情報通信研究機構(NICT。指宿良太氏、古田健也氏)未来ICT研究所は3月11日、兵庫県立大学と共同で、DNAナノチューブのレール上をプログラムどおりに走るナノマシンを開発したと発表した。これにより、レールに命令を埋め込むことで、ナノメートル(1mmの100万分の1)サイズの「荷物」、つまり分子を仕分ける分子輸送システムが実現した。
分子を自在に制御するナノマシンの研究により、DNAを極小の建築材料として望みの構造物が作れるDNAテクノロジーが発展したものの、その構造物の上を自律的に動けるナノマシンの開発は遅れていた。生物の体内では、細胞内に張り巡らされた「細胞骨格繊維」をレールとして生命活動に必要な物質を輸送している。このシステムを制御可能な形で細胞から取り出すことができれば、生物由来の分子で構成された計算機や、生体内で働く分子ロボットといった画期的な応用につながるのだが、細胞骨格繊維の制御が難しく、実現には至っていない。
また、ナノサイズのマシンの制御にも課題があった。微小なマシンは分子の熱運動による激しいノイズにさらされるため、外部から命令を与えるには、逐一その熱ノイズを大きく超えるエネルギーを加える必要がある。
ただ、生物が本来備えているナノマシンの中には、熱ノイズの20倍ほどの小さなエネルギーで自律的に動ける「生物分子モーター」がある。
そこで同研究グループは、まず細胞骨格繊維の代わりに、制御しやすいDNAをレールとして、ナノマシンを自律的に走らせることを考えた。DNAなら、安定していて、一塩基単位で編集が可能であり、デジタル情報を埋め込むことができ、精緻な三次元構造体を構築できるという利点がある。そして研究グループは、生物分子モーターである「ダイニン」に「DNA結合タンパク質」をつなぎ合わせてDNAに結合して自走するナノマシンを作成。ガラス基板の上に敷設したレールに沿って「DNA塩基配列で書かれた命令」からなる方向や速度などのプログラムのとおりに、ナノマシンを動かすことに成功した。さらにこの技術を使い、DNAナノチューブの分岐点のどちらに進むかをナノマシンごとに制御して「荷物」を自動的に仕分けさせたり、反対に「荷物」を1カ所に集めたりする分子輸送システムを構築できた。
この技術は、電子機器にくらべて省エネであり、膨大な組み合わせを高速に処理できる生物の情報処理システムを応用した次世代情報処理システムの基盤となり得る。しかし、生物が持つ高機能で高効率な天然のナノマシンの動作メカニズムはわかっていない。研究グループは、人工的な分子モーターを数多く作り機能を比較することで、「設計原理に関する情報を帰納的に抽出する」という方法をとった。つまり「作って理解する」というアプローチだ。この研究成果により、「生物が使っている未知の情報処理システムを再構成して理解する研究や、生物分子モーターで一種のチューリングマシンを構成するような研究が可能になり、次世代の情報処理システムを目指した研究にブレークスルーをもたらす可能性がある」と研究グループは期待している。