筆者はSpotをさまざまな設定で操作したことがある。数年前に開催されたTechCrunchのロボティクスイベントで初めてSpotを操る機会があり、Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)本社の障害物コースでSpotを走り回らせた。つい最近は、新しいリモートインターフェイスのテストとして、ウェブブラウザでSpotを操作した。
しかし最近実施されたテスト走行はこれとは話が違う。ボストン・ダイナミクスから正式に認可を受けたものではなかったことが、1つの理由として挙げられる。もちろん、この高度に洗練された四足歩行ロボットはしばらく前から市場に出回っており、一部の進歩的な企業がサンフランシスコの通りでSpotのリモート歩行体験の提供を始めている。
MSCHFの最新プロジェクトがそうしたものでないことは、もちろん驚くには当たらない。ブルックリンを拠点とするこの企業はそれほど単純でないからだ。MSCHFといえば「海賊放送」のストリーミングサービスAll The Streams.FMや、あのおもしろいAmazon Echoの超音波ジャマーを提供した企業である。何よりも同社のイベントは、プライバシーや消費者主義に対する批評や、今回のケースでは、ロボット工学がどうなるかという一種の陰鬱な伏線を示すものとなっている。
世間と同様、MSCHFはボストン・ダイナミクスがSpotを売り出したとき、非常に興味を持った。しかし私たちの大半と異なったのは、7万5000ドル(約818万円)を集めて実際にSpotを購入したことだ。
そして、その背中にペイントボール銃を搭載した。
米国時間2月24日から、ユーザーはMSCHFのサイトからSpotを操縦し、閉鎖された環境でペイントボール銃を発射することができるようになる。同社はこれを「Spot’s Rampage(Spotの大暴れ)」と呼んでいる。
MSCHFのDaniel Greenberg(ダニエル・グリーンバーグ)氏は「2月24日の午後1時(東部標準時)に配信を開始します。4台のカメラでライブ配信を行います。スマートフォンでサイトに接続している間は、Spotを操作できるチャンスが均等にあり、操縦者は2分ごとに交代します。配信は数時間続く予定です」とTechCrunchに話した。
Spotのウェブポータル立ち上げに先立ち、同社はSpotのSDKとSpotの背中に搭載されたペイントボール銃の両方をリモート操作するAPIを構築した。ボストン・ダイナミクスがこの設定にとりわけ不快感を示すのも無理はない。Black Mirror(ブラックミラー)のような警鐘を鳴らすSF小説が伝える負の結末に長年取り組んできた企業にとって、サードパーティーによって銃が搭載されるということは、たとえ塗料を噴射するものであっても、理想的とはいえない。
ボストン・ダイナミクスの担当者によれば、同社は早い段階でMSCHFとの連携に興味を持っていたという。
「MSCHFは、Spotを使って創造的なプロジェクトを行うというアイデアを持ちかけてきました。MSCHFは、多くの創造的なことを手がけてきたクリエイティブ集団です。私たちは話し合いの中で、MSCHFが私たちと連携する場合は、人に危害を加えるような仕方でSpotを使用しないことを明確にしておきたいことを伝えました」。
ボストン・ダイナミクスはペイントボール銃が話題に上ると難色を示し、2月19日にTwitterを通じて以下の声明を発表した。
本日当社は、あるアートグループが当社の産業用ロボットSpotの挑発的な使い方に注目を集めるイベントを計画しているという情報を入手しました。誤解のないように申し上げますが、当社は、暴力や危害、脅迫を助長するような方法で当社の技術を表現することを非難します。当社の使命は、社会に刺激と喜び、プラスの影響を与える、非常に高性能なロボットを創造し、提供することです。当社は、お客様が当社のロボットを合法的に使用する意思があることを確認することに細心の注意を払っています。また、販売を許可する前に、すべての購入依頼を米国政府の取引禁止対象者リストと照合しています。
さらに、購入者は当社の販売条件に同意する必要があります。販売条件には、当社の製品を法律に準拠したかたちで使用する必要があること、人や動物に危害を加えたり脅したりするために使用できないことが明記されています。販売条件に違反すると、製品保証が自動的に無効になり、ロボットの更新、保守、修理、交換ができなくなります。挑発的なアートは、私たちの日常生活におけるテクノロジーの役割について有益な対話を促すものとなる一方で、このアートは、Spotと私たちの日常生活におけるそのメリットを根本的に誤って伝えるものです。
この声明は、Spotを使って違法なことをしたり、人を脅迫したり傷つけたりすることを禁止するSpotの契約書の文言と一致している。ボストン・ダイナミクスによれば、同社は見込み客に対して経歴調査などの「デューデリジェンス」を行っているようだ。
ボストン・ダイナミクスにとって、この妥当性はいくぶん判断しにくい領域にある。同社はMSCHFにアイデアを持ちかけられたのだが、そのアイデアが四足歩行ロボットの使命に沿ったものではないと考え、難色を示した。Spot’s Rampageの公式サイトには以下の記載がある。
当社はボストン・ダイナミクスと話し合いましたが、当社のアイデアは極めて受け入れ難いものとされました。銃を搭載しなければSpotを無料であと2台提供することを提案されたことで、銃を搭載しようという当社の意思はさらに強まりました。もし当社のSpotが動かなくなれば、この小さなロボットの1つ1つに秘密の無効化機能が仕込まれていたということになります。
ボストン・ダイナミクスによれば、MSCHFの「このやり取りに関する理解」は「間違っている」という。
そしてこう付け加えた。「当社には、すばらしい魅力的な体験を創出するマーケティングチャンスが常に舞い込んできます。1台のロボットを販売することにそれほどおもしろさはありませんが、インタラクティブな優れた体験を創出することは非常に魅力的です。MSCHFが当社に提案したものの1つはインタラクティブなアイデアでした。Spotは高価なロボットですが、MSCHFはSpotを誰もが操作できるインタラクティブな体験を作り出したいと考えていました。当社はその考えが非常にかっこよく魅力的なものだと感じました」。
ボストン・ダイナミクスによると、MSCHFは、ペイントボール銃ではなく、Spotのロボットアームを使って、物理的空間にブラシで絵を描くというアイデアを提案した。同社は、ストリーミング配信中にロボットを保守する技術者を現場に派遣し、いくつかのモデルをバックアップとして提供することも提案した。
MSCHFがペイントボール銃を搭載したのは、結局のところ、キャンバスに絵を描くためだけではない。銃を搭載したロボットのイメージは、たとえ塗料を発射するだけであっても脅威的である。これがポイントなのだ。
「こうしたロボットが踊ったりはしゃぎまわったりするのを見ると、ある程度の知性を持つ、かわいい小さな友達だと思います」とグリーンバーグ氏は言い、こう続ける。「失敗して転ぶ姿が親しみやすさを感じます。私たちは、『おっちょこちょい』というシナリオを作り上げて、Spotのシナリオに虚飾を張りました。しかし、Spotの大型版(大型犬)は明らかに軍用の小型車両であり、市当局や法執行機関によって配置されることが多いということは、覚えておく価値があります。結局のところSpotは陸上版の無人航空機なのです。このロボットを操縦して引き金を引くスリルを体験する人は、アドレナリンが急上昇しますが、数分後には独特の寒気を感じて欲しいと願っています。正しい心を持つ人なら誰もが、この小さなかわいいロボットが遅かれ早かれ人を殺すことになることに気づくことでしょう」。
実際、ボストン・ダイナミクスの初期のロボットは、輸送用車両として使用するためにDARPAから資金提供を受けていたのだが、同社はほんのわずかな不気味なイメージさえも即座に遠ざける。ボストン・ダイナミクスは、TechCrunchのロボットイベントで行われたマサチューセッツ州警察の訓練でSpotが使われている映像を公開した後、ACLUから批判を受けた。
同社はこのとき、TechCrunchに次のように語った。
現在当社は、自ら連携するパートナーを選定し、そのパートナーが同様の展望を持ち、人を物理的に傷つけたり威嚇したりするような用途でロボットを使用しないなど、ロボットの用途に対する同様のビジョンを持っていることを確認できる規模にあります。ただしロボットができることと、してはいけないことに対して、現実的な見方も持っています。
MSCHFはイベントの準備を進めているが、この考えには同意している。
ボストン・ダイナミクスはTechCrunchにこう話す。「当社はお化け屋敷にSpotを使いたいというお客様をお断りました。当社のテクノロジーを使って人を怖がらせるという意味で、その用途は当社の使用条件に合っていませんでしたし、当社が描く、人のためになるものではなかったので販売をお断りしたのです。MSCHFとの初めての販売会議においてこのコンセプトが提示されていたら、当社は『Arduinoの四足歩行ロボットならご希望の機能を簡単に搭載できるので、そちらを使ってはどうですか。ご提示になった機能は、当社が示すテクノロジーの使用方法とは異なります』と言ったでしょう」。
しかし、ライセンスを取り消せるかどうかという問題が残っている。利用規約に違反した場合、同社はライセンスを更新しないことを選択できる。それにより、次回ファームウェアの更新時にはライセンスが事実上無効になる。その他のケースにおいては、実質的に保証を無効にすることができる。つまり、保守を提供しないという選択肢もある。
閉鎖された空間で発射されるペイントボール銃は、危害や脅迫、違法行為に該当しないと思われる。したがって、ボストン・ダイナミクスがこの件に関して直接的な行動方針を持っているかどうかは完全にはわからない。
ボストン・ダイナミクスは「現在、この特定のユースケースについて評価中です。当社にはロボットを危険な状態にする改造に関して、他にも利用規約があります。私たちはどのような影響があるのかを確認しようとしています」と話す。
ボストン・ダイナミクス(同社の現代自動車への売却は2021年6月に完了予定)は、危険な場所での日常点検から、最近の口コミ動画での複雑なダンスの動きまで、ロボットができるさまざまなタスクを紹介することに多くの時間を費やしてきた。MSCHFの主な(そして実際には唯一の)用途はインタラクティブなアート作品である。
グリーンバーグ氏は「正直なところ、ロボットに関してはこれ以上の計画はありません。ボストン・ダイナミクスと連携することはもうないでしょう。私たちは同じことは繰り返しません。真の創造力を発揮する必要があります。次に作るのは携帯用カップホルダーかもしれません」と話した。
関連記事
・ロボティクスの先駆者Boston DynamicsのCEOがヒュンダイによる買収後の展望を語る
・Boston DynamicsがSpotを遠隔操作するインターフェース「Scout」発表、リモートでドアを開けられるように
カテゴリー:ロボティクス
タグ:Spot、Boston Dynamics、MSCHF
画像クレジット:MSCHF
[原文へ]
(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)