WhatsAppの物語は、シリコンバレーの通説を覆す

編集部注:Semil Shahは、Swellの製品開発に携わり、TechCrunchのコラムニストも務める投資家である。彼のブログはHaywireで、Twitterアカウントは@semil

シリコンバレーやIT業界全般には、さまざまな慣例的通念がある。それらはブログ投稿、ツイート、無数のメッセージボードなどで生まれ、取り込まれ、共有されていく。これらのメディアの利点は、豊富な知識の宝庫にアクセスできることだが、コストもある。われわれ全員が同じ脚本を見せられ、そこには同じ慣習が書かれており、特にそれがエコー室で増幅された時、注意していないとわれわれはその慣習を信じて、予測可能で面白味のない行動や生活になってしまう。

多くの読者と同じく、先週のWhatsApp買収騒動は私をとりこにした。これを例外中の例外(実際その通りである)と片付けるのは簡単だ。たしかにこれは極端な例外的事象だが、だからといって検証しない理由にはならない。実際このニュースはハレー彗星のようなもので、スタートアップに関わる者全員が仕事を中断し、外へ出て、ネットで読んだことしかない何かを一瞥しようと空を見上げる、そんな生涯に一度の出来事だ。こうした状況で、私はこれまでの「教訓」や通念を思いだし、WhatsAppがそうした通念のいくつかに挑戦しているところを検証せずにはいられない。

「Yahoo!には人材がいない」 様々な理由により、Yahooはマスコミやソーシャルメディアに叩かれる。この会社はいくつもの問題を抱え、その対処に追われ続けているが、その結果従業員や出身者は格好の標的になる。WhatsAppのファウンダー2人はかつてYahooで働いていた。彼らはネイティブモバイルアプリを、多くのプラットフォーム向けに開発し、複雑な国際通話システムを開発するためのチームを率いていた。

「Facebookのような会社には最高の人材がいる」 WhatsAppのファウンダーの1人は、Facebookの求人に応募して不採用になったことがある。私は、無数のスタートアップがビッグネーム企業から「そこそこ」の人材をリクルートしようと必死になるところを見てきたが、輝くものすべてが金ではない。

「消費者製品の重心はシリコンレーからサンフランシスコへと移った」 まあこれは概ね真実だが、WhatsAppの本社はまだシリコンバレーのど真ん中にある。彼らの事務所には看板すらない。街の明るい照明から隠れている彼らは、広報活動をはじめ今日のスタートアップのライフスタイルを象徴するような行動とは無縁だ。

「最高のファウンダーは比較的若い」 WhatsAppのファウンダーたちは30代半ばから後半。

「モバイル製品は楽しく美しくあるべきだ」 私はこのフレーズを聞くたびに身を震わせる。もちろんアプリは見映えが良くあるべきだが、まずは何らかの問題を解決したり何らかのサービスや娯楽を提供するべきだ。WhatsAppはただひたすら人々のために働く。凝った機能はない。解決すべき問題を解決し、以下のプラットフォームをサポートしている:iOS, Android, Blackberry, Windows Phone 7, Nokia, S40, Symbian S60等々。

「モバイルファースト。iOSとAndroid版を作れ」 Whatsappチームはあらゆる種類の携帯電話のための製品を作ることに挑戦している。その多くはこのブログの読者が触ったこともない機種だ。 J2MEの走っている古いNokiaやSamsungの端末までサポートしている。

「パーソナル・ブランディングは重要である」 WhatsAppのファウンダーたちに個人的なブランドはない。IT業界の1000人に聞いて、この会社のファウンダーか社員の名前を言えるのは5%以下だと私は予想する。

「自分のスタートアップの株は持ち続けろ」 私が思うに、初期段階にあるファウンダーの多くが自分のスタートアップの価値を高く評価しすぎている。たしかにどんな小さな会社も多くの血と汗と涙の結晶だが、競争が激しく人材も分散している今、かつてのような株や人材に関する常識は時代遅れだ。その意味で私は、ZuckerbergがWhatsAppをパートナーとして迎えるために、Facebookのかなり大きな部分を手放し、WhatsAppのファウンダーの1人を取締役に加えたという積極性には敬意を表する。Zuckerbergは、財産をためこむより、目前に迫る戦いのためにパートナーと組むことの方が重要だと気付いている。

「金のことは心配するな。とにかく成長しろ」 WhatsAppは両方をやった。プラットフォームによって、WhatsAppは1ドル程度の料金をとることも無料のこともある ― さらに、最初の1年を過ぎると年間1ドルの定期利用料を課金する。WhatsAppは運用に費用がかかるため、大した儲けにはならないが、少なくともキャッシュフローを持っているので、近年の資金調達プロセスにわずらわされることなく自分のペースで運用できる。

他にも破られている慣習はある。例えはWhatsAppは、残してきた足跡と比べて会社は小さく、わずか50名ほどの社員でエンジニアとサポートがほぼ半分ずつだ。あるいは、なぜシリコンバレーで最も成功しているベンチャーキャピタル会社 ― Sequoia ― が投資の成功やスタートアップの成長を吹聴してこなかったのか。ベンチャーと言えば、なぜこのベンチャーキャピタルは、ソーシャルネットワーク第一の波に乗り遅れ、崩壊したColorに大枚を注ぎ込みながら、その後3年間にWhatsAppに投資をして、ベンチャーキャピタル史に残る内部収益率を上げるに至ったのか。

検証方法はいくらでもあるが、ここで重要なのは、この稀有で輝かしい出来事を「一時停止」ボタンにして、われわれ自身やわれわれの製品や会社が、人から言われたり、さらされたり、どこかで読んだりした古い慣例に沿っているのかどうか、もう一度見直してみることだ。

私は、ルールをすべて捨ててカオスに身を投じろと言っているのではない。しかし、見直してみるには良い時期だ。これらの慣例的偏見を、仕事あるいは生活にあてはめていないだろうか。採用戦略や、収益化や成長への過程、製品デザインは慣習に引きずられていないだろうか。何度も耳にしたり、Twitterのフィードに何度もでてくることは容易に信じやすい。しかし、真実でなくてはならない! WhatsAppが例外中の例外になった理由は、通説を意識的に破壊してきたらなのか、知らずに無視していかららなのか、あるいはどちらてもないのだろうか。

Image by Flickr user Robert S. Donovan under a CC BY 2.0 license

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi / facebook


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。