日本の数年先を行く、米FinTech業界の次のトレンドは?

編集部注:この原稿は本誌でも何度か紹介しているマネーフォワードの創業メンバーの1人、瀧俊雄取締役COOによる寄稿である。マネーフォワードは「お金に関する悩みや課題を解決したい」という思いから誕生したFinTechのスタートアップ。無料家計簿アプリ「マネーフォワード」や中小法人・個人事業主向けのクラウド型会計サービス「マネーフォワード for BUSINESS」を提供している。本稿では、大型調達が相次ぐアメリカのFinTech事情を解説するとともに、日本市場へのヒントを読み解いてもらう。

5000万〜1億ドルの大型調達が相次ぐアメリカのFinTech業界

TechCrunch読者であれば、FinTechという言葉はすでにご存じかもしれない。FinanceとTechnologyを合成した造語で、金融関連のスタートアップを示す用語として、この数年で市民権を得てきた。日々の報道からその盛り上がりが感じられる一方で、FinTechはどのような消費者ニーズに応え、進化を遂げているのか、あまり実感がないという人もいるかもしれない。ひと口にFinTechといってもその業態は多様で、わかりづらい面もあるだろう。私はそのような中、米国スタンフォード大学への留学やマネーフォワードの創業などの経験から、FinTechが手がける新たな問題解決の方向性を肌で感じる機会に恵まれてきた。本稿では、その中で得られた洞察を元に、全体像を俯瞰しつつ、日本市場への示唆を見ることとしたい。

従来、FinTechとは金融機関向けにサービス開発を提供する、どちらかと言えば大規模ベンダーを指す用語であった。しかし近年、FinTechにスタートアップのイメージが付随しつつある。その理由の一つとして、決済ビジネスにおけるメガベンチャーの台頭がある。古くはPayPalがあるし、最近ではスマートフォン決済を広めて脚光を浴びたSquare、EC向けツールであるStripeなど、新しい決済を体現したビジネスが生まれてきている。

そのプレゼンスの大きさは、米国の未公開株式市場を運営するSharesPostが自社ファンドで選定したベンチャー100社のリストにも表れている。同リストは、DropboxやEvernote、GitHubなどの当代を代表するメガベンチャーの一覧といえるが、その中で、金融関連では上記のSquareとStripeの2社がラインナップしている。

一方で、決済以外でも、FinTech産業では新たなプレーヤーが台頭してきており、5,000万〜1億ドル(50〜100億円)近い大型調達を行う事例が増えてきている。これらの事例を、既存プレーヤーと共に事業領域別に分類したのが図1である。

図1 米国FinTechの主要プレーヤー(B2Cを中心に)、(出所)筆者作成、調達金額はCrunchbase等を参照

FinTechの事業領域

プレーヤーを大きく分類すると、1)決済、2)会計サービス、3)銀行系サービス、4)PFM(家計・資産管理)ツールの他に、5)PFM+αといえる領域があるように思われる。それぞれの事業領域について詳しく見てみよう。

1)決済系のベンチャーとしては、スマートフォンを経由した決済や、ECサイトを経由した決済ツール等に関する、大規模なシェア争いがグローバルに行われている。決済市場は流通額に対する一定パーセントという巨大な手数料ビジネスである。その一方で、先日のSquareの身売り交渉の報道(真偽の程は不明)は、例えSquareのようなプレゼンスの大きな企業であっても、苛烈な競争環境に置かれていることを物語っている。

2)会計系サービスとしては、米国では中小企業向けには90%近いシェアを誇る会計ソフト最大手Intuit社のプロダクトに対して、いくつかのクラウド型会計ソリューションがシェアを奪おうと試みている点に注目したい。

その筆頭がXeroである。100カ国以上で20万を超えるユーザーを有する同社は、Intuit社の中小企業向け会計ソフトQuickBooksへの対抗馬として見られており、2億ドル以上の資金調達を行っている。会計分野では二大プレーヤーが火花を散らす中、他のプレーヤーとしては、経費精算に特化するExpensifyなどがある。

3)銀行系のツールとしては、Simpleが、既存の銀行の送金・貯金機能に対して、PFMツール的な色彩を加えたことが近年話題となった。Simpleでは、The Bancorp社の銀行のシステムインフラを借りることで、銀行での取引に「楽しさ」を加え、金融情報にライフログとしての味付けを持たせることに成功した。同アプリでは、日々の支出に写真やタグを付けて管理を行ったり、住宅購入に向けた目標別に、仮想口座を設定することができる。同社は、米国市場でのシェア拡大を狙うスペインの大手銀行BBVAに、創立4年にして1.17億ドルで買収されたこともあり、銀行産業自体の変革をも期待させる動きへと繋がっている。

他のベンチャーとしては、小規模の銀行向けにPFMツールを開発・納入するMoneyDesktopが注目される。同社は、調達額自体は少額に留まる一方で、ベンチャー系のベンダーとして、PFMツールやCLO(カードと連携した特典付クーポン)などの広告ビジネスなどを銀行に広めるなど、PFMの機能を銀行側から浸透させている点でも注目される。

4)PFM(家計・資産管理)ツールとは、日本的な表現をすると進化した家計簿である。この領域は、mint.comの存在なくしては語れない。2006年にローンチされた同サービスは、様々な金融機関の口座集約(アカウント・アグリゲーション機能)の技術を、洗練されたデザインで提供することにより、一気に国民的ツールに育て上げたプレーヤーである。同サービスは、設立3年目の2009年にIntuitに1.7億ドルで買収されたことも話題となった。

2009年以降、mint.comの買収に続けと言わんばかりに、口座集約機能を活用したPFMサービスのローンチは相次いでいる。その代表例はHelloWalletである。同サービスは、mint.comの有料版といえるサービスであるが、ターゲットを利用者個人ではなく、企業としている。同社は、企業が提供すべき福利厚生の一つとして「金銭的な健康(Financial Health)」を標榜しており、個人をカード破産や年金資金の早期引き出しから守るアドバイスを提供することを付加価値としている。お金に関するストレスが減れば、従業員と、ひいては会社の生産性を上げられる、というメッセージの元にサービスを展開をしている。カード破産が多いアメリカならではのビジネスといえるだろう。

また、最近話題となっているのがスウェーデンのベンチャーQapitalである。同サービスは、貯蓄に着目し、アプリ内に直接銀行に貯金する機能を付したアプリをリリースする予定と報道されている。従来全体像を把握し、ユーザー個人の行動にソリューションを求めることが多かったシンプルなPFMに対して、新たな付加価値を提供しようとする試みといえる。

このように、従来のシンプルなPFMサービスに加えて、近年では、5)PFM+αといえる業態が台頭してきている。この新しいトレンドとも言える、PFM+αについて、もう少し解説してみたい。

PFM+αのプレーヤー達

2009年以降、PFM(家計・資産管理)ツールの中では、資産運用や不正請求の防止、フィナンシャルプランニングといった、PFMの中でも特定のニーズに着目したベンチャーが台頭してきている。

・2007年創業のLearnVestは、オンライン上でユーザーとフィナンシャルプランナー(FP)を年間1~4万円のコストで提供し、貯金や投資に関するアドバイスを提供する会社である。同社では自動化されたアドバイスに加えて、人による助言を行うことで、何をすれば良いのかという「答え」を提供しており、拡大するユーザーベースを元に、6900万ドルを調達している。

・2007年創業のCheckは、クレジットカードの引き落としや、金額に対するアラートを提供するサービスである。口座集約機能のみならず。送金機能も付しているため、多くの米国人にとっての心配事である「引き落としの失敗」を未然に防ぐツールとなっており、クレジット・スコアの監視を行う有料サービスも提供している。同社は、これまでに4700万ドルを調達している。

・2009年に設立されたPersonal Capitalは、口座集約機能を持つPFMサービスを強みとしつつも、そのターゲットをユーザーの資産運用としている。同社ではユーザーごとにFP(フィナンシャルプランナー)がアドバイスを提供し、コストを抑えた資産運用プランを提供している(販売手数料はかからず、固定の運用報酬が課される)。累計では5400万ドル以上を調達しており、資産形成機能に特化したプレーヤーとなっている。

・2011年に創業したBillGuardは、クレジットカード履歴の監視サービスである。少額での不正請求や、身に覚えのない手数料などについて、従来であれば面倒で無視していたか、もしくは気付かなかったような支払いをデータベースから検知し、簡単な手続きで返還請求を可能とする機能を提供している。同社は累計で1300万ドルを調達している。

上記のプレーヤーの先駆者としては1996年に創業し、2010年に上場したFinancial Enginesがある。同社は、ノーベル賞学者ウィリアム・シャープを創業者とし、口座集約機能を用いたPFMツールを援用しながら、個人の年金資産運用に向けて、自動化されたアドバイスと運用を提供している。顧客数は75万人、運用資産は800億ドルを上回っている。

このように、PFM+αと呼べるこの業態では、具体的なニーズに対して、資産運用やアドバイスといった、具体的なソリューションを提供している点が、純粋なPFMとは異なっている(図2)。

図2 米国のPFMサービスのトレンド

PFM+αが生まれた背景

PFM+αと呼べるプレーヤーが出てきた背景としては、mint.comによるシンプルなPFM市場の独占、口座集約機能のインフラ化、より切迫する若者層の金融ニーズ、の3点がある。

mint.comはIntuitによる買収後、1200万人にまでそのユーザーベースを拡大した。サービスの使い勝手は長らく評価されており、連携するIntuit社の確定申告用ソフトTurboTaxも市場の6割以上のシェアを有している。そのため敢えて「シンプルなPFM」の牙城に攻めこむプレーヤーが出てきていないのが現状といえる。

次に、口座集約機能のアウトソースが可能な環境が整ってきたことが挙げられる。米国では、口座集約(アカウント・アグリゲーション)機能をIntuitとYodleeの2社が外部ベンダーとして提供している。近年、両者はビジネスインキュベーション的な観点から、同機能をユーザーあたり月額数十セントという価格で提供し始めている。そのため、口座集約のためのコスト面及び技術面でのハードルが下がり、スタートアップがより「問題解決アイデア」で勝負できるようになったという、土壌の変化がある。

最後に、米国の若者層における、金融危機以降のお金に関する危機感の高まりがある。UBSが公表したMillennials世代(米国の21-36歳の間の世代)を対象とする調査では、2008年の金融危機を経験したこの層の資産構成において、過半数を預金が占めていることが話題となった(図3)。同レポートでは、投資よりも借金の返済に勤しむ若者の姿が観察されてきており、従来の投資意欲の高く楽観的な米国人像とは対照的な、地道な問題解決を望む米国の若者像が浮き彫りとなっている。このような層に向けて、具体的な問題解決につながるベンチャーの台頭が待たれていた、と見ることができる。

図3 米国Millenials世代の資産構成、(出所)UBS Investor Watch Reportより筆者作成

日本市場への示唆

ここまでアメリカのFinTech事情を見てきたが、ここからは日本市場へのヒントを考察してみたい。

決済の世界では、日本市場ではCoiney、楽天スマートペイ、PayPal Here、Squareといったプレーヤーが競争を繰り広げている中で、冒頭にも述べたSquare身売り話の噂など、本国市場での意外ともいえる収益性懸念についての余波が、今後とも注視されるところである。

会計サービスの領域では、クラウド型会計サービスが、既存の大手会計プレーヤーとの差別化をいかに図っていくかが重要といえる。銀行系のアプリケーションについては、Simpleの銀行インフラを提供していたThe Bancorpのようなプレーヤーが出てくる変化があれば、銀行業自体に大きな変化が生まれる可能性もあるだろう。

一方で、PFMの展開について今後を見据えると、日本では近年、当社のマネーフォワードのほか、kakeibon、MoneyLook、Zaim といった、複数の個性ある家計簿アプリが、口座集約機能を実装して、お金の全体像を把握するサービスの展開を活発化させてきている。ユーザーが自らのデータをサービスプロバイダーに預け、その結果としてスマートフォンやウェブ上で、これまでは得られなかった全体像を把握する習慣が、ようやく緒に付いてきた段階といえるだろう。

シンプルなPFMのニーズの先には、+αといえる要素があるビジネスモデルが求められている。日本の若年層は数十年前の日本人と比べて、所得の安定や、将来に向けた備えなど、様々な形での自己責任を求められるようになった。この社会的背景の中で、資産運用や将来設計などの米国型のソリューションに加えて、より分かりやすい貯蓄・節約方法や加入する保険の見直し、ローンの管理など、より問題解決につながるビジネスモデルが今後は求められているのかもしれない。


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。