新型コロナウイルスの感染蔓延は、音楽産業に甚大な影響を及ぼした。ライブのパフォーマンスやコンサートで生計を立てていたアーティストたちは突然足場を失い、収入の確保が難しくなっている。Spotify(スポティファイ)で開発中の新機能は、アーティストが陥っているそうした状況を改善するのに役立つかもしれない。有料のライブ音楽イベントを通じてアーティストとファンを再びつなげるという試みだ。ただし、パンデミック以前のようにファンがライブコンサートを見つけるようにするのではなく、今回は新機能がファンに予定されている「バーチャルイベント」をお知らせする。
この機能は、リバースエンジニアのJane Manchun Wong(ジェーン・マンチュン・ウォン)氏が最初に気付いたもので、展開されているSpotifyアプリではまだ利用できない。
新機能をとらえたウォン氏の写真には、韓国の人気アーティスト「BTS」のSpotifyプロフィールページが写っていて、そこには新しい「今後のバーチャルイベント」セクションがある。イベントをタップすると、ファンはBTSが9月19日にバーチャルイベントに登場するとの情報を得られる。ここでのイベントはBTSが公演することになっている2020 iHeartRadio Music Festival(iHeart Radioプレスリリース)だ。。写真では、このイベントのチケット取り扱いパートナーはSongkickとなっている。
ライブコンサートの代わりにバーチャルイベントを掲載するという変更は、Spotifyにとって難しいものではないだろう。同社はすでにチケットを扱うTicketmaster、Songkick、Resident Advisor、Eventbrite、AXS、そして日本のeplusなどのパートナーと協業している(Spotify FAQサイト)。これらのチケットサイトは、会場でのイベントが新型コロナの影響で延期されたり中止を余儀なくされたりする中で(政府によるロックダウン下ではイベント開催は法律違反になりさえした)、事業を継続させるためにパンデミック中でもバーチャルイベントを扱ってきた。
ファンとアーティストの橋渡しという点で、Spotifyは長い歴史を持つ。同社は2015年にコンサート・ディスカバリー機能を加えた(Variety記事)。ベントのチケットを直接販売してはいないが、リストデータを使い、またユーザーのロケーションに基づいて関心がありそうなファンにコンサートを提案することができる。そしていま、同社はこうしたレコメンデーションをより広範なものにしようとしている。バーチャルイベントでは、近くにいる人だけでなくさまざまな場所にいるファンが参加できる。
バーチャルイベント機能を立ち上げるためには、Spotifyはバーチャルイベントのリストにアクセスできるよう、パートナーとの既存の契約にわずかな変更を加えるだけでいいはずだ。パンデミックの状況からするに、パートナー企業がそうしたオファーを却下するとは考えにくい。契約を新たにすることは、アーティストにとってお気に入りのプラットフォームになるというSpotifyの大きな目標に近く。
いまひとつ分からないのは、Spotifyがバーチャルイベントの追加を社会が通常に戻るまでアーティストの収入確保をサポートする一時的な方法と考えているのか、あるいは長期的にバーチャルイベントマーケットの成長が見込めると考えているのかだ。
現在のところ、バーチャルイベントはパンデミックの影響を受けているアーティストを支えている(Wall Street Journal記事)が、それはほとんどのライブコンサートの代替となるものではない。もちろん、いくつか例外はある。BTSのようなグループは1回のバーチャル公演で2000万ドル(約21億円)を売り上げることができるが、これは稀な例だ。大半のアーティストは、新型コロナウイルスの感染蔓延によってかなりの損失を受けている。これはLive Nation(ライブネーション)の直近の四半期決算からも明らかで、同社の売上高はパンデミックによる公演中止で98%減となった(Billborad記事)。
パンデミック前、ライブ公演はミュージシャンが稼ぐ主要な手段だった。ミュージシャンの収入の75%がライブの公演によるものと推計されている。だがこの数カ月ですべてが様変わりした。皆が知っているように、ライブイベントは中止になったから。
一部のアーティストは「チップ入れ」を置くなどして演奏を試みたり、Facebook Liveで小さなパフォーマンスを流したりしたが、いずれもこれまでのパフォーマンスやコンサートのような規模ではなかった。そうした中で、大きなイベント運営者や専門のストリーミング企業、大手の音楽サービス会社が乗り出してきた。
実際、Spotifyのライブイベントのテストは、音楽ストリーミング企業が似たような動きを展開している中でのものだ。
ちょうど米国時間8月26日にeMusicは、「バーチャルコンサートと収益を上げるためのプラットフォーム」とうたうeMusicLiveを立ち上げようと、7Digitalとの提携を発表した。繰り返しになるが、バーチャルでライブパフォーマンスを開催する方法を構築するだけでなく、アーティストがそうした手法で稼げるようにするのが狙いだ。
また8月25日には、Napster(ナップスター)を所有するRhapsody(ラプソディ)が没頭型音楽パフォーマンススタートアップのMelodyVRに買収された(未訳記事)。MelodyVRはバーチャルコンサートパフォーマンスを展開している。同社はまた、大規模な集会を禁止する新型コロナ規則が展開されるなかで、Live Nationやその他の大手イベントプロモーターともイベント開催で協力している。MelodyVRはバーチャルコンサートをギアに持ってくるという大きな野望を抱いていて、ここにビデオ体験とともに膨大なストリーミングカタログを提供するというメリットを加えようとしている。
MelodyVRの他に、音楽産業との結びつきを深めているTwitch(ツイッチ)もバーチャル音楽パフォーマンスサービスの構築に関心を持っている(CNCB記事)と報道されている。また、Apple(アップル)が2018年に密かにPlatoon(プラトーン)を買収したことも忘れてはいけない。Platoonは、おそらくライブパフォーマンスの開発という名のもとにアップルが人材を見つけて獲得したり、アーティストと協業したりするのをサポートできるA&R専門家の集団だ。
こうした各社の取り組みは何年にもわたって収益を着実に増やし、ライブストリームマーケットを前に進めるのに役立つかもしれない。Billboardが報じたように、バーチャルコンサートプラットフォームStageIt(ステージイット)のデータによると、ファンは2011年に30分のライブストリームに平均3.75ドル(約400円)を払った。この額は今では16.50ドル(約1760円)に増えている。パンデミック前に、PricewaterhouseCoopers(プライスウォーターハウスクーパース)は、ライブの音楽イベントが2020年に288億ドル(約3兆700億円)を売り上げると予測していた(Wall Street Journal記事)。しかしバーチャルステージに取り組む中で、Spotifyがこのマーケットの可能性を取りに行くかどうかはまだわからない。
同社は今後の展開についてコメントしていない。
画像クレジット: stockcam / Getty Images
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(翻訳:Mizoguchi)