Ali Amin-Javaheri(アリ・アミン・ジャバヘリ)氏は化学ビジネスに親しんで育った。父はイランの国営化学企業で働いていたが、一家はイラン・イラク戦争中の1980年代に国を逃れた。最初に移住したのはヒューストンで、父は経験を買われてさまざまな企業から歓迎された。
80年代のヒューストンは石油化学産業が支配していた。家族が後にワシントン州に引っ越したとき、アミン・ジャバヘリ氏はすでに共有結合、化学分解、物質の分子のカップリングとデカップリングの世界にどっぷり浸っていた。
ワシントン州は当時、Microsoft(マイクロソフト)が支配していた。テクノロジーが席巻し雨が多い環境は、テキサス出身のケミカルキッドにとって少しショックだったとアミン・ジャバヘリ氏は回想する。だがそれは誰もがテクノロジーに関わっていた2000年代のことだったため、同氏もそれが自分の道だと考えた。
ワシントン大学を卒業して最初の仕事でその2つの世界が出会った。それはChempoint(ケムポイント)のプログラマー兼開発者の仕事で、同氏が最初のスタートアップを立ち上げる前の唯一の仕事でもあった。
「私はある時シアトルで偶然その建物の前を通りかかり、オフィスの外にロゴを見つけた。Chempointという会社のロゴを見てすぐに興味をもった」と同氏は語った。「私は受付に立ち寄って何をしている会社なのか尋ねてみた」。
2001年の夏、Amazon(アマゾン)は創業7年弱のオンライン書店だった。ドットコムブームはまだ完全に崩壊しておらず、B2Bビジネスはホットな投資機会だった。
「Chempointは数人しかいないスタートアップだった」。アミン・ジャバヘリ氏は語った。「ビジネスモデルといったものはなかったが、化学物質のマーケットプレイス構築を目指していた。ドットコムブームが巻き起こり、すべてがオンラインで動くようになり、化学産業でも同じことが起きると思えた」
Chempointは15年経った今でも市場に残っている企業の1つだが、かつては少なくとも15社の競争相手がいた。これまで化学業界には本当のオンライン市場がなかった。だがそれもアミン・ジャバヘリ氏が立ち上げた最初のスタートアップKnowde(ノウド)によって変わるかもしれない。
大多数の米国人にとって化学業界のイメージは、ありふれてはいるがぼんやりとしている。消費者はガソリンスタンドで目にする価格の動きを通じてエネルギービジネスと直接つながっているが、石油が日用品にどう使われているのかはいまひとつ理解していない。プラスチック、コーティング、フィルム、香料、歯の詰め物、石鹸、歯磨き粉、エナメルなど、石油は日常で触れる多様なものに姿を変えている。
化学産業は巨大だ。米国は2017年の世界の化学品市場の17%を占める。売上高にしてなんと7560億ドル(約81兆円)だ。世界中に何千もの化学企業があり、それぞれが何百もの異なる特殊化学品を販売し、何兆ドル規模の市場を形成している。
「市場規模は5兆ドル(約540兆円)だ」とアミン・ジャバヘリ氏は言う。「これは非常に明確にしておきたい。毎年5兆ドル相当の取引が発生している」。
ベンチャーキャピタリストがマーケットプレイスを好むのは秘密でも何でもない。 物理的な仲介者を冷静な論理で動く電子的な機能に置き換えれば、人間が介在することによる煩わしさが避けられ、効率性と規模の経済が得られる。過去20年間、数々の起業家が売り手と買い手をつなぐシステムの構築に取り組んできた。2001年にChempointが市場でその存在をアピールして以来、化学業界は投資家にとって聖杯(長年追いかけたもの)だった。
「化学産業はすべての産業の中で最も興味深い。最大の産業であり、少数企業の独占集中から最も程遠い」Sequoia(セコイア)のパートナーであるShaun Maguire(ショーン・マグワイア)氏は述べた。「約900億ドル(約9兆6000億円)の売上高を計上した企業が世界で3つあるが、いずれも業界全体の売上高の1.6%未満だ」。
こうした数値を見れば投資家は驚くだろう。いくつかのファンドがKnowdeの資金調達ラウンドに参加しようと激しく争い、自らを売り込んだ。マグワイア氏がSequoiaのアソシエイトだったSpencer Hemphill(スペンサー・ヘンフィル)氏から最初に聞いたのは、化学業界向けの最初の真のマーケットプレイスビジネス創出を追求するために資金を募っている会社があるということだった。
ヘンフィル氏はCantos VenturesのIan Rountree(イアン・ラウントリー)氏を知っていた。ラウントリー氏はKnowdeに初期から投資していて、ヘンフィル氏はラウントリー氏がその新しい会社について語っていたのを聞いたことがあった。ラウントリー氏はマグワイア氏ともう1人のセコイアのパートナーに資金調達の可能性があると打ち明けた。アミン・ジャバヘリ氏の業界経験とKnowdeのビジョンにマグワイア氏が衝撃を受けるまでに1時間あれば十分だった。
9月のその最初のミーティングから3月11日の1400万ドル(約15億円)のシリーズAラウンドの終了(各国の市場が新型コロナウイルスによる最悪の下落に見舞われた日)まで、マグワイア氏はKnowdeの進捗状況を追跡していた。今回の調達に関する情報筋によると、ラウンドに参加した他のファンドにはGeneral Catalystなどのビッグネームも含まれている。
SequoiaがKnowdeのシリーズAをリードした。既存投資家からRefactor Capital、Bee Partners、Cantos Venturesも参加した。
マグワイア氏にとっての転換点は、Knowdeが1月初旬に顧客戦略を変更して業界から賛同する声が増え、企業が急速に採用し始めたときだった。
少なくとも過去50年間、近代化学業界は「営業プレゼン」によって定義され、ある意味では制約を受けてきた。何百もの化学物質を製造する専門メーカーがあるが、化学物質でできることに関する知見は、多くの場合研究所内に閉じ込められている。マグワイア氏とアミン・ジャバヘリ氏によると、企業は情報発信を販売代理店、仲介業者、営業チームに頼っているという。
「情報発信は、依然として営業チーム、製品カタログ、パンフレット、対面の会議が担っている」とアミン・ジャバヘリ氏は言う。「この業界は、他の業界に比べて進化が遅い。当社は常に、何かが足りないと感じていた」。
マグワイア氏のような投資家によると、Knowdeのセールスポイントの1つはこの状態を解消できることだ。「ある会社には70年代から扱う伝統的な香料が多数あったという」とマグワイア氏は述べた。「25年にわたり担当者の誰も販売を試みなかったのがマダガスカルバニラだった。Knowdeの利用により販売数は1000%以上増加した。その会社は香料だけで年間50億ドル(約5400億円)以上の売上を計上している」。
アミン・ジャバヘリ氏によると、変化が起こったのは業界の古参幹部らが高齢によりいなくなり始めてからだ。「2002年から2012年の間は何も起こらなかった。いかなる種類の化学企業にもVCの資金が投入されることはなかったが、少しずつ変わり始めた」と同氏は語った。「最初のドミノは年齢構成の変化だった。消費者向け製品の会社で若年化が進んだ」。
アミン・ジャバヘリ氏が以前立ち上げた会社は、売上高が4億ドル(約430億円)に成長した。同社が化学業界に提供するテクノロジーとサービスはバックエンドソフトウェアと顧客管理ツールだった。これまで業界にはなかったものだが、デジタルの世界へ参入したいなら必要となる。アミン・ジャバヘリ氏によれば、Knowdeはその次の移行段階にいる。「私たちの計画は、化学物質の生産者と購入者を直接つなぐことだ」とアミン・ジャハベリ氏は言う。「ユーザーが自社で管理するのに必要な『店舗』や『配管』をすべて提供する」。
Knowdeがすべきことは、小規模な製造業者が在庫として抱える化学物質に関するさまざまなデータを照合し、その情報をオンラインでリストとして掲載することだけだった。アミン・ジャハベリ氏によると、以前は情報の「見える化」は難しかった。企業は製品カタログを自社の知的財産の一部だと見ていたからだ。
企業がオンラインで製品をリストアップし始めると、アミン・ジャハベリ氏のチームは、記述方法の違いを気にすることなく第三者が必要な情報を見つられるよう、検索可能な単一の分類様式の作成に取り掛かった。
Knowdeは化学業界を、食品、医薬品、パーソナルケア、家庭用品、工業用化学薬品など、10の分野に分類している。同社は現在3つの分野で事業を展開しており、年内には10分野すべてに拡大する予定だ。
アミン・ジャハベリ氏は、コモディティー化した化学物質を数千トン単位で販売しているBASFやDow Chemical(ダウケミカル)などの巨大化学メーカーと相当規模のビジネスを行うつもりはない。そうしたビジネスは、市場全体の2兆ドル(約220兆円)を占めるにすぎない。
これはつまり、パートナーのWoyzeck Krupa(ウォイゼック・クルパ)氏と一緒に創業したアミン・ジャハベリ氏の会社にとって、残りの3兆ドル(約320兆円)の売り上げを捕捉するチャンスがあるということだ。
チャンスは巨大だが、同社は2020年に立ち上げられた世の中のすべての新規事業と同様に、米国史上最悪の経済崩壊の真っ只中に事業を始めようとしている。ただしアミン・ジャハベリ氏は、新しい経済の現実が実際にはKnowdeに対し有利に働く可能性があると考えている。
「化学会社がオンラインに対応する1つのきっかけになるだろう」とアミン・ジャハベリ氏は述べた。従来、化学ビジネスで売上の多くを牽引した個人的な関係は使えなくなってしまった。カンファレンスやイベントがなくなり、ホテルのバーでやたらと握手をしたり、背中をポンとたたいたり、酒の席で会話したりする機会はもはやない。企業は新しい販売方法を見つける必要がある。
マグワイア氏は、化学品カタログをオンラインマーケットプレイスに移すことのもう1つの利点を理解している。それは化学企業内の透明性だ。
「世界最大の企業であっても、自社の化学物質についてさえ内部検索機能を備えていない」とマグワイア氏は述べる。「私は世界最大の企業2社と話をした。友人の化学者が在籍する会社とは次のような話をした。新しい調合を組成しようとするとき、社内にどんな化学物質があるのかをどのように探すのか。自分の部門にある場合は非常に簡単だ。他の部門の化学物質が必要な場合、それを検索する方法が今はない」
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(翻訳:Mizoguchi)