東京大学、京都大学、東北大学からなる研究グループは、1個の水分子を流れる電流を計測することで、水分子の量子力学的な回転運動を検出することに成功した。これは、1個の原子が持つ量子状態を情報の媒体とする、つまり1個の原子や分子に量子情報を担わせる、量子情報処理の基盤技術につながるものと期待される。
水分子(H2O)は、その単純な構造から量子技術への応用に適しているとされている。しかし、水分子同士の強い水素結合により、単一の分子の量子状態を測定するのが困難だった。そこで研究グループは、フラーレン(炭素原子が球状構造になったカゴ状の化合物)分子に水分子を1個だけ封じ込めたH2O@C60分子を使用し、分子1個分の隙間をあけた電極にこのH2O@C60を挟み、「H2O@C60単一分子トランジスタ構造」を形成した。そして、そこを流れるトンネル電流を計測すると、1個の水分子の量子力学的な回転運動を検出することができた。
水分子に含まれる2つの水素原子の回転運動(核スピン)には、同じ方向に回転する平行状態(オルソ)と、違う方向に回転する反平行状態(パラ)とがある。H2O@C60単一分子トランジスタ構造で、水分子を経由して流れる電流を測定したところ、オルソのときに2meV(ミリ電子ボルト)と7meVで励起が生じ、パラとのきに5meVの励起が生じた。また、オルソとパラは、測定中の短い時間内にも入れ替われることがわかり、それは伝導電子と水分子の相互作用によるものと考えられるという。つまり、単一分子を経由して流れる電流を計測することで、水分子の水素原子の核スピンに関する情報を読み出すことができたということだ。
これを利用すれば、1個の水分子に量子情報を担わせることが可能になり、量子情報処理の基盤技術の形成につながる。このことは「原子や分子を用いた量子情報処理技術に大きな進展をもたらすとともに、物理、化学、生物学、薬学などの基礎から応用に関わる広い分野に大きな発展をもたらすと期待されます」と研究グループは話している。