ポッドキャストが大きなビジネスになりつつある。他の多くのメディアがあのとらえどころの無い尺度であるエンゲージメントの獲得に苦戦している中、ポッドキャストはうまくオーディエンスを惹きつけ維持できるのがその理由の1つだ。今、世界中のスタートアップ投資家たちに人気のシリーズを創ったあるポッドキャストホストが、その勢いを活かして自身でも投資ファンドを設立しようとしている。ロンドンを拠点とするクリエーターでThe Twenty Minute VCのホストであるHarry Stebbings(ハリー・ステビングス)氏は830万ドル(約8億8632万円)のマイクロVCファンドを立ち上げようとしている。20VCという名前のこのファンドは、「tier 1」の共同投資家たちといっしょに米国のさまざまなステージのスタートアップに出資する予定だ。
ステビングス氏は、投資に関する投資家たちとの談話に多くの時間を費やしていて、口で言うだけではなく実際に投資行動を行うのは今回が2度目だ。同氏は、2018年にFred Destin(フレッド・デスティン)氏と共同で設立したStride.vc(ストライド・ヴィーシー)のパートナーでもある(その後、3人目のパートナーPia d’Iribarne(ピア・ディリバルヌ)氏が加わる)。ステビングス氏によると、20VCは通常のVCとは異なるニーズを満たすものだという。従来のファンドはイギリスとフランスへの投資を重視しており、eコマースに変革をもたらす事業者やアーリーステージスタートアップに投資する傾向が強かった(他の投資は一切行わないというわけではないが)。
対照的に、ステビングス氏の新しいファンドは米国を重視していて、典型的なマイクロファンドを形成すると思われるような位置付けだ。マイクロファンドとは、名前のとおり、小規模な投資と一緒に他のスキルも提供することで大きな投資効果を狙うもので、ここ数年でよく使われるようになってきた手法である(「500万ドル(約5億3396万円)程度のマイクロファンドに1つも出資したことがないVCなど聞いたことがない」と以前業界にいた人物が教えてくれた)。
20VCの場合は、会社の構築と成長にステビングス氏自身のスキルセットをセールスポイントとして提供することで、他のVCの投資案件で有利な位置を確保することを狙っている。
典型的な投資規模は10万ドル(約1068万円)から30万ドル(約3204万円)(通常の小切手の額は25万ドル(約2670万円))程度だ。ファンドの正式発表は今日だが、Sequoia(セコイア)、Index(インデックス)、Founders Fund(ファウンダーズファンド)、a16zなどのVCと共同で、すでに12件の出資が完了している(そのうち現時点で株式公開に至ったのはNex Health(ネックス・ヘルス) とSpiketrap(スパイクトラップ)の2件のみ)。
ファンドの名前20VCをポッドキャストの番組名と関連付けたのも意図的だ。ステビングス氏のポッドキャストはテック業界で独自のブランドを形成していて、約20万人の登録者がおり、週2回の番組配信で現在までに計8000万ダウンロードを記録している。また、20VCは、ステビングス氏自身の企業家としての経験だけで成り立っているわけではない。ポッドキャストの出演者や番組を通じて同氏を知っている人たちのネットワークを活用してLPを構成しているのだ。
LPは64人ほどで、Atlassian(アトラシアン)、 Yammer(ヤンマー)(David Sacks(デイビッド・サックス)氏)、Plaid(プレイド)(William Hockney(ウィリアム・ホックニー)氏)、 Superhuman(スーパーヒューマン)、Airtable(エアテーブル)、Calm(カーム)、Cazoo(カズー)、Zenly(ゼンリー)、Alan(アラン)、Spotify(スポティファイ)(Shakil Khan(シャキル・カーン)氏)、Tray.io(トレイ・アイオ)というように、創業者や現幹部および旧幹部が含まれる。GPには、Kleiner(クレイニアー)(Mamoon Hamid(マムーン・ハミド)氏)、 Social Capital(ソーシャル・キャピタル)(Chamath(チャマス)氏)、Thrive(トライブ) (Josh Kushner (ジョッシュ・クシュナー)氏とMiles Grimshaw(マイルズ・グリムショー)氏)、 Atomic(アトミック)、ファウンダーズファンド(Brian Singerman(ブライアン・シンガーマン)氏)、Coatue(コート)、インデックス(Danny Rimer(ダニー・リマー)氏)、True Ventures(トゥルー・ベンチャーズ)(Phil Black(フィル・ブラック)氏)、Beezer Clarkson(ビーザー・クラークソン)氏などが名を連ねる。面白い投資家やスタートアップたちに焦点を当てた人気のポッドキャストをホストしていることが奏功して、ファンド構築のネットワーク作りに良い結果をもたらしているのだ。4週間で定員の3倍を超える申し込みがあったという。
若者のVC
ステビングス氏のスタートアップ投資への参入は、それ自体、典型的なスタートアップストーリーだ。
実は同氏は、ポッドキャストのアイデアを思いつく前からベンチャーキャピタルの世界に興味を持っていたのだが、当時は別の道を目指していて、ロンドン大学キングズカレッジに法学部の学生として在籍していた(英国では大学生としてロースクールに入る)。
「ポッドキャストを始めたのは、何か興味を持てることに、もっとはっきり言えばいくらかお金を稼げることに取り組みたいと思ったからだ」とステビングス氏は言う。同氏の母親は多発性硬化症を患っていて、医療費の支払いに窮していた。それで広告収入で得たお金を母親の医療費の支払いに充てるつもりでポッドキャストを始めることにしたという。
ステビングス氏はテック業界では無名だったが、ゼロから成功するための非常に具体的な計画があったし、いつも笑顔で積極性にあふれていた。
まずは、最初のゲストとしてふさわしい人物を見つけることから始めた。注目と尊敬を集めているが、好人物でもあり、うまくアプローチすればインタビューに応じてくれそうな人物(ステビングス氏に言わせると「もぎとりやすい果実」)を見つける必要があった。
そうして見つかったのがGuy Kawasaki(ガイ・カワサキ)氏だ。ステビングス氏はカワサキ氏からインタビューの同意を取り付けただけでなく、次回の出演者候補として3人を推薦してもらい、その人に何を聞くべきかも尋ねた。そしてその3人からも同じように他の人物を推薦してもらう。このように意図的なネズミ講とでもいうべき方法で人脈を広げていったのだ。
「私は、コンテンツの配布というものを非常に科学的に見ている。できるだけ多くの人たちにコンテンツ作成プロセスに関わってもらいたいと思っている」とステビングス氏は言う。このインタビューは寝室で座った状態で行ったが、最近の同氏のポッドキャストの録音は通常、上記の写真のようにスタジオで行っていると思う。
「20分」という時間枠もステビングス氏の計算に基づいている。同氏は何とか体重を落とそうと必死になっていたとき、Tim Ferriss(ティム・フェリス)氏の4-hour Bodyという方法でやっと数キログラム落とすことができたのだが、以来タイミングの重要さを考えるようになったという。それに、ロンドンの通常の通勤時間は約30分だとわかっていたので、定期的なリスナーになってもらうには20分くらいがちょうどよいと判断したのだ(とはいえ、最近のポッドキャストの多くは20分より長いのだが)。
面白さに惹かれて始めたポッドキャストにステビングス氏が本格的に取り組むようになったのは、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏の妹で自身もテック業界の人間であるArielle Zuckerberg(アリエル・ザッカーバーグ)氏(現在は投資会社コートのパートナー)が番組に出演してからだ。この回の同番組は10万ダウンロードを記録し、あらゆる兆候がThe Twenty Minute VCのさらなる成長の可能性を示していた。ステビングス氏は大学を辞め、ポッドキャストに全力投球するようになる。1学期に入って4週間経った頃だった。
「とにかくVCとこの仕事のすべてが好きだとわかったから。自分の望まない人生を歩むよりも、ポッドキャストに挑戦してみたかった。大きな決断だった。まだ18だったし、当時の私は会社勤めには向いていない人間だったと思う」と同氏は大学を辞めた理由について話してくれた。
母親の医療費に関しては、今でも番組の広告収入でまかなっているという。
「番組の最初と最後に広告が入る。大した額ではないけれど、母の医療費が賄えればそれで十分だ」。
番組もステビングス氏自身も、最悪の状況を逆に活かして成長していく。
ポッドキャストが出現してから何年にもなるが、人気に火が付いたのはここ数年のことだ。携帯電話とアプリがあれば聴ける手軽さが、情報に飢え、マルチタスクが当たり前となった現代社会に自然にマッチした。番組の種類は豊富で、リスナーのあらゆる好みに対応している。それに、聴きたいときにすぐに聴けるという点でラジオのトーク番組より優れている。こうした形態で決まった日時に配信される番組を持っている(ステビングス氏の番組は週2回の配信で、5年間休むことなく続いている)ということは過小評価されるべきではない。
考慮すべき重要な点は他にもある。テクノロジーが現代社会と経済において果たす役割は信じられない勢いで増加している。これは、すでにテック業界で働いている人たちだけでなく、(ステビングス氏のように)これから業界で成功してやるという野心と、あふれんばかりの情熱を持った人たちもポッドキャストの視聴者に含まれることを意味する。
そうした状況を利用して、ベンチャーキャピタルはお金をまさに爆発的に増殖させてきた。テック系の人材がスタートアップの原動力であると信じている者もいるが、そうした人材がスタートアップの原動力としての役割を果たしながら働けるようにするファンドの重要性を強力な証拠を挙げて主張する者もいる。いずれにしても、お金が引き寄せるものはいつでも大きい。
「VCの人気は高まる一方だ。VC20がこの規模にまでなったのもVCが多いに関連していると思う」と同氏は言う。
ステビングス氏自身も、VCにとっての優良な投資先に不可欠な存在だ。ステビングス氏はジャーナリストではない。メディアとテック業界が十分な慎重さと緊張感を持って互いの関係を維持していると思われる時代に、同氏は、個人的な見解を述べる記者として、情報とメッセージの伝達役として、ゲストとの間でフレンドリで友好的な立場を保った。結果として、番組のターゲットであるゲストやリスナーから暖かく受け入れられたようだ。
ステビングス氏は覚えていないかもしれないが、筆者は数年前、ロンドンで開催されたテック系のイベントで彼に初めて会った。彼は本当にうまく立ち回ってよい雰囲気を作っていた。笑顔で話し、すでに知っている出席者も多いため、とてもスムーズに自己紹介を続け、初めて会う人にも顔馴染みのような親密さで接していた。多くの中高年の出席者に混じって彼の若さが際立っていたことを覚えている。
このイベントのことを思い出しながらステビングス氏に尋ねてみた。年配の人たちは自分より若い人間に囲まれてお世辞を言われると気持ちが若返ったり、自身がより重要な人間だと感じることがあるが、ポッドキャストのホストという仕事で成功できたのはまさしくそのせいではと感じたことがあるかと。すると、「というより、年配の人たちと接する環境に身を置いた方が居心地がいいというほうが当たっている」という返事が返ってきた。
「私にとっては、すべてが関係構築の場だ。若くて知り合いも少ないとき、番組を録音する部屋ではいつも50代のように振る舞ってきた。番組を通して最高の友人もできた」と同氏は言う。
皮肉なことに、最近は、同年代の昔の知り合いから連絡がくることがあるという。同氏の強力なネットワークとつながって、自身で起業する予定のテック企業の追い風にしようという目論みだ。
20VCとステビングス氏の冒険の皮肉な側面はこれだけではない。そもそも自身のポッドキャストはすべて一から創り上げたもので、資金は広告収入で調達し、外部からの投資は一切受けていない。つまり、ステビングス氏のケースから得られる教訓は、いかに成長しスケールするかという点だけではない。VCをまったく利用せずにいかにそれを実現するかという点なのだ。
ただ、こうしたケースはまれなため、同氏の手法を一般的な視点で見たときに注目すべきは、出資するだけでなく、プラスアルファでいかに多くのことを提供できるかという点になるだろう。
「シリコンバレーでは誰でもお金は持っているが、新興企業が人間関係とブランドを構築していく成長過程を経験した人はほとんどいない。私なら、事業拡大と顧客獲得に必要なことに関してあらゆるコツと教訓を提供できる。話し方のコツやコンテンツの配布、ブランドの構築方法などについてだ」。
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カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:ポッドキャスト
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(翻訳:Dragonfly)