細胞農業が抱える最大の問題の解決策、つまり培養肉の培養を促す、安価で人道的な材料の開発に有望な方法が生まれたのは、カナダはアルバータ州にあるドーナッツチェーンのTim Hortons(ティムホートンズ)の店内での会話からだった。
Matt(マット)とJalene(ジャリーン)のAnderson-Baron(アンダーソン=バロン)夫妻は、ティムホートンズでドーナッツとコーヒーを待っている間、2人が設立したスタートアップ企業のFuture Fields(フューチャー・フィールズ)の柱となるテクノロジーについて話し合っていた。そのとき、ジャリーンは新しい増殖用材料を提案した。
マット・アンダーソン=バロン氏は、この研究で壁にぶち当たっていた。そこで、3人で共同創設したFuture Fieldsの3分の2の責任を負う夫婦は、お茶をしに出かけたのだった。友人のLejjy Gafour(レジー・ガフォー)氏を加えた3人は、世界中が動物にタンパク源を依存している現状をなんとかしたいと、このスタートアップをカナダで立ち上げた。
彼らは、世界の食肉の需要に応えようとする畜産業には、膨大な持続不可能な問題があることを承知していた。そこで、細胞ベースの代替品で市場の需要に応えることを目標に定めた。
「これは、私たちが仕事とは別に興味があって進めていたクレイジーなプロジェクトでした。これがビジネスになるなんて、夢にも思っていませんでした」とジャリーン・アンダーソン=バロン氏。「それが去年になって、有望なビジネスアイデアに転じたのです」。
当初3人は、研究室で培養した鶏肉を世界に販売する独自の食肉ブランドを立ち上げたいと考えていたのだが、実験に4カ月を費やしたころ、マット・アンダーソン=バロン氏とその仲間は方向転換し、新しい形の成長血清の開発に取り組むようになった。すべてはティムホートンズでの会話のお陰だ。
「私たちのMVPはチキンナゲットでしたが、1ポンド(約450g)あたり3000ドル(約32万円)かかることが判明しました。どう考えても利益率の高いビジネスとは思えません。そもそもの狙いは、食肉と張り合える価格の製品を作ることでしたから」とアンダーソン=バロン氏。「私たちは、経済的に有効と思われる新しい材料に焦点を移したのです。それはもともと、社内で使うためのものでした。私たちが開発したその材料が斬新なもので、業界に大きな恩恵をもたらすものになるとは、当初は思ってもみませんでした。約8カ月前、私たちは方向転換を果たし、その成長材料を製品化しようと決めたのです」
Y Combinator(ワイ・コンビネーター)のアクセラレーター・プログラムを間もなく修了する同社は、すでに数件の有償契約を結び、細胞増殖材料の最初の試験製品ラインを来月中に出荷する予定になっている。
同社の製品への潜在的需要は非常に大きい。Alpha Meats(アルファ・ミーツ)、Shiok Meat(シオク・ミート)、Finless Foods(フィンレス・フーズ)、Memphis Meats(メンフィス・ミーツ)、Meatable(ミータブル)、Mosa Meat(モサ・ミート)、Aleph Farms(アレフ・ファームズ)、Future Meat Technologies(フューチャー・ミート・テクノロジーズ)、Lab Farm Foods(ラブ・ファーム・フーズ)、Eaat(イート)はどれも、研究室で畜肉や魚肉に代わるものを培養している企業だ。これらはみな、2億ドル(約210億円)を優に超える資金を調達したと言われている。昔ながらの食肉製品大手Tyson Foods(タイソン・フーズ)も、代替肉に投資している。
「規模を大きくして価格を下げるという考え方です。少量生産の企業も、価格を10分の1から100分の1に引げることは可能です。それはあり得ます。しかし、私たちのスーパーパワーは、成長材料を大規模に生産することで、価格を1000分の1にまで下げられることです」とマット・アンダーソン=バロン氏。「大量生産すれば、1Lあたり2ドルから3ドルというレベルにできるという話です」。
Future Fieldsの創設者は、彼らの技術について詳しくは話さなかったが、特定の組織の遺伝子を書き換えているとだけ教えてくれた。未確認の細胞株に特定のタンパク質を生成させる遺伝暗号を挿入し、異なる成長因子を作らせるというのだ。
アルバータ大学は、医療アクセラレーター・プログラムを独自に実施している(訳注:Future Fieldは現在そのコホート)。それは珍しいことではないが、エクイティーを要求しないアプローチは、スタートアップや生物工学を志す起業家に、希薄化を恐れず事業を発展させる機会を与えている。
Future Fieldsは、すでに少額のプレシード投資48万ドル(約5000万円)を、未公表のエンジェル投資家のグループと、シンガポールの農業食品技術アクセラレーターGROW(グロウ)から得ている。
ガフォー氏によれば、現在同社は数百Lの成長因子を生産できる能力があるが、来年にかけて、月間数万Lにまで生産規模を拡大できる工場の建設計画に取り組んでいるとのことだ。
ガフォー氏とその同僚たちの細胞農業は、すでに変曲点に達した。次なるステップは、科学的発見や大胆なイノベーションよりも、技術の地道な洗練作業と商品化に重点を置いたものになる。
「成長材料溶液が手に入り、中核的な部分は整いました。今後は、規模拡大のための効率性の把握が重要になります」とガフォー氏。
それでも、本当の意味で価格を引き下げ、現在の食肉と張り合えるようになるまでには、開発しなければならない要素がまだいくつも残されている。同社は今後、筋肉へと成長する細胞を支える足場材料や、肉に風味を与える脂肪組織の開発も行わなければならない。マット・アンダーソン=バロン氏によれば、バイオリアクターの改良も必要だという。「ここは未開の地です。やるべきことは、まだたくさんあります」。
この技術開発に取り組んでいる企業は、他にも数多く存在する。Glycosan(グリコサン)、Lyopor(リオポー)、Prellis(プレリス)は、みな動物の組織を発達させるための足場材料の開発に取り組んでいる。
「私たちの会社の展望は、この産業を加速させ、前進させることです」とジャリーン・アンダーソン=バロン氏。「最初、私たちは自分たちの技術の可能性に気づいていませんでした。しかし、みんなが同時に、この障害物を迂回できるようになると、私たちは考えたのです。そして他社と話し合い、他社とつながりのある投資家と話し合うちに、細胞農業を前に進める上で、これが重要なピースになるとわかったのです」。
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(翻訳:金井哲夫)