人工知能はゾウを救えるか

著者紹介:Adam Benzion(アダム・ベンジオン)氏は連続起業家、著述家、テック投資家。Hackster.ioの共同創業者で、Edge ImpulseのCXOも務める。

ーーー

アフリカを象徴する光景といえば、ゾウの群れが大平原を歩き回るようすがすぐに思い浮かぶだろう。しかし今、ゾウの未来が脅かされている。現在、15分に1頭のゾウが密猟者によって殺されている。そして、ゾウを愛でて楽しむ人間が、実はゾウに対してすでに宣戦布告しているのである。もちろん、ほとんどの人は密猟者ではないし、象牙を収集したり、野生動物を意図的に傷つけたりはしていない。しかし、目の前にある危機に対して沈黙したり無関心であったりすることは、密猟などと同じくらい、ゾウの命を奪うことにつながっている。

この記事を読み、少しの間ゾウたちを哀れに思い、その後は次のメールチェックに進んで一日を始めることもできる。

しかし、この記事を読んだ後に少し時間を割いて、野生動物、特にゾウを救う機会が目の前に開かれており、その機会が日増しに大きくなっていることについて考えることもできる。そして、このような機会は、機械学習(ML)と、我々が親しみをこめてAIと呼ぶ魔法のような応用技術に基づいている。

画像クレジット:Jes Lefcourt

 

オープンソース開発者がAIでゾウを救う

今から6か月前、コロナ禍の中で、Avnet(アヴネット)の大型オープンソースコミュニティHackster.io(ハックスター)と、オランダの野生動物保護団体Smart Parks(スマート・パークス)は、他に類をみない最新鋭のゾウ追跡用首輪10台を研究開発し、製造、輸送するプロジェクトへの出資を大手テック企業に打診した。このときに打診を受けた企業には、Microsoft(マイクロソフト)、u-blox(ユーブロックス)、Taoglas(タオグラス)、Nordic Semiconductors(ノルディック・セミコンダクター)、Western Digital(ウエスタン・デジタル)、Edge Impulse(エッジ・インパルス)などが含まれる。

この最新型の追跡用首輪は、高度な機械学習(ML)アルゴリズムを実装し、同様の機器の中では史上最高レベルのバッテリー寿命と通信範囲を備えるように設計されている。さらに大胆な取り組みとして、この計画は完全にオープンソースとし、研究開発の成果はOpenCollar.io(オープンカラー)。環境・野生動物のモニタリングに使う追跡用首輪ハードウェア・ソフトウェアのオープンソース開発を推進する環境保護団体)を通じて全面的に公開されることが発表された。

この追跡用首輪はElephantEdge(エレファントエッジ)と呼ばれ、特殊エンジニアリング企業のIrnas(イルナス)が製造を担当する。ハックスターのコミュニティは、新たに製造されるハードウェアでスムーズに動作するようにエッジ・インパルスのMLモデルとアヴネットのテレメトリダッシュボードを実装用に整える作業を担当する。これは、前代未聞の野心的なプロジェクトであり、これほどまでに緊密な協力関係を必要とする革新的なプロジェクトを本当に完遂できるのだろうか、と疑う人も多かった。

世界最高レベルのゾウ追跡用首輪を作る

しかし、彼らはそれをやってのけた。本当に素晴らしいことだ。新たに開発されたこのElephantEdgeは、野生動物の追跡装置としては最先端の性能を有する。バッテリー寿命は8年、LoRaWAN通信の中継範囲は数百マイルに及び、TinyMLモデルの実行によって、ゾウが発する音、ゾウの動きや現在地、環境の異変などに関するより詳細な情報を自然保護官に提供できる。さらに、ElephantEdgeは、LoRaWAN技術によって自然保護官のスマホやパソコンに接続された数々のセンサーと通信することも可能だ。

ElephantEdgeにより、自然保護官は今まで使っていたシステムよりも正確にゾウの状況や現在地を把握して追跡できる。これまでのシステムは、すべての野生動物の写真を撮影して送信するタイプだったため、追跡装置のバッテリー消耗が激しかった。ElephantEdgeで採用されている高性能MLソフトウェアはゾウのみを追跡対象とするように設計されている。また、このソフトウェアは、ハックスターのコミュニティが開催した公開設計コンテストを通じて開発された。

スマート・パークスの共同創業者Tim van Dam(ティム・ヴァン・ダム)氏はこう語る。「ゾウは生態系を整える庭師のような存在だ。ゾウが歩き回ることで、他の動物が繁殖するための環境が整う。我々のElephantEdgeプロジェクトは、世界中の人々と協力して、心優しい巨人とも言えるゾウが生き残っていくのを助ける重要なテクノロジーを最善の形で提供するものだ。ゾウは毎日、生息地の環境破壊と密猟の脅威にさらされている。この革新的な追跡装置とパートナーシップにより、ゾウの生態に関する理解を深め、より適切な方法で保護することが可能になる」。

画像クレジット:Jes Lefcourt

 

コミュニティによるオープンソース開発が実現した動物保護用AIシステム

ハックスターのコミュニティは、イルナスとスマート・パークスが開発したハードウェアを動かすためのアルゴリズム開発に懸命に取り組んだ。その一環として、英国のソフトウェア開発者Swapnil Verma(スワップニル・ヴェルマ)氏と日本のデータサイエンティストMausam Jain(マウサム・ジェイン)氏が共同で開発したのがElephant AIだ。両氏は、Edge Impuseを使用して、ElephantEdgeに搭載されているセンサーのデータに基づいて重要な情報を自然保護官に送信する2つのMLモデルを開発した。

1つ目は、立ち入りが禁止されている区域に人間がいることをオーディオサンプリングによって検知して、密猟リスクを自然保護官に通知する「人間検知」モデルだ。このアルゴリズムは、オーディオセンサーを使って音と周囲の状況を記録し、それをLoRaWAN通信で自然保護官のスマホに直接送信して直ちに警告を発する。

2つ目は、ElephantEdgeに搭載された加速度計から時系列データを取得して、ゾウが走っているのか、眠っているのか、エサを食べているのかを判断し、ゾウの活動を全般的に検知する「ゾウの行動監視」モデルだ。これにより、保護専門家は、ゾウを保護するために把握すべき重要な情報を入手できる。

別の天才的なひらめきは、アフリカからはるか遠い北の果てからもたらされた。スウェーデンのソフトウェアエンジニアで自然を愛するSara Olsson(サラ・オルソン)氏が、自然保護官の活動をサポートするTinyMLベースのIoTモニタリングダッシュボードを開発したのである。

リソースやサポートが限られる中、オルソン氏は、機械学習アルゴリズムを組み込んだ完全テレメトリダッシュボードをほぼ自力で開発した。これにより、カメラトラップや水飲み場をモニタリングできるばかりでなく、ElephantEdge本体でデータを処理することで通信トラフィックを削減し、バッテリー使用量を大幅に節約することが可能になった。オルソン氏は、自分の仮説を裏付けるために、1155のデータモデルを使い、311回もテストを実行したという。

サラ・オルソン氏のTinyMLベースのIoTモニタリングダッシュボード画像クレジット:Sara Olsson

 

オルソン氏はEdge Impulseスタジオでモデルを開発し、OpenMVカメラを使ってAfricamからストリーミングされるカメラトラップを利用し、自宅にいながらにしてモデルのテストを実行することに成功した。

画像クレジット:Sara Olsson

優れたテクノロジーがあっても人間が変わらなければ意味がない

ElephantEdgeプロジェクトは、企業と個人が同じ目的のために団結すれば、野生動物保護を推進する持続可能な取り組みを協力して実現できることを示す例だ。ElephantEdgeは非常に重要なデータを生成でき、自然保護官が担当地域における緊急救助活動の優先順位を定めるのに役立つデータを提供できる。この新しい追跡用首輪は、World Wildlife Fund(世界自然保護基金)とVulcan(バルカン)が運営するEarthRanger(アースレンジャー)からの支援の下、2021年末までにアフリカ各地の自然公園にいる10頭のゾウに装着される予定だ。これにより、保護、学習、防衛に関する新たな波が生まれるだろう。

ElephantEdgeというテクノロジーが開発され、かつてないほど優れた方法でゾウを保護できるようになった。当然のことながら、これは素晴らしい成果だ。しかし、実のところ、問題の根源はもっとずっと深いところにある。ゾウの生息地を正常に保ち、個体数を増加させるには、自然界に対する人間の態度を変える必要がある。

「ゾウはかつてないほど大きな脅威に直面している」と、有名な古人類学者で自然保護学者でもあるRichard Leaky(リチャード・リーキー)氏は語る。趣味で野生動物を狩るトロフィーハンティングや象牙採取を目的とした狩猟を正当化する理由としてよく使われるのが、「(そのような狩猟は)保護活動に使える資金を生み出し、地元経済に金を落とす」というものである。しかし、最近のレポートによると、アフリカの狩猟収益のうち、狩猟区の地元コミュニティに還元されている割合はわずか3%にすぎない。動物たちが自分の生息地を守るために死ななければならないなんて、本末転倒だ。

類まれなる動物であるゾウを本当の意味で救うには、優れたテクノロジー、協力関係、そして固い決意をもって、狩猟文化に関する根本的な考え方とゾウの最大の死因である象牙貿易の問題に取り組むことが必要だ。

関連記事:AIが読書履歴を元にその人に合った良書を薦めるBingeBooksの新サービス

カテゴリー:人工知能・AI
タグ:コラム

[原文へ]

(翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。