Freedom of the Press Froundation(自由報道財団)がキヤノンへの公開書簡を公表し 、そのカメラに暗号化機能を実装するように求めたが、そこには見逃されているポイントがある。もちろん暗号化それ自身は素晴らしいアイデアだが、戦争ゾーンで弾丸を避け、統制の緩い独裁政権下で警棒をかいくぐり、ギャング撮影時に厄介な刃物に晒されたときには、暗号化はあまり役にはたたない。
写真家として、あなたが必要とするのは、完全な爆弾耐性と超高速操作性を備えたカメラだ。紛争地帯に入る写真家にとっては、しばしば「爆弾耐性」は文字通りの意味だ。事が起きるときには、素早くスイッチを入れすぐに撮影ができる必要がある。その邪魔になるものは、写真家によって使われることはないというだけの事だ。素早く写真を確実に手にするということに比べれば、他の全ては何ほどのものでもない。
十分な時間が与えられれば、指紋やPINコードを打ち破ることもできるだろう。
たとえカメラメーカーが奇跡を呼び寄せて撮影時に時間がかからない暗号化を実装できたとしても、暗号化を使うことで映像確認時に遅れが生じてしまう、そしてそのことがいくつかの問題を引きおこす。カメラマンやビデオカメラマンは、撮影している映像を始終確認する。いずれにせよ、その場での確認が、フィルム撮影に比べたときのデジタル写真の利点の一部なのだ。その確認プロセスは、通常ボタンの1クリックで行われる。他に知るべきことは、プロの写真家たちは自身のカメラを手探りで使用することに長けているということだ。設定をチェックするためや、写真が撮れているかをおおよそ確認するために、彼らは周囲に注意を払いながら、ちらりとスクリーンに目を落とす。
このプロセスに暗号化プロセスを追加すると物事が複雑化する。Freedom of the Press Foundationの公開書簡の書き手は、多くのスタートアップが経験する「速い馬の誤謬」に陥っていることがわかる。
速い馬の誤謬
毎日人びとは問題に出会い、それらは周りの企業によって解決されている。タクシー会社には腹が立つ(ならUberだ!)。旅行するならより本物の経験をしたい(ならAirbnbだ!)。タクシーって空ではなくて地面を走らなければならないんだよなあ(ならVahana だ!)。あなたがスタートアップとしてすぐに突き当たる問題は、通常あなたの顧客は解決の手掛かりを持っていないということだ。問題を抱えているのは顧客で、あなたはスタートアップとしてそれに対するソリューションを持っている。これが意味することは、あなたが提供するソリューションは、顧客が想像していたものとは異なっているということもあるということだ。とはいえ問題が解決している限りは顧客がその違いを気にすることはない。
「速い馬の誤謬」の起源はヘンリー・フォードが言ったとされる(実際には言わなかった)以下の言葉にさかのぼることができる「もし人びとに何が欲しいかと尋ねたら、皆はきっともっと速い馬が欲しいと答えたことでしょう」。もちろんこれは冗談なのだが、もし彼が顧客の研究を行っていたなら、彼は最初の量産型自動車を発明することはなかっただろうということだ。
Freedom of the Press Foundationは何かに飛びついた — そこに問題がある :
映画制作者やフォトジャーナリストは、世界中の権威主義的な政府や犯罪者によって、彼らの映像が押収されるところを数え切れないほど目撃してきました。(…)これは、私たち自身、情報源、および私たちの仕事を危険に晒します。
暗号化はこの問題を解決しない。
暗号化は問題の一部を解決するだけのことで、それは情報源の問題だ。フォトジャーナリストや映画制作者が映像を誰にも見せないようにできれば、情報源を保護することができる。しかし、解決できる問題はそれだけだ。
公開書簡では、GoogleとAppleのオペレーティングシステムがコンテンツの暗号化を容易にすることを示唆している。それは本当だが、いくつかの欠点もある。ほとんどの携帯電話は、データの暗号化のために指紋認証を使用している。それは信じられないほど速いので便利だが、それは強要に対しては無力だ。例えば、銃を突きつけて相手に強制的に電話のロックを解除させることは比較的簡単だ。もしそれがうまくいかなくても、相手を気絶させて指紋を使ったり、あるいは単に無理やり相手の指をパッドの上におくこともできる。
悪く思わないで欲しい。私は情報源の保護を誓ってはいるが、4桁のPINコードのために、ボルトカッターで何本指を切断されても良いかは良くわからない。
それを回避する方法は、PINコードや適切なパスワードを使用することだが、それは最初に述べた論点に私たちを引き戻す:写真家やビデオ撮影者は映像を逐次確認する必要があるのだ。もしこれまでに1眼レフカメラのWi-Fiパスワードを入力するという不幸を味わったことがあるなら、パスワードが本当に進むべき道ではないことを知っているだろう。考えてみれば、PINコードも、それほど優れているわけではない:それに対して注意を向ける必要があるからだ(弾丸が飛び交う中ではしたくないことだ)。
いずれにしても、これらはすべて、あなたの敵が多かれ少なかれルールに則って行動していることを前提としている。もし沢山の人びとが銃を持っている場所に居たとしたら、言わせてもらえば、そうしたルールは解釈の問題ということになる。十分な時間が与えられれば、指紋やPINコードを打ち破ることもできるだろう。
悪く思わないで欲しい。私は情報源の保護を誓ってはいるが、4桁のPINコードのために、ボルトカッターで何本指を切断されても良いかは良くわからない。1本?2本?それともゼロ?私はそのような状況に置かれたことはないし、私は(残っている)指たちをクロスしてそのようなことが決して起こらないようにと願っている。
さて、キヤノンが何とかしてエンコードが速く、デコードも速い軍事レベルの暗号化方法を見出したとしよう、もちろん確認のために解錠のパスワードを素早く打ち込み、写真家が路上でカメラをひったくられる際に、同じくらい素早く再ロックできる手段も込みだ。では次はどうする?
それでもデータは破壊されたり盗まれたりする
攻撃者は暗号化によって映像を見ることができなくなるが、それは問題の一部に過ぎない。データが暗号化されていたとしても、それを破壊したり、盗むことは容易だ。あなたは2本の指でSDカードを折ることができるし、岩や弾丸でカメラを砕くこともできる、そうでなくても写真家の身体をくまなく調べたり、すべての電子機器を持ち去って湖に投げ込んでしまうこともできるのだ。
ソリューションを提示したことで、Freedom of the Press Foundationが問題の全容を把握していないことが明らかになった。
それを防ぐための唯一の現実的な方法は、別の場所へリアルタイムに暗号化されたバックアップを行うことだ。写真を撮るや否やそれらを武装した車へ、あるいは更に良いオプションとしては、クラウドへストリーミングしてしまうという方法を想像して欲しい。もちろん、沢山の課題がある、Wi-Fiや戦争ゾーンでのデータプランが存在しないか、不安定である、またはその両方の可能性がある。
戦争ゾーンの写真家が現在これを処理している方法は、小さなカード(8〜16GB)で撮影し、定期的にデッドドロップ(秘密の情報受け渡し場所)を使用することだ。カードをホテルや大使館に残す、郵便で家に送る、2枚のカードに撮影し1枚を友人に託す。
そう、写真家たちはいつでも苦労している。そう、データは見られたり、破壊されたり盗まれたりする。しかし、キヤノン(なぜニコンや、ライカ、そしてソニーではないのか?)に対して暗号化機能の実装を要求しても問題は解決しない。これは、単に彼らに誤った安心を与えるだけだ。次のプロレベルのカメラに暗号化が組み込まれるとしたら、それでフォトジャーナリストへの嫌がらせや誘拐、殺人が阻止できるだろうか?データが盗まれたり破壊されることを防止できるだろうか?
ソリューションを提示したことで、Freedom of the Press Foundationが問題の全容を把握していないことが明らかになった。スタートアップ企業のように、私たちはそれを認識している。キヤノンが同じ認識であることを祈ろう。
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(翻訳:Sako)