すのは『マーケットネットワークス』というビジネスモデルだ」と語っている。マーケットネットワークスは米国のVC、NFX Guildが提唱するモデル。2016年のSXSWで「マーケットネットワークスは向こう30年のBtoB市場をロックするビジネスモデルだ」と紹介されたときに「製造業に完全に当てはまる」と感じた石原氏は、現在アペルザでこのモデルを踏襲しようとしているという。モデルについては、NFXの共同ファウンダー/パートナーを務めるJames Currierによる寄稿をTechCrunch Japanでも掲載しているので、そちらも参考にしてもらえればと思う。
エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏は、「LINEキャリア」を運営するLINEとのジョイントベンチャーLENSAの代表取締役も務める人物。2000年に入社したエン・ジャパンで寺田氏は、求人サイト運営などを経て「誰でも採用ができる、採用が続けられる世の中を実現したい」と2016年に「engage(エンゲージ)」を立ち上げ、運営に力を入れている。
engageは0円から使える採用支援ツールで、現在23万社に利用されている。企業が独自の採用ページを持ち、簡単に情報を掲載、発信できるほか、IndeedやLINEキャリア、Googleしごと検索などに求人情報を告知でき、求職者に届けられる。
また「応募してきた人が、採用対象でなければ放っておく状況が嫌だった。採用もブランディングのひとつ」という寺田氏は、応募者対応やエン・ジャパンが力を入れる「入社後の社員の活躍」にも対応できるよう、採用にまつわるさまざまな活動を支援するツールも、engageで提供している。
拡大するスタートアップのコミュニケーション術
ディスカッション最初のトピックは「チーム内外のコミュニケーション方法をどうしているか」。従業員数が大幅に増えるフェイズにあるスタートアップでは、チーム内、あるいはチーム同士のコミュニケーションが取りにくくなることも多いはずだが、どのような工夫があるのだろうか。
稲田氏は「atama plusでは基本的に全ての情報をオープンにしている」という。「チーム外にも情報が共有できるように会議室の壁を取り払った」というatama plusでは、資金調達や取締役会の報告も含め、全会議をオブザーブできる仕組みにし、「エンジニアでもビジネスの状況に興味があれば、いろいろと話が聞ける状態になっている」そうだ。
石原氏も「アペルザでも社内のミーティングに会議室は使わない」と話す。アペルザではデジタルとリアルの両面でコミュニケーションを工夫しているという。「デジタルでは、Confluence(コンフルエンス:Webベースの企業向け情報共有ツール)で議事録を書いてもらい、公開している。リアルでは全社ミーティングを毎週金曜日に実施し、月1回は経営方針を経営陣から発表している」(石原氏)
ちなみに、Confluenceはatama plusでも議事録に活用されているそうだ。全社での情報共有も、週1回のチームからの報告、月1回の会社からの方針報告と、タイミングがアペルザと同じだと稲田氏は話している。
五嶋氏からは「全社ミーティングはテーマを絞って実施するとよい」とのアドバイスがあった。「例えば数字の報告と、従業員の誕生日を祝うのを一度の会でやろうとすると、方向性がだいぶ違ってしまう。全社でやるなら、各回の目的は振り切って、同種の内容で1つか2つに絞る方がいい。でないと、ミーティングの意義や面白さが経営者のエンターテインメント性に依存してしまう」(五嶋氏)
ミーティング目的について、アペルザでは「最初は経営陣でコントロールしようとしていたが、今は任せている」と石原氏はいう。「そうすることで、コミュニケーションそのものが生まれる」とのことで、月1回の経営戦略シェアの際には、その延長線上で一緒に食事をとるそうだ。「最初はワークショップを開くなど、がんばっていろいろと(催しを)やっていたが、単に『同じ釜の飯を食う』という方が意外とうまくいく」(石原氏)
稲田氏は「コミュニケーションの目的はいいプロダクトを作ること」として「そのために必要な情報は全部オープンにしている。そうすると全体会議でも誰かから誰かへ一方通行に発信するものにはならず、双方向で質の良いものに変わる」と語っている。
エン・ジャパンはatama plusやアペルザと比べるとずっと大きな規模になっているが、寺田氏は「情報をフルオープンにするのは、さすがにIR的に難しいが、ミーティングの頻度や内容は基本的には同じ」と話す。「50人を超えた頃からは、その時々で成果のあった従業員を毎週の全社ミーティングで意図的にピックアップして、何をやったかを話してもらい、横のコミュニケーションで学び合いができる状況を作るようにしてきた」(寺田氏)
コミュニケーション、情報共有のツールとして寺田氏は「声の社内報」を挙げている。これは前回のTechCrunch Schoolのパネルディスカッションで登壇したVoicy代表の緒方憲太郎氏が、自社でも使っているサービスとして紹介したもの。音声で情報や報告を伝えられるこのサービスをエン・ジャパンでも取り入れてみたところ、社内で好評だという。
「集まらず、非同期で好きなときに聞けるところが利点。どこまで再生されているかも全部(ログで)分かる。声だと話し手の感情も伝わりやすい」(寺田氏)
採用はカルチャー重視、人柄の見極めは「合うか合わないか」
続く話題は「従業員が増えるフェイズのスタートアップで、人材採用のポリシーをどうしているか」。アペルザの石原氏は「まだ足りないファンクションがいっぱいあるので、マーケティングなど新しい組織を作るために採用を行っている。その際、セオリーどおりかもしれないが、組織の上の方から採用している」と現況を語る。基準としては「スキルより人間性を見ることを大事にしている」と石原氏。それも「人間性がいいかとか悪いかとかではなく、『合うか合わないか』を見ている」という。
稲田氏は「スキルフィットとカルチャーフィット、両方とも大事にしている」と話すが、やはり「同じミッションに向かって一緒にやっていけるか、熱量の高いチームでメンバーと一緒に『新しい教育を作っていく』ことに合意できるかを大事にしている」と2つのうちでもカルチャーを特に重視しているそうだ。そのために「口説く」というよりは、会社のありのままを伝えて「このカルチャーに合うかどうか、選んでください」と面接では話すようにしているという。
atama plusでは、会社の知名度が上がるにつれ「応募してくる層が変わったという印象がある」と稲田氏は言う。「この会社は勝ちそうだ、とか、伸びそうだから入るという人が増えてきたが、そういう人は非常にスキルが高くても絶対に採らないようにしている。カルチャーが合うかどうかは大事にし続けている」(稲田氏)
五嶋氏は、買収した会社で新たな人を採用してきた経験から「スキルベースでふるいにかけて選別し、そこから人柄で選ぶというのが基本かと思うが、人柄の目利きはなかなか難しいもの」と語る。「何度か飲みに行って、意気投合して仕事の話でめちゃくちゃ盛り上がる、といったことは、採用のプロセスとして最低限やってもいいことかもしれない。自分はカルチャーというよりは人柄を見て『一緒にやって楽しそうだな』という人に入ってもらえるよう、ひたすらがんばる、ということを必死にやっていた。特に組織が大きくない段階では、それが採用では一番いい結果が出て、長く活躍してもらえる人材を獲得できていたと感じている」(五嶋氏)
エン・ジャパンでは「最近は採用する段階で、入社後に何を評価するかを決めておくようにしている。それを相手に話せるよう、準備できるまでは採用自体に踏み出さない」(寺田氏)そうだ。また寺田氏は「転職で違う会社に入るということは、外国に行ったようなものだ。入った後なじむためのプログラムはきちんと設計する必要がある」とも話している。「その上で採用の段階で『過去にこの職種・ポジションでなじまなかった人は、こういう部分が合わなかった』といった情報も伝えている。ネガティブな部分も伝え、認識してもらった上で入社した方が、うまくいく」(寺田氏)
研修はズレを正すものではなく、理解を深めるもの
atama plusでは、カルチャーフィットして採用した人に入社後、さらにカルチャーを理解してもらうために、研修をかなり行うそうだ。「ミッションやバリューの意味や思いなども説明するし、他チームの仕事理解も研修で進めてもらっている」というatama plusでは、「バリューとして『生徒が熱狂するプロダクトであるかどうか』を大切にしていることから、どの職種でも研修の一環で全員現場に行く」と稲田氏。またチーム間のコミュニケーションの場も設定しているそうだ。
石原氏はアペルザで「会社のフェイズが変わってきて、バリューやビジョンをあらためて見直しているところ」だそうだが、その過程で「アンラーニング(既存の価値観や知識を意識的に捨て、新たに学び直すこと)が重要だ」と感じているそうだ。「入社してうまくいかない人は、転職前の会社のやり方など過去を引きずってきている。そこを何とかできないかと考えているので、アンラーニングはうまく取り入れたい」(石原氏)
エン・ジャパンでもミッション、バリューなどを伝える研修を行っているそうだが、寺田氏からはほかに「新卒採用などでは、非常にうまくいく方法」として「直前に入社して研修を受けた人に研修を作ってもらう」方法が紹介された。研修終了時に「次に研修を作るのはあなたたちです」とバトンを渡して、研修期間も含めて考えてもらい、次の代へ引き継ぐのだそうだ。
ちなみにカルチャーフィットと研修との関係に関連して、五嶋氏から「カルチャーフィットに代わる言葉がほしい」との提言があった。「カルチャー“フィット”と言うから『カルチャーのズレは矯正して合わせられるもの』という誤解が生じるのだけれども、どうしたって合わない人は合わない。それよりはカルチャーが合っている人に自社を知ってもらうことが大切。ズレを正すのではなく、合わない人を採ってはダメだということ。『カルチャーフィット』という言葉によって、ミスリードが生まれているかもしれない」(五嶋氏)
寺田氏は「採用の際にできることは、カルチャーが合わない人をいかに排除できるかということだけ。そのためには、自社がどういう会社で、どういう人に来てもらいたいのかを面接なども含め、あらゆる機会に発信すること、それに尽きる」と述べている。
atama plusは現在、60名の社員の65%ぐらいがプロダクトに関わる人員で、25%が営業・カスタマーサクセスなどのビジネスサイド、残りの10%がコーポレート業務に関わるという。これからどういう人材が採用したいか、との問いに対しては、稲田氏は「人は多く採りたいけれども、こだわれる限りカルチャーの合う人にこだわりたい」と答えている。
一方、アペルザでは「ビジネスサイドがもう少し多く、プロダクトの人員と同じぐらい」と石原氏。人材は「全方位で採用している」という。特に今、組織固めを行っているという石原氏は「重点的に人事担当を採用したい」と述べている。キーノート講演での五嶋氏の発言に触れ、石原氏は「可視化が大切というのは、その通り。我々の今の状態を可視化して、それを見直している制度にも現段階からきちんと反映させたい。それができる人材がほしい」と語っていた。
最後に寺田氏からチームのエンゲージメントについて、キーノート講演の話とも絡めて「自分たちのメッセージが届く範囲(組織の規模・構成)を考え、コミュニケーションが取れる状況を常に大切にしたいところ。それが人数の関係でできなくなるのであれば、同じようなことができる人をどれだけ早く育てるか、ということに尽きるのではないか」と今回のイベント全体の振り返りがあった。「(むやみに従業員規模を大きくするのではなく)コミュニケーション量を密に取れる組織構成を最優先に考えた上で、『では拡大するためには何が必要なのか』を検討することが重要」という感想が述べられ、ディスカッションは締めくくられた。