ユーザーのプライバシーを踏みにじるトラッキング技術を使ってウェブサイトの閲覧者に表示する広告を選ぶ行動ターゲティング広告で、パブリッシャーはどれほどの価値を引き出せるのか?
最新の調査によれば、パブリッシャーが得られる価値は、ターゲッティング広告を使わなかった場合と比較して、わずか4%増でしかないとのこと。
これは、なぜかくも多くのニュース編集室の予算が削られ、ジャーナリストが職を失い、それでいてアドテクノロジーの巨大企業は相も変わらず大儲けをして金庫を膨らませ続けているのかといった問題に挑発的な光を投げかける発見だ。
サードパーティーのクッキーがひしめく一般的なニュースサイト(TechCrunchも含まれる)を訪れたときは、そのパブリッシャーは本業の他に、ユーザーをプログラマティック広告システムに接続して貴重な個人データが吸い上げ、表示すべき広告の決定に使用するユーザーの閲覧傾向を販売して膨大な利益を貪っていると考えていいだろう。
オンライン広告市場は巨大化し、成長を続けている。IAB(Interactive Advertising Bureau、非営利団体インタラクティブ広告事務局)の資料によると、米国では、2017年に880億ドル(約9524億円)の収益を上げ、前年比で21%増加している。パブリッシャーは、コンテンツだけで大儲けしているわけではないのだ。
それとは対照的に、近年の調査によると、パブリッシャーの大半は、ディスプレイ広告の経済学に締めつけられていることがわかる。2015年のEconsultancyの調査では、そのうち40%ほどが、広告収入が停滞しているか減少していると報告しているという(それゆえ、購読の形式に手を伸ばすパブリッシャーが増えていると断言できる。TechCrunch自身もExtra Crunchを提供している)。
デジタル広告収益の大部分は、最終的にはアドテクノロジーの巨人、つまりGoogleとFacebookがさらっていってしまう。いわゆるアドテクノロジーの複占だ。eMarketerによれば、アメリカでは、この2社がデジタル広告市場での支出のおよそ60%を占めている。およそ765億ドル(約8兆2900億円)だ。
この2つの企業の年間収益は、デジタル広告費全体の伸びを正確に反映している。Googleの親会社Alphabetの場合、収益は、2015年から2018年にかけて、749億ドル(約8兆1083億円)から1368億ドル(約14兆8115億円)に増加している。Facebookは179億ドル(約1兆9382億円)から558億ドル(約6兆0424億円)と増えている(これに対してアメリカのオンライン広告費は、2015年から2018年にかけて、598億ドル(約6兆4745億円)から1075億ドル(約11兆6389億円)以上にステップアップしている)。
eMarketerは、2019年にはこの複占企業の合計シェアは初めて減少に転じると予測している。しかしこれは、パブリッシャーにツキが回って突如として大金が転がり込むからではない。もうひとつのハイテク巨大企業、Amazonがデジタル広告市場のシェアを拡大しているからだ。それは、eMarketerが呼ぶところの「複占の小さな凹み」の始まりと期待されている。
行動ターゲティング広告、いわゆるターゲティング広告は、トラッキング技術の拡散と規制対象とならない目立たない場所でのテクニックを助長するプラットフォームの力学により、オンライン広告市場を支配するようになった。そして、オンライン広告主の目からは、これが非常に効率的に見えたのだと報告書は書いている(測定と特定に疑問が残るものの、多くの研究はターゲティング広告は広告代理店にとって有益であり効率的だと考えているようだ)。
これが、広告の選択を脈絡要素(例えば、今見ているコンテンツや、使用中のデバイスのタイプや、今いる場所など)に依存する非ターゲティング・ディスプレイ広告を閉め出す原因となった。
この非ターゲティングディスプレイ広告は、今では例外的な存在となっている。クッキーがブロックされたときの予備的な地位に追いやられてしまった(とはいえ、プライバシーを保護をうたう検索エンジンのDuckDuckGoは、脈絡に依存した広告事業を黒字に転換させている)。
2017年にIHA Markitが行った調査では、ヨーロッパにおけるプログラマティック広告の86%が行動データを使用していたことがわかった。しかも、そのモデルによれば、非プログラマティック広告の4分の1(24%)も、行動データを使用していたという。
「2016年のディスプレイ広告市場の成長は、その90%が行動データを利用した形式や処理からもたらされた」と同社は見ている。また、2016年から2020年の行動ターゲティング広告は106%成長し、こうしたデータを使用しない形式のデジタル広告は63.6%減少すると予測している。
非ターゲティング広告ではなく行動ターゲティング広告を推すという経済的誘因は、広告主、サイトの訪問者、コンテンツ、行動データのすべてにおいて規模を拡大し、インターネットの分散した多様なオーディエンスから価値を引き出すことに依存している支配的なプラットフォームには自明の理に思える。
しかし、コンテンツ制作者と彼らが関わるユーザーのコミュニティにとって、プライバシー軽視の規模の経済に服従しようという誘因は、きわめて不明瞭だ。
オンライン広告市場に潜在する不均衡に対する懸念はまた、大西洋を挟んだ両地域の政治家や規制当局の、市場の透明性に対する疑問を誘発する。そして、透明性の大幅な改善が求められるようになる。
人のトラッキングで獲得できる賞金
来週、ボストンで開催されるEconomics of Information Security(情報セキュリティーの経済学)カンファレンスのワークショップで発表予定の新しい調査結果がある。この調査の狙いは、ひとつのパブリッシャーが、行動ターゲッティング広告を選んだ場合と、選ばなかった場合の価値を数量化して、デジタル広告の収益のパズルを解く新たなピースになることにある。
この調査については、以前、研究に携わった一人の学者が米連邦取引委員会の公聴会にて研究結果を引用したとき、その存在をお伝えしているが、今回初めて報告書の全文が公開された。
「Online Tracking and Publisher’s Revenue: An Empirical Analysis」(オンライン・ターゲッティングとパブリシャーの収益:実証的分析)と題されたこの報告書は、次の3人の学者が共同執筆している。Veronica Marotta氏(ミネソタ大学スクール・オブ・マネージメント、情報および決定科学助教)、Vibhanshu Abhishek氏(カリフォルニア大学アーバイン校Paul Merageスクール・オブ・ビジネス准教授)、Alessandro Acquisti氏(カーネギーメロン大学ITおよび公共政策教授)。
「広告主のキャンペーンの有効性におけるターゲッティング広告のインパクトは広く実証されているものの、オンラインターゲッティングとターゲッティング技術がパブリッシャー、つまりウェブサイトの広告スペースを販売する業者にもたらす価値については、ほとんど知られていない」と彼らは書いている。「事実、行動ターゲッティング広告によるパブリッシャーの利益に関する社会通念は学術研究で精査されたことがほとんどない」。
「報告書でも簡単に触れましたが、複数の株主(小売り業者、パブリッシャー、顧客、仲介者など)のためのオンライントラッキングと行動ターゲッティングの共通の利益に関する主張があるにも関わらず、独立系の研究者からの経済的結果に関する実証的な評価は驚くほど少ないのです」とAcquistiは私たちに話してくれた。
「事実、評価のほとんどは市場の広告主側に焦点を当てられたもので(例えば、ターゲッティング広告のクリックスルーやコンバージョンレートによる増収の評価は非常にたくさん行われてきた)、市場のパブリッシャー側の評価は、ほとんど知られていません。この調査を始めるに当たり、私たちの予測を裏付けるデータがほとんど存在しなかったため、どんな事実が出てくるのか、純粋に好奇心が湧きました」
「私たちには、適格な予測の元になる理論的根拠がありましたが、それらの予測はまったく反対の結果なる場合もありました。ある状況では、ターゲッティングはオーディエンスの価値、広告主のビッド数を増やし、パブリッシャーの収益を増加させますが、別の状況では、ターゲッティングによって広告に興味を持つオーディエンス層が縮小し、それがディスプレイ広告の競争力を低下させ、広告主のビッド数を減らし、結果的にパブリッシャーの収益を減少させます」。
この調査のために、研究者たちは、ニュース、エンターテインメント、ファッションといった幅広いバーティカル市場のウェブサイトを運営するある大手パブリッシャー(企業名は明かされていない)が所有する複数のオンラインショップでの、1週間にわたる「数百万件」ものディスプレイ広告の取り引きのデータセットを提供された。
このデータセットには、サイトの訪問者のクッキーIDが使えるか否かの情報も含まれている。これにより、行動ターゲッティング広告と非ターゲッティング広告の価格の違いが分析できるようになる(研究者たちは統計的メカニズムを用いてクッキーを拒絶したユーザー間の系統的差異に対処している)。
上記のとおり、今回の最も大きな発見は、データ解析の対象となったパブリッシャーが得られた利益の上昇率は、非常に低かったというものだ。それは4%前後に留まる。つまり、平均的な収益の差額は広告1本につき0.00008ドルだ。
この発見は、ネット上で吹聴されている、行動ターゲッティング広告はパブリッシャー、ひいてはジャーナリズムを支えるために「必要不可欠」だとする、声高ながら根拠のない主張と真っ向から対立するものだ。
例えば、これは今月の初めにフリーランスのジャーナリストが公開した「An American Prospect」(米国の繁栄)と題した記事だが、その中に「サードパーティーのクッキーを使わないオンライン広告の掲載料は、同じ広告にクッキーを用いた場合のわずか2%だ」と書かれている。ただし、その数値的データの出所は確認されていない。
「この記事の著者が私たちに話したところによると、情報源は、Index ExhangeのAndrew Casaleが2018年に行ったスピーチだという。その中で彼は、購入者IDのない広告の依頼は、同じ広告でID付きの依頼に対して99%もビッドが低かったと話している。この情報に、アドテクノロジー業界の人たちから彼女が独自に聞いた、クッキーのない広告の価値の減少率は99%から97%という数値の中間値を加味している」。
同時に米国の政策立案者たちは、今になってプライバシー規制に関してヨーロッパに大きく遅れをとっていることを痛感し、インターネットのユーザーがアドテクノロジーの巨大企業によるトラッキングと顧客プロファイルの厳密な実態調査と、その恐ろしさの喧伝に慌てて力を入れている。
米上院司法委員会が今月の初めに開いた公聴会(「デジタル広告のエコシステムとデータ機密性と競争方針を理解する」ために招集された)では、巨大ハイテク企業を規制するか否かではなく、独占的な広告巨大企業をどれほど厳重に処置するかが話し合われた。
「それのために、今日私たちは集まりました。(インターネット上での消費者のプライバシーを保護するための)選択肢の欠如です」とRichard Blumenthal上院議員は言った。「GoogleとFacebookと、その他の市場を独占する企業が過剰にして驚異的な力を有していることは、紛れもない事実です。だからこそ、早急なプライバシーの保護が絶対的に不可欠なのです」。
アドテクノロジー業界が組織的に展開している「侵襲的な監視」とも言うべき行為は、「政府が行おうものなら断じて許されませんが、FacebookもGoogleも、建国の父祖が夢にも思わなかった権力を手にしています」とBlumenthalは続け、アドテクノロジー業界の監視複合体によって吸い上げられ利用されるいくつかの個人情報のタイプを示した。「健康、交際、位置、経済、非常に私的な情報、これらがほとんどなんの制限もなく、誰にでも提供されています」。
この「侵襲的な監視」を思えば、単純に脈絡によって提供される(そのためウェブユーザーをどこまでもトラッキングする必要がない)広告に対して、パブリッシャーにとって4パーセントだけ「プレミアム」なプライバシー蹂躙広告は、とんでもない詐欺に思える。パブリッシャーのブランドも、オーディエンスの顧客価値も、インターネットユーザーの権利とプライバシーも被害者だ。
ターゲッティング広告による増益はほんのわずかであることが、この調査で判明した。しかも研究者たちは、パブリッシャーのプライバシー規制に準拠するためのコストを加味しなければならないと指摘している。
「訪問者へのトラッキングクッキーの設定が無料で行えるとすると、ウェブサイトは確実に損をする。しかし、トラッキングクッキーの広範な利用と、さらに広範に行われているインターネット上でのユーザーのトラッキングは、プライバシー問題を引き起こし、とくに欧州連合においては、厳しい規制の導入を招くことになった」と彼らは綴り、International Association of Privacy Professionals(国際プライバシー専門家協会)による評価の引用へと続く。それによれば、フォーチュンのグローバル500に選ばれた企業は、EU一般データ保護規則に準拠するために、およそ78億ドル(約8444億円)を支出する計画を立てているという。
組織的にインターネット上のプライバシーを侵害するために多額なコストを費やしても、パブリッシャーが価値を得ることは難しい。こうも考えられる。迷惑なトラッカーでサイトを飾り立て、ブランドの評判とユーザーのロイヤリティを獲得しようとするパブリッシャーが負担するコストであろうが、もっと大きな社会的コストであろうが、それはデータを燃料にして弱い立場の人たちを操り搾取する危険性につながっていると。平たく言えば、何も見えていないということだ。
パブリッシャーはこの調査によれば、差益のために自社のコンテンツとオーディエンスという資産の剥奪に加担しているように思える。しかし、アドテクノロジー業界が不透明であるために、彼らを手中に収めている巨大広告企業の計らいで、彼らがどのような「取り引き」をしているかは、彼ら自身にもほとんどわかっていないことが推測される。
そのために、この報告書は、オンラインパブリッシング業界にとって非常に魅力的なものになっている。そして、アドテクノロジー業界で働く人にとっては、実に気まずいニュース速報でもある。
Behavioural advertising isn’t paying publishers. It’s not what brings you free stuff on the Internet. It’s just how Google and the rest of adtech sells your data. What value it does have – to advertisers – can be delivered without surveillance.
So let’s. https://t.co/UigdwKBghB
— Robin Berjon (@robinberjon) May 30, 2019
https://platform.twitter.com/widgets.js
行動ターゲッティング広告でパブリッシャーが利益を得ることはない。それは、インターネットでタダのものをくれるわけでもない。Googleなどのアドテクノロジー企業があなたのデータを売っているに過ぎないのだ。その企業が持っている価値は、監視もなく広告主に届けられる。
この調査は、ひとつのパブリッシャーが経験した、広告市場の経済のスナップショットを提供したに過ぎない。これが示した兆候は、大金をつぎ込んでプライバシー法に反対し、「行動ターゲッティング広告を潰せばインターネットから無料のものが消える」との主張を根拠にアドテクノロジー業界のロビイストが描こうとしている絵とは、はっきりと異なる。
これ以上不気味な広告は出さないと宣言しても、パブリッシャーの収益がわずかに減るだけかも知れず、まったく同じ破滅を導く指輪を持ってるわけではないことは明確だ。
「簡単に言えば、この調査は指摘されてきたものの実証的な確認がほとんどなされていなかった広告エコシステムの一部の、最初のデータポイントを提供するものです。結果として、これはデータの流れからどのようにして価値が生み出され、さまざまな株主に配分されるのかを透明化する必要性を強調するものとなりました」とAcquisti。この調査結果は、広告市場全体と照らし合わせて読むべきだと総括している。
この調査の反応を聞くべく、広告業界紙IABのCEOであるRandall Rothenberg氏にコンタクトをとったところ、彼はデジタルサプライチェーンは「あまりにも複雑で、不透明すぎる」ことに同意した。さらに、ターゲッティング広告が生み出す価値のうち、パブリッシャーに渡る量が比較的わずかであることに懸念を表明していた。
「身元不明のパブリッシャー1社の1週間ぶんのデータでは、予測可能な調査材料にはなりません。それでも、この調査は、ターゲッティング広告がブランドにとって膨大な価値を生み出すことがわかりました。この匿名のパブリッシャーが競売にかけた広告の90%以上が、ターゲッティング付きで購入されています。しかも広告主は、その広告に60%増しの特別料金を喜んで支払っています。しかし、その価値のほんのわずかしか、パブリッシャーには流れません」と、彼はTechCrunchに語った。「IABがこの10年間訴え続けてきたとおり、デジタルサプライチェーンはあまりにも複雑で、不透明すぎます。この価値の格差は、透明性の大切さを明らかにしています。そうすることで、パブリッシャーは、自分たちが生み出した価値から恩恵が得られるようになります」。
報告書では、アプローチの制限と、追加調査のアイデアについても論じられている。たとえば、クッキーの価値が、そこに含まれる情報の量によって変化する問題だ(これに関して、彼らは初期の発見についてこう書いている。「情報をほとんど含まないクッキーと情報をある程度含むクッキーとを比較したとき、情報は(パブリッシャーの観点からは)非常に貴重であるかに見える。しかしある時点から、クッキーに情報を追加してもパブリッシャーにとっての価値は高まらなくなる」)。また、「クッキーの有無が競売に変化をもたらす」仕組みの調査だ。広告の競売の力学と潜在的メカニズムの働きを解明しようというものだ。
「これは、ひとつの新しい、そして便利であって欲しいと願うデータポイントです。他の人たちの追加調査を必要とします」とAcquistiは、締めくくりとして私たちに話した。「調査活動の鍵は、積み重ねによる進歩にあります。より多くの調査研究が発展的に追加されることで、問題の理解はより深まります。この分野での研究が進むことを楽しみにしています」。
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(翻訳:金井哲夫)