学校法人立命館は、学生起業を対象にした支援事業を本格化している。2019年に始めたばかりだが、ピッチイベントなど学生の活動にも熱を入れている。また、立命館は自らの資産だけで10億円規模のファンドを創設し、ソーシャルインパクトを踏まえて、長期的な視点で学生起業を後押ししている。この支援事業は、スタートアップのジレンマでもあるLP投資家に短期間でリターンを求められるといった構造と無縁のものだ。
社会起業家を目指す学生たちに手を差し伸べるRIMIX
「他の大学では真似できないことができるのではないか。立命館らしさを出していきたい」と立命館大学の酒井克也財務部次長兼人事部次長は語る。同氏は立命館による社会起業家支援プラットフォーム「RIMIX」の立ち上げ時から関わっている。
2019年9月にスタートしたRIMIXは「Ritsumeikan Impact-Makers Inter X(Cross) Platform」の略称となる。立命館は、立命館大学や立命館アジア太平洋大学のほか、付属の小中高、大学院まで一貫教育を行う私立総合学園だ。そのため、RIMIXの対象は主に立命館に所属する小中高大院までの学生やその卒業生となる。
同プラットフォームは、社会にインパクトを与える人=「社会起業家(Impact-Makers)」と位置づけている。単に起業家支援というよりも、教育機関としてSDGsをはじめとする社会課題を解決するために起業する学生らの支援に的を絞っており、ソーシャルインパクトをより重要視する。
またRIMIXでは、立命館で行う社会起業家を目指す人材やマインド養成から本格的な起業支援などの取り組みを、1つのプラットフォームとして見える化している。立命館のさまざまな教育プログラムを有機的に組み合わせ、ビジネスを通じて社会課題を解決するImpact-Makersを育成していく考えだ。さらにSony(ソニー)をはじめとした外部機関との連携も含め、起業までの道のりをしっかりと整えている。
ソニー×「総長PITCH CHALLENGE」
ソニーは、自社で行っているスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム「SSAP(Sony Startup Acceleration Program)」を通じてRIMIXと連携する。RIMIXは「総長PITCH CHALLENGE」というコンテストを主催している。学生たちは約半年間、「ワークショップ」「インプット」「ブラッシュアップ」の3段階に分けて、SSAPの支援を受けながら社会起業家を視野に入れたビジネスプランを作り上げ、ブラッシュアップしていく。
2020年の「総長PITCH CHALLENGE」には32チーム(87人)の応募があり、オーディション後、7チーム(17人)が最終決戦の舞台となるピッチイベント「総長PITCH THE FINAL 2020」に挑んだ。
最後のイベントとなる「総長PITCH THE FINAL 2020」は2020年12月19日に開催、その模様はオンラインで配信で配信されている。当日は、立命館大学学長も兼任する学校法人立命館の仲谷善雄総長のほか、Sony Startup Acceleration Programの副部門長小田島伸至氏、新生企業投資インパクト投資チームシニアディレクターの高塚清佳氏、ジャフコグループのパートナーである佐藤直樹氏ら、スタートアップ分野の第一線で活躍する面々を審査員に迎えた。チームにはピッチを行うための5分間と審査員による質疑応答の3分間が与えられ、それぞれのチームが努力の成果を披露した。
ここで、ファイナルの舞台に立った学生の声を紹介したい。
下着を通して性が多様であることが当たり前の世界の実現を目指す「KAKITSUBATA」の代表を務める立命館アジア太平洋大学国際経営学部3回生の安藤晶美さんは「参加前は起業に対する知識もなく、私のビジョンをどうカタチにすればいいのか悩んでいた。しかし参加してみると、起業までのインプットはもちろん、当事者へのインタビューや検証、商品サンプル作成まで進み、商品化の一歩手前までくることができた。この経験を糧に事業の実現に挑みたい」と振り返る。
同大学アジア太平洋学部2回生の三浦宗民さんは「総長PITCHで身につけた知識やスキルをさまざまな場面で活用して、『温もり』や『優しさ』といった目に見えない価値を世の中に広め続けていきたい」と話す。
三浦さんは、人から人へ感謝の物語を紡ぐ珈琲と手紙のセットで、思いやりが循環する社会の創出を目指す「ものがたり喫茶」の代表だ。「総長PITCHで資料作成やプランの順序といった知識を深めた上で、ブラッシュアップをしてもらい、事業の仕組みや規模感なども実践的に学ぶことができた。私たちだけでは気づけなかった視点や方向性を知ることは、今後の活動への良い刺激であり、貴重な経験になった」と振り返った。
酒井氏は「RIMIXは初め、小さな取り組みの1つだったが、総長ピッチによって学園内での認知度も高まりつつある」と期待を寄せる。
他にもマネーフォワードやREADYFOR、コモンズ投資、JAFCO、SDGs Impact Laboratoryといった企業もRIMIXの取り組みに参画している。外部機関をの招聘は、教育機関だけではフォローできない具体的、実践的なノウハウを補完してもらうことが狙いだ。
立命館単独のファンドで長期的な支援を
10億円規模の立命館ソーシャルインパクトファンド(RSIF)は立命館のみの資産で創設され、単独LP投資家のようなカタチになっている。他のLPを入れるとリターンについての議論に陥ってしまいだが、RSIFは他のLPがいないため、RIMIXのプラットフォームにおける投資機能に集中することができる。酒井氏は「金銭的なリターン目線はやや抑え目であり、融通の利くスキームを取り入れている」と説明する。
学生起業は社会経験を経た大人たちによる起業と比べて、成果が出るまで時間がかかることが多い。RSIFは単独で10億円規模の資金があるため、学生に寄り添いながら未来を見据えた投資回収を考えることができ、社会課題の解決を目指す学生たちの「やりたいこと」に軸足を置いた運用をしやすくなっている。
またRSIFは、経済的リターンだけでなく、事業活動による社会的・環境的な変化や効果といったソーシャルインパクトも求めており、RIMIXの理念に通底している。
RSIFがあることで、RIMIXは経済的な面においてもその社会起業家を産み、育てる環境が盤石なものになっている。短期的なリターンではなく、長期的に事業の成長を支える仕組みは、スタートアップ業界において理想的なものだ。
RSIFによる投資の第一号案件は2020年9月、居住拠点プラットフォームを提供するADDressに対して行われた。代表取締役社長の佐別当隆志氏は、立命館大学の卒業生。空き家対策といった社会課題の解決に挑むサービスなどが、RIMIXの理念と合致した。なお、投資先の選定はプラスソーシャルインベストメントに委託している。
一貫教育で起業への道筋を若い世代から
小学校から大学院までの一貫教育を行う立命館には約5万人の学生が在籍している。RIMIXは小学生を対象にしたSDGs関連イベントなども行っており、いつでも社会起業家を目指せる土壌を用意をしている。
また、付属校から高校、大学に進学する際に入試がないことも強みだ。国立大学などを受験するとなれば、学生は試験勉強でいっぱいになってしまうものだ。立命館では、試験勉強に充てる時間を削減できることで、学生は起業までの効率的なルートを歩むことができる。
幼い頃から起業を啓発し、卒業生らが将来、RIMIXの取り組みを手助けするといったエコシステムの確立も目指している。酒井氏は「社会起業家に興味がある子に起業までの道筋を示すとともに、こちらからも積極的にアプローチしていきたい」と意気込む。
支援体制のさらなる強化を図るRIMIX
今後は起業を夢みる学生に向けた支援の幅を広げていく。卒業生らが学生をメンタリングしていく枠づくりや、起業だけでなく投資に回る人材などの育成分野も開拓していきたい考えだ。「もうひと段階アクセルを踏まないといけない」と酒井氏はいう。
また、現状はRIMIXによる取り組みは単位取得にはつながらないが、酒井氏は「教育機関としての役割を強める意味も込め、RIMIXと教学との関係をより密にするカタチも検討していきたい」とさらなる展望を語った。