安価な遺伝子検査が、がん予防を複雑化させる

医療情報が増えると悪いこともある。影響力のある団体である米国予防医療特別委員会は、乳がん検出を目的とする遺伝子スクリーニングは大多数の女性に対して〈推奨しない〉と勧告した。なぜか? 検査が不完全だからだ。乳がん発症に関係する遺伝子検査は、誤って陽性と判定される可能性の方が高く、おびえた被験者が不要な手術に走ったり心理的トラウマに陥いることがある。23andMeなどの先進的医療スタートアップによる超安価な遺伝子検査は、不完全な医療情報の入手を容易にした結果われわれのがん検査を困難にしている。

乳がんの可能性を60~80%増加されることで知られているBRCA1遺伝子変異が発見された女優、アンジェリーナ・ジョリーは、両乳房切除という思い切った予防治療を行った。彼女がNew York Timesで語った勇気ある告白によって、乳がん防止への注目は高まったが、統計に暗い人々にとっては危険もある。

例えば、New York Timesの統計導師、ネイト・シルバーは、ある時私にこう話した。乳がんマンモグラフィーの精度は75%だが、陽性と判定された女性が実際にがんにかかってる確率は約10%にすぎない。大多数の女性はがんにかかっていないため、偽陽性(ここに数字で説明した有益なブログ記事がある)と判定される女性の方がはるかに多いからだ。最大の問題は、調査によると多くの人ががん検査の偽陽性に関する数学を理解できず、その結果無知な判断を下しかねないことだ。

同じ数学は、ジョリーが告白したBRCA1/2遺伝子変異についても適用される。研究者らは欠陥遺伝子を持つ女性の確率はわずか0.11~0.12%であると推定している。「BRCA1/2の遺伝子検査は適切なカウンセリングの下で行うべきであると信じている」と、スティーブ・ジョブズのがん治療にも関わった南カリフォルニア大学のDavid Agusは語った。「答えは単純ではない、経験ある専門家と患者による検討が必要だ」

従来何十万ドルを要した検査に、安価な家内遺伝子検査産業が急速に立ち上がった。最も人気の高い23andMeは、最低99ドルからサービスを提供しており、同社ブログではBRCA議論にまで介入している。

23andMeは、BRCA1変異を知らされた患者に悲観的感情変化がみられなかったという最新研究結果を引用して、「消費者による直接テストに対する度重なる批判の根拠は、一部利用者に深刻な精神的苦痛を引き起こしたり、有害な行動を誘発するという理由だったことを踏まえると、この発見は重要であると主張している

この調査のインタビューに応じた遺伝子変異陽性群の利用者たちたちに、重度の精神的苦痛や不適切な行動の証拠が存在しないことから、「アシュケナージ・ユダヤ系女性に対して、これら3種のBRCA変異に関するスクリーニングを広く行うことを検討すべきだ」と同社は語っている。

しかし、任意回答のアンケートは物語の全貌を語らないこともある。ジョリーの決断に関する特集記事の中でTIME誌は、遺伝子異常を知らされ不必要である可能性の高い予防手術を受けたある女性のエピソードを掲げている。「彼女は動揺して両側乳房切除術を受けた」と米国がん協会最高医療責任者のOtis Brawleyは語る。同氏はこの患者の変異に限って彼女が心配するような悪性ではなかったことを心配する。

興味深いことに、TIMEのKate Pickart記者は、遺伝子検査の経済的コストが大規模な遺伝子検査を滞らせていると主張している。医療保険制度改革(別名、オバマケア)の新規定の下でも、100%保険適用されるのは家族歴に遺伝子異常のある患者に限られる。

しかし、わずか99ドル(将来はずっと安くなると思われる)なら、経済的障壁は崩れる。これは遺伝子検査が悪いと言っているのではない。ただ、われわれ、特に統計を理解しない人々を混乱させると言うだけだ。検査を受ける女性が多くなるほど、偽陽性は多くなり、その結果患者も医師も確信を失う。

おそらくこの安価スパイラルに託す唯一の望みは、検出精度と予測能力を高めるテクノロジーが出てくることだ。深部組織を定期的に監視してがんの兆候を見つける新しいブラ(下の動画)は、一つの有望な解だ。

遠からず、このジレンマから逃がれる革新的方法が見つかることを願いたい。

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(翻訳:Nob Takahashi)


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TechCrunch Japan

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