東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)は10月10日、起業を目指す現役東大生や卒業生などの大学関係者、起業をしてまもない東京大学関連ベンチャーに対して事業化資金や経営支援を提供する「東大IPC起業支援プログラム」の新たな支援先を発表した。
4回目となる今回からは、4月にも紹介した通り各業界のリーディングカンパニーと共同でコンソーシアム型のインキュベーションプログラム「東大IPC 1st Round」としてバージョンアップ。初代のパートナーとしてJR東日本スタートアップなど6社が参加している。
ここからは支援先に選ばれた6チーム(4社と2プロジェクト)を紹介していこう。
Mantra : 漫画の多言語翻訳&配信プラットフォーム
Mantraは日本語で書かれた漫画を中国語や英語に自動で翻訳し、多言語で配信するプラットフォームだ。
このチームを牽引する石渡祥之佑氏によると、漫画の翻訳においては「スピードとコスト」が大きな壁になる。日本で単行本が出た後に翻訳権のライセンスが発行されるため、実際に海外向けの正規版が発売されるのはだいたい1年ほどかかるそう。加えて単行本1冊を1つの言語に翻訳するだけで20〜30万円ほどかかるので、本当に売れると判断されたようなものしか多言語化されない。結果的に海外では海賊版が広く出回ってしまっているのが現状だ。
Mantraでは独自の機械翻訳・文字認識技術を用いた翻訳エンジンを軸にこの課題を解決する。マンガの画像から吹き出しを自動で検出し、吹き出し中の文字を正確に認識した上で異なる言語へ自動で翻訳。それをタッグを組む翻訳者が修正ツールを使って整えることで高速・安価で漫画を多言語化し、自社開発の配信プラットフォームで世界へ届ける構想だ。
中心メンバーの石渡氏と日並遼太氏は共に東京大学の情報理工学研究科で博士号を取得。石渡氏は機械翻訳や未知語処理、日並氏は画像認識の研究者だ。このチームは先日開催された「HONGO AI 2019」でも複数の賞を受賞している。
iMed Technologies : 脳血管内治療に関する手術支援AI
iMed Technologiesが開発するのはディープラーニングを活用して医師の手術をリアルタイムで支援するプロダクトだ。現在は、くも膜下出血や脳梗塞などに対する「脳血管内治療」(カテーテルやガイドワイヤーを用いて血管の中から治療する方法)をアシストする技術を手がけている。
従来現場の医師や助手は数台のモニターに映し出される映像を基に、カテーテルの先端の動きなどを自身の目で追っていく必要があった。万が一血管を突き破ってしまえば脳出血で死に至ることもあるため、平均3〜4時間に及ぶ手術中、複数のポイントを常に集中して監視し続けなければならない。
同社の手術支援AIは自動車における運転支援システムのような仕組みに近く、何か危険な状態が発生した場合にアラートすることで医者や助手の目を補完する役割を担う。
iMed Technologies創業者でCEOの河野健一氏は16年間に渡って脳血管内手術に医師として携わってきた人物で、エンジニアメンバーとともに主にプロダクト周りを担当。東証一部企業の社外取締役やIGPIで働いていた経験のあるCOOの金子素久氏がビジネスサイドを担っている。
イライザ : 自然言語処理とリテールを軸とした松尾研発AI企業
イライザは自然言語処理(NRP)とリテールテック領域にフォーカスして研究開発を進めるAIスタートアップだ。
自然言語処理の領域ではレポートや記事を自動生成する技術、対話エンジン、OCR(文字認識)などの技術、リテール領域では商品のレコメンドエンジンや需要予測AI、ダイナミックプライシングに関する技術などに取り組む。
直近ではアシックスのアクセラレータープログラムで最優秀賞を受賞。同社と共にシューズ・アパレル商品の需要予測と発注最適化に向けた実証実験を進める予定のほか、森・濱田松本法律事務所及び東大松尾研究室と法律業務におけるAI活用の共同研究を開始することも発表している。
イライザ代表取締役CEOの曽根岡侑也氏は松尾研出身の未踏クリエイタで、現在も松尾研にて共同研究のPMやNLP講座の企画・講師などを務める人物。イライザは松尾研からスピンアウトする形でスタートしたチームで、ほかにも同研究室に関わるメンバーや未踏クリエイタが集まっている。
Jmees : がんセンター発、AI手術支援システム
JmeesはAIを用いた内視鏡手術の支援システムを開発するチームだ。
内視鏡手術においては臓器損傷による死亡事故や臓器・神経損傷による合併症リスクが従来から課題とされてきた。そもそも外科手術が「暗黙知」になっていることから、個人差や施設間格差が生じてしまっているのもその原因の1つ。そこでJmeesでは内視鏡手術をAIによってリアルタイムに解析し、熟練医の暗黙知を可視化するナビゲーションシステムの実現を目指している。
まずはテクノロジーを活用して術前・術後の支援を行っていく計画。術前であれば手術の訓練や学習時に役立つツール、術後であれば手術を見返して定量的に評価できるシステムを通じて現場をサポートする。
Jmeesは国立がん研究センターの外科医と機械学習エンジニアが主導するプロジェクト。代表の松崎博貴氏は大学院で機械学習による医療画像の診断支援の研究に携わった後、Ubieなど複数のスタートアップを経て、国立がん研究センター東病院で手術動画解析システムの開発に取り組んでいる。
スマイルロボティクス : 飲食店の片付けを自動化する下膳ロボット
スマイルロボティクスが開発するのは、飲食店のホールでの片付け作業(下膳)を自動化するロボットだ。
飲食店の作業をサポートするロボットとしてはキッチン周りの調理作業を効率化するものや、ホールの接客を自動化するものなどが多い。ただスマイルロボティクスの代表取締役である小倉崇氏の話では、飲食店にヒアリングをしても配膳に関してはこだわりがあり、機械に任せたくないという声も多いそう。一方で食事後の下膳についてはロボットへの期待値も高く、まずはこの工程を自動化することを目指している。
具体的にはディープラーニングベースの3D画像認識技術を搭載した⾃律移動型の下膳ロボットを開発中。食後の座席までロボットが移動しアームを使って多様な食器を収納。自らバックヤードまで運び、シンクに漬け込んだり、食洗機にセットしたりできるものを計画しているという。
スマイルロボティクスの3人のコアメンバーは、全員が東京大学情報システム工学研究室(JSK)の出身でSCHAFT(Google)に在籍していたバリバリのロボットエンジニアだ。
エリー : 蚕を原料とした「シルクフード」の開発
エリーは蚕を原料とした「シルクフード」を開発するスタートアップだ。
近年コオロギの粉末を始めとした昆虫食や植物由来の代替肉(ビヨンドミートがその代表例だ)など、代替タンパク質の創出に取り組むフードスタートアップがメディアで注目を集めている。
エリーが取り組むのもまさにこの領域。同社の場合は蚕×食品という軸で研究開発を進めていて、機能性成分を豊富に含み、環境にも優しいサステイナブルな食品として蚕を用いた商品をプロデュースしていく計画だ(ちなみに「そら豆」などに似た味がするそう)。
エリーCEOの梶栗隆弘氏は食品メーカーの出身。前職では大豆や小麦を原料にした食品を扱っていて、当時から代替タンパク質に関心があったそう。その後大学の技術シーズを事業化するコンテストで食品研究技術と蚕の研究を組み合わせたアイデアを考える機会に巡り合ったことが、エリー創業の背景だ。
今回紹介した6チームを含めると、東大IPC起業支援プログラムにはこれまで16チームが採択。先日estie(第3回の採択チーム)の資金調達ニュースを紹介したが、すでに9社は資金調達を実施しているという。東大IPCでは現在5回目の公募も実施中だ。