10月1日、俳優の香川照之氏がアランチヲネという名のスタートアップを創業した。アメリカではもはや珍しいニュースではないのかもしれけれど、有名人による投資や起業がまだまだ少ない日本では話題を呼ぶニュースとなった。
10月4日、5日の2日間で開催中の「B Dash Camp」では、その香川氏が登場。すでに俳優として大成功を収める彼がなぜ新しいチャンレンジをしようと思ったのか。アランチヲネ創業の背景を語った。
子供服を通して、自然の大切さを教える
「功名が辻」、「龍馬伝」などの大河ドラマを始め、数多くのドラマや映画に出演する香川氏。老若男女、彼の顔を1度もテレビで見たことがないという人はそうそういないはずだ。しかし、彼自身も「僕にとって“VR”といえば、ビデオリサーチ(TVの視聴率調査)のことだ」と話すように、スタートアップや起業に関してはまったくの素人だという。その彼がなぜ起業という道を進むことに決めたのか。
「大学生くらいのころから、『時間とは何か』ということをずっと考えていた。そのうちに、時間というものは地球が自転をして太陽を回るという現象の結果生まれたものにすぎず、人間という生き物はそれに乗っているだけでしかないと思うようになった。その大きな運命を人間がどうこうできるようなものではない。そう考えるうちに、地球というものに真摯に向き合うことこそ、正しい時間との付き合い方ではないかと思った」(香川氏)
香川氏なりの「地球に真摯に向かい合うこと」がアランチヲネの創業の理由だ。アランチヲネは、昆虫の柄をモチーフにしたファッションブランド「INSECT COLLECTION」を主な事業とする。9つのオリジナル昆虫キャラクターを作り、それをあしらったシャツ、ニット、帽子などのファッションアイテムを展開していく予定だ。地球に優しい素材、子供の肌にも優しい素材を使い、誰もが地球のことを思い、寄り添いながら身に付けられるアイテム作りを目指すという。収益の一部は自然教育や昆虫生体保護団体などに寄付される。
香川氏は大の昆虫好きとしても有名で、2016年より不定期で放送中のNHK教育テレビ「香川照之の昆虫すごいぜ!」ではカマキリの着ぐるみを被って「カマキリ先生」に扮している。
「昆虫というものは、人間よりずっと前に地球に住んでいたのにもかかわらず、人間が便利な生活を追求した結果、彼らの住む場所を奪ってしまった。昆虫は『小さいから』、『たくさんいて気持ちわるいから』という理由で虐げられるべき存在ではない。地球上の生物の75%が昆虫とも言われている。アランチヲネを通して、彼らに対するリスペクトをもう一度思い出してほしい」と香川氏は語る。
香川氏がINSECT COLLECTIONの事業を通して実現したいのは、子どもに着せる服を通して環境問題などに対する理解を深める「服育」だ。子供たちに可愛らしい昆虫をあしらった服を着せることで、昆虫という生き物の尊さ、ひいては地球という自然の大切さを教えようとしている。
想いの伝承手段としての起業
香川氏が考える昆虫の尊さ、地球という自然の大切さ。彼はそれを「伝えなければならないと思った」と話す。
みずからの考えを伝える方法はたくさんある。僕たち記者のように記事を書いてもいいし、本を書いてもいい。飲み会のたびにガミガミと説教をしてもいいし、講演会に出て自分の考えを伝えてもいい。しかし、香川氏はその数多くある選択肢のなかで、会社を作りビジネスとして伝えるという方法を選んだ。その理由は、自分という存在がなくなっても想いが伝承されるためだという。
想いを伝えるという話のなかで、香川氏は自分が“父親”として慕っていた先輩俳優の松田優作さんとのエピソードを語った。
「1989年の夏に松田優作さんと出会い、彼にとって人生最後の仕事となった2時間ドラマに共演者として出演することができた。実の父(二代目 市川猿翁)と没交渉だった僕は、自分の周りに人生の問いに答えてくれる人がいないと悩んでいたが、優作さんと会い、彼に惚れ、やっと父親を見つけたと思った。優作さんは『お前とは長い付き合いになる』と言ってくれた」(香川氏)
しかし、その松田優作さんは共演から約2ヶ月後に他界。香川氏は遺体の枕元で、「長い付き合いになるなんて嘘じゃないか」と涙を流したという。
「優作さんが亡くなり、“個”というものは、無くなってしまえばもう伝えられなくなるのだと思った。世間一般がもつ優作さんのイメージは、誰にでも殴りかかってしまうという“乱暴者“というイメージ。僕が『そうではない』とどれだけ言ったとしても、優作さんという個がいなくなるだけで、本当の彼の姿は伝えられなくなってしまう」(香川氏)
香川氏が伝えたい昆虫の尊さなどは、俳優・香川照之という個でも伝えられる。しかし、それでは自分の死とともにその想いの伝承手段が失われてしまう。だからこそ、みずからの想いを半永久的に伝えるための手段として、香川氏は会社という器を利用すると決めたのだという。
「せっかく自分の名前を切り売りしてやるのだから、自分にしかできないことをやりたい。“仕事”とは、代わりがないことだと思う。その人のやっていることを代わりにできる人がいるのであれば、それは仕事ではなく、単なる暇つぶしなのかもしれない。それは、大きい小さい、どちらが上でどちらが下、と測るようなものではなく、どんなに小さいことでも自分にしかできないものを見つけることが大切だと思う」(香川氏)
TechCrunch Japanでは、毎日のようにスタートアップとそれを作り上げる起業家のストーリーを伝えている。それぞれが起業する理由はさまざまであり、だからこそ面白い。僕がそのストーリーを伝えようとする原動力もそこにある。でも今日、自分にしかできない事を成し遂げるための手段、そして、自分の想いを伝えるための手段として起業という選択肢があることを、香川氏は僕たちに教えてくれた。起業を目指す未来の起業家も、ぜひ参考にしていただきたい。