スマホで開け閉めできるロッカーのSPACERは、自販機投資ならぬ“ロッカー投資”で普及を目指す

Amazon.comをはじめとするEC業者の躍進とともに、宅配便で送られる荷物の数は近年急伸している。国土交通省が2017年7月に発表した資料によれば、2016年度の宅配便取り扱い個数は約40億個だった。2006年度の約29.4億個と比べると、この10年間で約1.4倍に増えたことになる。

その一方で問題となっているのが、宅配便の再配達にかかる社会的コストだ。同じく国土交通省が発表した報告書によれば、宅配便全体の約20%にあたる荷物が再配達となっているという。営業用トラックが排出する二酸化炭素の約1%(42万トン)は再配達によるものであり、年間9万人に相当する労働力が再配達に充てられているなど、社会的損失も無視できないレベルにまで膨らんだ。

そんななか、日本が抱える配送問題をビジネスの力で解決しようとするスタートアップがいる。本日サービスローンチを発表したSPACER(スペースアール)だ。同社は3月1日、スマホで開け閉めができる受け渡しロッカー「SPACER」のサービス開始を発表した。

SPACERの利用方法は以下の通りだ。荷物を預けるユーザーがロッカーの近くで専用アプリを立ち上げると、アプリが自動的にロッカーを認識する。荷物をロッカーに入れたあと、アプリをスワイプすることでロッカーが閉まり、その“鍵”となる電子キーがアプリに保存される。ロッカーのそばで電子キーが保存されたアプリを立ち上げ、もう一度スワイプするとロッカーが開く仕組みだ。アプリとロッカー間の通信はBluetoothで行う。

ロッカー使用料は2時間まで無料で、その後は6時間ごとに240円の料金がかかる。

現時点でSPACERが対応しているのはiOSのみだ。しかし、SPACER代表取締役の田中章仁氏は、近日中にはブラウザでBluetooth通信ができる「Web Bluetooth API」を利用したWebアプリをリリースする予定で、これによりAndroidにも対応する予定だと話す。

鍵を“共有する”ことで、ロッカーの可能性が広がる

さきほど説明したSPACERの使用の流れは、ユーザーが自分の荷物をロッカーに預けるときを想定したものだ。しかし、SPACERではアプリに保存された電子キーを他のユーザーに受け渡すこともできる。

SPACERのアプリにはチャット機能が内蔵されていて、そこにある「鍵を譲渡」ボタンを押せば電子キーを他のSPACERユーザーに受け渡すことができる。また、同社はURLによる電子キーの共有機能も2018年7月をめどにリリースする予定だ。それが実現すれば、URLを発行し、それをLINEやFacebook Messengerなどのメッセージングアプリで共有するだけで、電子キーのやり取りが可能になる。複数人への共有も可能だが、一度使用されたキーは消滅する。

セキュリティについては、「1回使用するごとに(電子キーの)暗号がランダムで変わるほか、ロッカー本体ごとにその解読方法が違う」(田中氏)という方法で安全性を担保しているという。

この電子キーの共有という特長により、SPACERの可能性が一気に広がる。家族や友人が本人の代わりに荷物を受け取ったり、スケジュールを調整することなく個人的な貸し借りを行ったりするといった用途が考えられる。また、記事冒頭にあげた“再配達問題”の文脈で言えば、宅配業者から受け取った電子キーを利用してユーザー自身がロッカーまで荷物を取りに行けば、結果的に再配達される荷物の数は減る。

これについては、「自分で取りに行くという行為が面倒くさい」という読者もいることだろう。でも、僕の場合は、再配達時間として指定した数時間のあいだは落ち落ち昼寝もできないという不便や、今すぐにでもプレイしたいゲームソフトを受け取るのに帰宅が間に合わず、翌日に再配達となったときの絶望感を考えると、どこかに置いておいてくれれば自分で取りに行くのに、と思うたちだ。

また、最近ではすっかり市民権を獲得した感のある「メルカリ」などのフリマアプリでもSPACERは活躍しそうだ。出品する側と買い取る側の両方が都内に住んでいるのであれば、例えば渋谷にあるSPACERに商品を入れ、入金が確認できたところで電子キーを送るというようなことも可能になるだろう。

個人投資家を巻き込み、普及を促進

SPACERは普及するのだろうか。昔からコインロッカーはいたるところにあるし、最近では専用の宅配ロッカーを設置するマンションも目にするようになった。それらと比較したSPACERの優位性はどこにあるのだろうか。

SPACER代表取締役の田中章仁氏は、「通常のコインロッカーには、3Dプリンタで鍵を複製されてしまったり、鍵を失くしてしったりといったリスクがある。最近ではPASMOなどのカードで開けるタイプのロッカーも登場しているが、本体価格が200〜300万円と高価だ。(宅配業者が設置する大型の)宅配ロッカーについても、通常200〜300万円程度と初期コストが高く、現状では宅配業者がCSR(企業の社会的責任)として設置している状況」だと語る。

また、最近では個人が小型の宅配ボックスを自宅に設置する例も増えているように思うが、プラネットが2017年5月に発表した宅配業界に関する調査を見ると、「宅配ボックスに入れてくれる(ので、再配達は必要ない)」と答えた人は全体の13.6%に留まる。一方で、「ドライバーに電話して再配達を頼む」と答えた人は55%だった。現時点ではロッカーや宅配ボックスで荷物を受け取るという習慣はまだ根付いていないようだ。

SPACERがその習慣を根付かせるのだとすれば、街に設置するロッカーの数を増やすことがもっとも重要な課題となるだろう。そのための施策として同社が選んだのは、ロッカーを“投資商品”として位置づけるというものだった。

従来のロッカーは初期費用が数百万円かかるのに対し、SPACERは設置からメンテナンスまでの“初期投資コスト”を40万円にまで抑えた。この価格設定でも、設置から利用まで「一連のキャッシュフローの中で弊社が赤字になる所がない」(田中氏)。

ここまで投資コスト抑えることができれば、個人が投資先としてロッカーを購入することも可能になると同社は主張する。自動販売機の投資と同じ要領で、個人がロッカー本体を購入・設置し、リターンとして利用料を受け取る収益モデルだ。

SPACERは、ロッカーを所有するオーナー、それを設置する土地の所有者である地権者、そしてメンテナンス業者それぞれの橋渡しをする役割になる。設置する土地の紹介やメンテナンス依頼はSPACERが行うので、オーナーは同社と契約して資金を拠出するだけでいい。収益の分配比率は、ロッカーのオーナーが50%、地権者が15%、メンテナンス業者が15%、SPACERが20%となる予定だ。

SPACERの資料によれば、既存のコインロッカーの使用予測と同じく1日1回の利用(6時間以内)を想定した場合、年間の収益は240円×6室(1つのロッカーあたり室数)×365日で52万5600円となる。オーナーの取り分はその50%である26万2800円だ。約2年あれば投資費用が回収できてお釣りがくる計算となる。

このように、SPACERはロッカーを金融資産として投資家に提案することで、ロッカーの普及を促進していきたいとしている。実際、今回ローンチ時点でSPACERと契約を交わしたロッカーのオーナーはすべて個人の投資家だ。「オペーレション上の限界もあるので、ローンチ後まずは企業や複数台購入いただける個人の投資家をオーナーとして募るが、最終的には広く個人のオーナーを募集したい」と田中氏は語る。

SPACERは2018年1月にエンジェル投資家などを引受先としたシードラウンドを行い、資金調達を完了した(金額は非公開)。今後の展開について、「3〜5月までを実証期間とし、様々なモニタリングを行いながら、ECなどと直接受け渡し取引等の実証実験を行う」としている。本日より設置を開始するTSUTAYA店舗は以下の通りだ(いずれも東京都)。

  • SHIBUYA TSUTAYA(渋谷区)
  • TSUTAYA BOOK APARTMENT(新宿区)
  • TSUTAYA 赤坂店(港区)
  • TSUTAYA 祖師谷大蔵店(世田谷区)
  • TSUTAYA 新大久保店(新宿区)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。