私たちはこれまでキム・カーダシアンやパリス・ヒルトンのような有名人を「有名であることで有名」と表現していた。しかし、Netflix(ネットフリックス)のドキュソープ(ドキュメンタリー形式のリアリティ番組)「Hype House(ハイプハウス 〜TikTokスターのリアルライフ〜)」に登場するTikTok(ティックトック)のメガスターたちは「普通であることで有名」だ。このクラスのスーパースターは、有名人の裕福な子弟とは違い、神秘的なアルゴリズムによって、一見すると恣意的な理由で実質的に一夜にしてスターダムにのし上がった。
「20歳で大富豪だよ、何を落ち込む必要があるんだと思うだろ?」と語るのは、1470万人のフォロワーを持つTikTokのスターAlex Warren(アレックス・ウォーレン)氏だ。「とても馬鹿げたことに聞こえるのはわかっているさ、でも、それが苦しいんだよ、落ち込むことが許されていないように感じるんだ」。
「ハイプハウス」では、平凡な10代の若者が、有名人になったチャンスの本質について苦悩し、その名声が登場したときと同様にすぐに消えてしまうのではないかと心配している。「ハイプハウス」は、TikTokで最も長く続いている同名のコンテンツハウスの1つで、ソーシャルメディアのスターたちが一緒に暮らし動画を撮影している。このコンセプトは新しいものではない。YouTube(ユーチューブ)やTwitch(トゥッチ)、Vine(バイン)のスターたちは、何年も前からこのような共同生活のプロジェクトを実験してきた。
Thomas Petrou(トーマス・ペトルー)氏(フォロワー数800万人)が事実上のマネージャーだが、彼は利益の分配は受けていないという。彼は自分のことを「この家のお父さん」と呼んでいるが、それに加えて全員がちゃんと皿洗いをするのを確認するだけでなく、「ハイプハウス」ブランドが維持できるように、毎月少なくとも8万ドル(約923万円)のネット収入を得られるようにしている。彼のインフルエンサーの友人であるVinnie Hacker(ビニー・ハッカー)氏(フォロワー数1290万人)、Jack Wright(ジャック・ライト)氏(フォロワー数880万人)、アレックス・ウォーレン氏(フォロワー数1470万人)といった面々が、500万ドル(約5億8000万円)の豪邸に家賃なしで住んでいる。彼らがすることは、月に一度、「ハイプハウス」の公式TikTokアカウントに投稿することだけで、継続的なブランドコンテンツ契約によって収益を生み出している。さらにTikTokは、クリエイターたちがプラットフォーム上で誘導したトラフィックに対して直接報酬を支払うようになった。
このNetflixのシリーズは、「ハイプハウス」の一時代の終わりを告げるもので、若きミリオネアたちのおどけた姿よりも、インフルエンサーたちが直面する課題に焦点を当てている。
考えてみれば、このTikToker(ティックトッカー)たちが投稿している動画は、平均的なティーンエイジャーが投稿するものとさほど違ってはいない(大邸宅から投稿していることを除いて)。約2000万人のフォロワーを持つ「ハイプハウス」の公式TikTokアカウントでは、スターたちが新しいフィルターを試したり、次々に最新のトレンドを取り入れたり、そしてもちろん踊ったりしている。
全8話のシリーズを通して、風光明媚なサンタローザバレーの家には不穏な空気が漂っている。「ハイプハウス」のメンバーの中には、刺激を得られず幻滅を感じているせいで、ペトルー氏が望んでいるほどには頻繁にグループのためのコンテンツを作らない人もいる。あるシーンでは、「ハイプハウス」のメンバーが巨大なビーンクッションに寝そべってコンテンツのアイデアを考えようとしていたのだが、結局思いついた最高のアイデアは「手の込んだ握手方法」を編みだすことだった。きれいな大邸宅に家賃なしで住んでいても、楽しそうには見えない。
一方、アレックス・ウォーレン氏は、ワラにもすがるように、ネット上で思うようには反響を得られていない演出をしている。問題のある家庭環境や足の怪我を抱えながらも、心の休息を取ることに恐怖を感じているのだ。
「この仕事では、投稿をやめるとエンゲージメントが失われるんだ」とウォーレン氏は告白するように説明する。「この仕事には病欠はないんだ。病欠したらフォロワーが減り、つまり収入が減り、それはつまり、自分の仕事を失うことなんだ」。
インフルエンサーのゴールドラッシュ
TikTokのスターダムは、インターネット上のキャリアとして理解されつつあり、突然有名になった子どもたちのブランドとの契約やパートナーシップを支援することを目的とした、何十ものスタートアップ企業が生まれている(もちろん彼らの収益の一部を手にするためだ)。YouTubeでは、初期のクリエイターのほとんどが広告収入で利益を得ていたが、少なくとも初期の頃は、現在のようにマネタイズに注目が集まっていなかった。他のプラットフォームも、TikTokとその最大のスターたちの成功に乗じようと躍起になっている。Instagram(インスタグラム)、Snapchat(スナップチャット)、YouTube(ユーチューブ)は、クリエイターたちがTikTokではなく自分たちのプラットフォームに投稿するようにインセンティブを与えるために、数億ドル(約数百億円)を投じている。
Nikita Dragun(ニキータ・ドラガン)氏(フォロワー数1420万人)は「インフルエンサーとして、私たちの生活全体が、従来の有名人よりも奇妙な台座に置かれています」と番組で説明している。「スポークスマン、活動家、モデル、時事評論家、マネージャー……一度にたくさんのことをしなければなりません」。
クリエイターの収益化が進んでいることは、ほとんどの場合良いことだと思われる。クリエイティブな人びとが好きなことをして生計を立てるのに役立つツールがこれまでになく増えている。LinkedInでさえ、40人のスタッフがクリエイターとの仕事を専門に担当している。しかし一方で、生活のあらゆる面をマネタイズしなければならないというプレッシャーを感じるクリエイターもいる。ウォーレン氏の人気の一部は、同じくTikTokのスターで1360万人のフォロワーを持つガールフレンドのKouvr Annon(コーバー・アノン)氏との関係についての投稿から来ている。しかしウォーレン氏は、2人のプライベートな生活とコンテンツを切り離すのに苦労していて、カメラのないところ(滅多にないが)での2人の関係にも影響を与えている。
TikTokの成長によって加速されたインターネットの時代では、ただ動画を投稿していれば良いというわけではない。それは、自分のプラットフォームが明日死んでしまっても(以前にもあったことだが、Vine[バイン]がそうだった)、自分のキャリアを維持できるように、できるだけ多くの異なる収益源を組み合わせることなのだ。結局のところ、TikTokのスターたちは、TikTok自体から収入の大部分を得ているわけではない。ブランドとの契約、スポンサーシップ、商品の販売、ポッドキャスト、リアリティショー、音楽や演技への思いがけない進出など、さまざまな形で幸運を手にしている。
「ハイプハウス」では、登場するクリエイターが自らの凡庸さを自覚していることが強調されている。彼らは、カリスマ性があり、おもしろく、大衆を楽しませるだけの魅力を持っているものの、自分の名声は才能よりも運に左右されていることを知っていて、いつその幸運が奪われるかわからないと心配している。彼らは、家族が離散した故郷に帰らなければならなくなったらどうしようとストレスを感じたり「キャンセルカルチャー」のターゲットになるのではと心配したりしている。
「ソーシャルメディアは数字のゲームだよ。お金はその数字にかかっているんだ」とウォーレン氏は説明する。「もし、僕が出しているものをみんなが見なくなったら、それは僕が何か間違ったことをしているということなんだ、だとしたら何が間違っているのか、どうすればその人たちを取り戻せるのか?」。
TikTokのアルゴリズムの変更のような恣意的な何かが、彼の成長を妨げる可能性があるのだから、ウォーレン氏の不安は杞憂ではない。ソーシャルメディアの爆発的な成長に慣れていたのに、その数字が停滞したり、最悪の場合は急落したりし始めたときには、どのように対処すればよいのだろう?
TikTokのアルゴリズムに対する心配に加えて、コンテンツハウスのビジネスモデルも同様に不安定だ。冒険を始めて以来、「ハイプハウス」は、インフルエンサー仲間で元メンバーだったDaisy Keech(デイジー・キーチ)氏との論争など、数々の訴訟に直面してきた。最近のYouTube動画で、ペトルー氏は訴訟に何十万ドル(何千万円)も費やしたと語っている。「ハイプハウス」では法的な問題には触れられていないが、ペトルー氏は共同体運営のストレスで目が覚めたり、嘔吐したりしたと語っている。このようなコンテンツハウスは、理論的には個々のクリエイターの負担を軽減してくれるはずだ。集団の一員となることで、アイデアのワークショップやビデオの共同制作を行うチームが周囲に生まれ、共有アカウントからの追加収入が得られる。しかしそうなる代わりに「ハイプハウス」では、明確な金銭的合意がないままお互いに頼り合うことが、ストレスをためてしまうことになったように見える。
「私もはしゃいでいるわけじゃないし」
「ハイプハウス」のソーシャルサークルの中には、TikTokで最も多くのフォロワー(1億3300万人)を持つCharli D’Amelio(チャーリー・ダミリオ)氏がいる。Forbes(フォーブス)の推計によると、彼女は同プラットフォームで最も高額の報酬を得ているクリエイターでもあり、2021年は1750万ドル(約20億2000万円)を稼いでいる。
Hulu(フールー)が制作した、突然有名になった彼女の家族についてのリアリティ番組で、ダミリオ氏は「私はただ、世界の他のティーンエイジャーと同じように投稿してるだけ」と語っている。「ただSNSに投稿していただけなので……何も」。かつてダミリオ氏がTikTokのバイオグラフィーに冗談で書いたように「大丈夫、私もはしゃいでいるわけじゃないし」というわけだ。
しかし、クリエイターエコノミーの最大のスターである彼女も、そのスター性が持続するかどうかについては疑問を持っている。「The D’Amelio Show」のパイロット版で、彼女は、もし自分が何百万ドル(何億円)も稼ぎ続けられなかったり、自分のライフスタイルのプレッシャーが大きくなりすぎたりしたら、どうしようかと考えていたことを明かしている。
「企業のCEOと電話で話すのは……ちょっと楽しいかな?という感じ」とダミリオ氏はいう。「だから、ソーシャルメディアで何が起こっても、その仕組みを知っているからこそ、マーケティングに進むことができるのです。私はすべてのバックエンドを知っているけど、それはクールなこと」。
1年でほとんどの人が一生かけて稼ぐ金額よりも多くのお金を稼いでいるのに(さらにその子どもが一生で、孫が一生で稼ぐよりも…少なくとも孫の1人がTikTokで大成功しない限り)ダミリオ氏がバックアッププランを持っているのは奇妙なことだ。しかし視聴者にとっては「ハイプハウス」や「The D’Amelio Show」のような番組の目的は、ソーシャルメディアのスターたちを人間として見ることにある。制作チームにとっては、NetflixやHuluを儲けさせることが目的であり、スター自身にとっては、余分な収入を得て、名声を維持・向上させることが目的である……と、ひどくメタ的な話になってしまった。彼らは、その半製品的な弱さを利用して、自分をより大きなスターにするのだ。
おそらくここでの最大の勝者はTikTokかもしれない。それが、このアプリの魅力なのだ。アレックス・ウォーレン氏のように、車の中で生活していた人が豪邸に住むようになれるかもしれない。すべては、あなたの短いビデオクリップが人々に好まれた結果だ。しかし、インターネット上で最も有名な10人の人たちと一緒に暮らしていても、トップは孤独なのだ。
画像クレジット:Netflix
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(文:Amanda Silberling、翻訳:sako)