SmartHRは9月11日、同社が主催するイベント「SmartHR Next」のなかで、LINEなどの外部サービスとの連携強化、そして拡張機能ストアの「SmartHR Plus」など、今後のSmartHRの成長を担う新しい事業戦略を発表した。SaaSとして提供してきた労務管理クラウド「SmartHR」をプラットフォーム化するという構想だ。
TechCrunch JapanではSmartHR代表取締役の宮田昇始氏にインタビューを行い、その戦略の背後にある想いを聞いた。
「やらないこと」を追求する
プラットフォーム化構想を支える柱の1つである外部サービスとの連携では、勤怠管理サービスの「人事労務freee」や「ジョブカン」、福利厚生サービスの「RELO CLUB」、そしてチャットアプリの「LINE」との連携を準備中であることが明らかとなった。
具体的な連携内容についてはまだ明らかにされていないが、LINEとの連携では、従業員がチャットボットと会話するだけで年末調整を完結することができる機能や、LINEで給与明細を受け取れるような機能が考えられると宮田氏は言う。LINEとの連携は来年をめどに実現する予定だ。
もう1つの柱である拡張機能ストアのSmartHR Plusの公開は、同社が“スタートアップらしさ”を追求したからこそ生まれた戦略だ。
「スタートアップのSmartHRでは、『やらないこと』を決めています。1つは、多様なニーズすべてに応えようとして機能を増やしすぎた“中途半端なプロダクト”を出さないこと。もう1つは、利益のための囲い込みはしないということです」と宮田氏は話す。
多様化するニーズにどう応えるか
SmartHRが拡張機能ストアの公開に踏み切るのは、SmartHRを利用する企業が抱えるニーズが多様化したためだ。SmartHRのリリースは2015年11月16日。TechCrunch Tokyoのスタートアップバトルの登壇中に正式ローンチを発表した。リリースから約2年10ヶ月が経過したいま、SmartHRの利用企業数は1万6000社を超える。
リリース直後から約1年間は、従業員数が1000人に満たないスタートアップや中小企業に導入される例が多かった。SmartHR自身もその層をターゲットとしたプロダクトづくりを行っていたという。
しかし、2017年春頃になると状況は一変する。従業員数が1000人以上の企業がSmartHRを導入する事例が急速に増え、IT系スタートアップが多かった導入企業の業種も、飲食、アパレル、レジャー施設などに多様化した。
「その頃、社内でも従業員数が1000人を超す企業を受け入れるかどうかという議論が起こりました。マネタイズのことだけを考えれば従業員数が多いことは嬉しいかぎり。でも、当時のプロダクトがその企業規模に耐えうる仕様ではなかったのです」(宮田氏)
複数の事業所をもつ企業の場合、従業員の社会保険証に記載された番号がそれぞれの事業所ごとに異なることがある。しかし、当時のSmartHRは1つの番号しか登録できず、そもそも複数事業所に対応してなかった。もっと細かい例でいうと、従業員が多い企業が人事データのCVSファイルをSmartHRにアップロードしようとすると、時間がかかりすぎてタイムアウトエラーが出てしまうということもあった。
そういった仕様上の欠陥だけでなく、規模の大きな企業ならではのニーズも浮き彫りになった。飲食店など、全国各地に事業所が散らばる企業では、紙の雇用契約書を作成し、それを本部に郵送するだけでも大きな手間がかかる。
その課題を解決するために開発されたのが、SmartHRが2018年8月にリリースした「雇用契約機能」だ。これを利用すれば、オンライン上で雇用契約の締結が完了するため、紙の契約書の作成や郵送に時間を取られる心配もない。従業員すべてが1フロアのオフィスにいる企業がSmartHRを導入していた時代には誕生しなかったであろう機能の1つだ。
企業規模の大きなユーザーのニーズに応えるため、SmartHRは2017年春頃から細かなプロダクト改善を重ねていく。しかし、ユーザーのニーズに応え続けることは重要ではあるが、業種や規模の異なる企業のニーズに応えてSmartHRの標準機能を増やし続けると、誰のためのプロダクトなのか分かりにくくなる。宮田氏が言うところの「中途半端なプロダクト」だ。
追加的な機能を“拡張機能”として用意し、サードパーティアプリもそこに並べるという戦略は、それを防ぐためのアイデアだ。先述した雇用契約機能も、じつはSmartHRの標準機能としてではなく、拡張機能として提供されている。
同社は今後、ガラケーしか持たない従業員が多い企業でもSmartHRを利用できるように、店舗や工場に備え付けられたiPadにインストールできる専用アプリや、来年リリースを予定している「HRレポート」や「すごい社員名簿」が自動作成できる機能などを自社開発の拡張機能として提供していく。また、来年をめどにサードパーティの拡張機能も提供開始する予定だ。
「バックオフィス系のサービスは、何かと機能を広げがちです。SmartHRをプラットフォーム化することで、単体だと満たせなかったニーズも満たせるようになる。必要なときに、必要な分だけ使えるサービスを目指したい」(宮田氏)