去年TechCrunch Tokyo 2015でもスピーカーとして登壇した「Layer」が、日本のドリームインキュベータから約1億円の資金調達をしたと発表した。日本やアジアで企業ユーザーとの提携を進めて事業展開を加速するという。Layerはチャット・メッセンジャーを実装するためのSDKとバックエンドサービスをSaaSで提供している。Layerは、これ以前にも2014年5月には1450万ドル(約15.9億円)を調達している。
ドリームインキュベータといってもスタートアップ業界の人なら「久しぶりに聞いた名前だ」と思う人もいるだろう。
それはその通りで同社は2000年頃からネット系企業への投資を活発に行っていて過去15年間で投資先の30社ほどが上場した実績があるものの、ライブドアショックなどで投資を一旦停止していた経緯がある。近年は企業や政府機関向けのコンサルティング事業を中心としてきた。最近は再び投資事業を再開していて、日本、アメリカ、東南アジアで1000万円から数億円前半の投資をしているのだという。投資案件数は少なめで、投資先支援を徹底して行うハンズオン投資型だという。今回の投資も、これまで同社が日本の大手企業と築いてきたコネクションを活用して、日本展開を支援していくそうだ。
すでに米大手高級スーパーなどで採用事例
Layerが提供するチャット・メッセンジャーサービスの特徴は既存プラットフォームへの依存が少なく、カスタムした一種のウィジェットのような独自チャット形式をアプリ提供社が開発できること。コマースやコミュニケーション、マーケットプレイスを提供する大企業ユーザーがLayerのターゲット。すでに米国では、例えば大手高級デパートのアプリに組み込まれていて、ファッションアイテムをチャットベースで購入できるようになっている。
最近のボット狂騒曲状態からすると、読者の一部はAIによるボットが顧客対応するのかと思うかもしれないが、Layerが提供するのはチャットとノーティフィケーションのレイヤー。そしてチャットの向こうにいるのは、例えば顧客と対話してアイテムを提示したりしながらショッピングを手伝う売り子だ。Facebookなどとの違いは画像のギャラリー表示や選択肢の表示、地図の表示といったモジュールを使って顧客企業が自由にUIを作れること。最近のモダンなWebアプリはAPIから受け取ったJSONをJavaScriptのUIフレームワークでレンダリングしてUIを作る構成が多いが、LayerもJSONでデータを渡して各チャットクライアント側でUIをレンダリングすることができる。iOS、Androidのネイティブアプリ向けSDKのほかに、UI Kit部分はAtlasという名前でオープンソースプロジェクトとしてGitHub上で公開している。標準のコンポーネントや簡単なカスタマイズは宣言型の定義だけで利用できるほか、用途に応じてカスタムのパーツ、ウィジェットのようなものを定義することもできるという。例えば企業が持つCRMをつなぎ込むようなこともできる。つまり従来のコールセンター業務をチャットに置き換える場合に、以前の顧客サポート情報などを共有しながらチャットを進めるようなシナリオも簡単に設計できそうだ。
チャットのやり取りはユーザーごとに保持されるので、スタイリストとファッションアイテムについて相談をしたとしたら、それを次回のチャットでも継続できるということになる。面白いのはメールへのフォールバック機能なんかも備えていること。チャットに1時間ほど返答がない場合に、メール本文に「Reply」(返答する)とボタンで書かれたメールを顧客に自動送信したりできるそうだ。
ぼくが見せてもらったデモでは、地図で自分の居場所を相手に示して「今から15分ならこの辺にいるよ」と伝えられるものとか、チャットしている人同士でカレンダーの一部をシェアしてアポの日時調整を行うようなカスタムウィジェットが実現できていた。あるアメリカ大手企業の例だと、テーマパークのチケット予約や販売、レビューの表示などにもカスタムのチャットUIパーツを使っているそうだ。以前からLayer創業者でCEOのロン・パルメリ(Ron Palmeri)氏が主張しているのは、インターネットにおいてWebブラウザが果たしてきた役割を、チャットメッセージUIが置き換えつつあるということ。今後、チャットSDKはインターネットの基本的なビルディングブロックとなっていく可能性がある。「メッセージが届いて、そこからアプリに繋ぎこむという流れが大きくなっています。メッセがアプリに引き込む役割を果たしています」(パルメリ氏)
ところでチャットとボットは似て非なるもの。チャットはUIのことで、ボットはチャットUI経由でAIが応答する自動応答システム全体もしくはバックエンドを指す。LayerではAIを使った自然言語処理エンジンや応答システム、語彙データベースなどを提供する予定は今のところはないという。もし対話を自動化したかったら、独自に作りこむかWatson APIのような他社のものを使うことになる。今後チャット・ボットのエコシステムがどう発展するのか誰にも分からないが、LayerはチャットUIのレイヤーに特化しているということだ。すでにFacebookやLINEなど既存プラットフォーマーが次々とAPI開放を進めているが、企業ユーザーがこうしたプラットフォームを使った場合、ユーザー情報ややり取りの内容はプラットフォーマーに持っていかれるし、使えるメディアの種類(写真・動画)や決済手法などはプラットフォーマー依存となる。というところで、LayerのようなチャットUIに特化した「レイヤー」がWebブラウザが果たした役割を果たすことになるのか、ゆくえが興味深いところだ。