米国時間6月7日月曜日、米食品医薬品局(FDA)は、医薬品メーカーのBiogen(バイオジェン)が開発した注目のアルツハイマー病治療薬「aducanumab(アデュカヌマブ)」を承認した。過去に失敗作として研究が中止されていたaducanumabの承認については、数カ月前から科学界や規制当局の間で議論が交わされていた。
FDAのプレスリリースによると、aducanumab(米国商品名:Aduhelm、アデュヘルム)は、2003年以来初の新しいアルツハイマー病治療薬の承認である。aducanumabは、アルツハイマー病の原因とされているいくつかの要因のうち、脳内に蓄積され、神経細胞の伝達を阻害するβアミロイドによるアミロイド斑を対象とした初めての治療薬でもある。
重要なのは、aducanumabが「迅速承認プログラム」と呼ばれる条件付きの承認を受けたことだ。迅速承認とは、重篤な疾患の治療薬かつ疾患の指標に作用するものであれば、臨床試験の全体的な結果にFDAが懸念を持っていても早期に利用できるように承認するプログラムで、Biogenは、承認後もaducanumabの再検証を行う必要がある。
FDAは声明で「意図したとおりの効果が得られなければ、市場から排除する措置を取ることができます。今後の臨床試験でさらに多くの人々がAduhelm(aducanumab)の治療を受けるようになり、効果が証明されることを期待しています」と述べる。
TechCrunchはBiogenに今後の確認試験についてのコメントを求めている。回答があればこの記事を更新する。
今回の迅速承認プログラムの採用が、FDAの決定に至るまでの数カ月間、aducanumabを悩ませてきた長引く論争に対処するためのものであることは明らかだ。
aducanumabの初期段階の試験では、アルツハイマー病の主な症状である認知機能の低下を遅らせる可能性があるという有望な兆候が見られた。Natureに掲載された2016年の試験では、125名の軽度または中等度のアルツハイマー病患者に月1回の点滴を行ったところ、アミロイド斑のレベルが低下し、認知機能低下の症状が改善された。
Lancet Neurologyに掲載された論文では、脳内のアミロイド斑の減少は「強固で疑う余地のないもの」だったが、治療によって人々の認知機能がどの程度向上したのかという臨床的な知見は不明瞭だった。
このような初期の試験を経て、最終的にFDAは、薬の投与量を特定するための第II相臨床試験をスキップして、第III相臨床試験に進むことを許可したが、一部の医師からは批判されている。
論争の的となったのは「ENGAGE(エンゲージ)」または「EMERGE(エマージ)」と呼ばれる、この第III相臨床試験だ。どちらも初期のアルツハイマー病患者約1600人を対象に、月1回の静脈注射を行う試験だったが、2019年、両試験とも中止された。試験の主要評価項目である、認知機能の低下を遅らせる効果が認められなかったからである。
EMERGE試験の追加データは2019年末に分析され、プラセボ(偽薬)との比較で、aducanumabが認知機能の低下を23%抑制することにつながったことを示した。試験参加者の約40%に副作用(脳の腫れや炎症)が見られたが、ほとんどが症状をともなわず、症状をともなうもの(頭痛、吐き気、視覚障害)であっても大部分が4~16週間後に解消された。
しかし、この新しいデータも、独立機関であるFDA諮問委員会を説得するには十分ではなく、2020年11月、委員会はaducanumabの承認を不支持とした。
FDAは米国時間6月7日の声明で、βアミロイド斑に対するaducanumabの効果は、リスクを上回る有益性を十分に示唆する、と主張している。ここで重要なのは、FDAは臨床試験の成果についてコメントしていないという点にある。要するに、この承認は、各患者の認知機能の反応ではなく、アミロイドβ斑に対する薬剤の効果に基づくものであり、今後の調査では、認知機能の改善という結果を出す必要がある。
しかし、米国のアルツハイマー病患者約600万人と患者団体は、aducanumabに期待を寄せ、アルツハイマー病協会は、この薬を「アルツハイマー病とともに生きる人々への勝利」と称賛している。
米国時間6月7日のFDAの決定を待たずとも、aducanumabが承認されれば、すぐに「ブロックバスター (従来の治療体系を覆す薬効を持ち、開発費を回収する以上の利益を生み出す新薬)」になることは明らかだった。この薬を取り巻く財務状況は、その考えを裏づけている。
発表直後に取引が停止されたBiogenの株式は、その後米国時間6月8日には40%上昇。Biogenと提携しているエーザイ株式会社の株価もFDAの承認後、3時間で46%以上も上昇した。
もちろんBiogenはこの承認を長期的な戦略として当てにしていただろう。同社は2021年4月の決算説明会で、承認後、すぐに治療を開始できる施設が600施設あると発表している。同社はさらに、ブラジル、カナダ、スイス、オーストラリアでもaducanumabの販売承認申請を行っていて、米国時間6月7日には、年間費用は5万6000ドル(約613万円)であると発表した。
アルツハイマー病治療薬の世界では、今回の承認が、βアミロイド斑を標的とする他の薬剤の概念実証とみなされる可能性がある。
Banner Alzheimer’s Institute(バナー・アルツハイマー研究所)のエグゼクティブディレクターであるEric Reiman(エリック・レイマン)氏は、aducanumabに関する2016年のNature論文を受けたエディトリアルで、βアミロイドを標的とした治療が認知機能の低下を遅らせると科学的に確認されたら「ゲームチェンジャー 」になるだろう、と述べている。aducanumabの臨床試験は、この考えを検証するためのテストに例えられる。Alzheimer’s Drug Discovery Foundation(アルツハイマーズドラッグディスカバリー財団)の創設者であるHoward Filit(ハワード・フィリット)氏は、フィナンシャル・タイムズの取材に対し、aducanumabを「βアミロイド仮説の最初の厳密なテスト」と称した。
その意味で、今回の条件付き承認は、FDAがこの手法によるアルツハイマー病治療に好意的であるとも言える。
大手製薬会社の臨床試験では、少なくとももう1つ、Eli Lilly(イーライリリー)のβアミロイド標的薬がある。Biogenのaducanumabの確認試験でFDAが承認を取り消すようなことがなければ、近いうちにいくつかが承認されるかもしれない。
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カテゴリー:ヘルステック
タグ:米食品医薬品局 / FDA、アルツハイマー病、脳
画像クレジット:Nature
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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)