我々を殺すのはAIではなく「何もしないこと」、シリコンバレーは災害やパンデミックといった現実の問題を解決する努力をすべきだ

この1年間、私たちの多くは存亡の危機について考えながら過ごしてきた。非常食セットから核バンカーまで、サバイバル用品の売り上げは増加しており、Twitterで1日中ドゥームスクローリング(ネットで悲観的な情報を読み続けること)をしていると、少なくとも文明崩壊の可能性が話題にならない週はないように感じる。

しかし、テック業界に長くいると、存亡の危機に関する「現実の問題」と「憶測に基づくシナリオ」との間に驚くほどのずれがあることに気づく。

シリコンバレーでは「実は今、偏屈な生物学博士が小さな実験室にこもって、個人あるいは全人類を暗殺できる特別な病原菌を作っているのだ」というようなシナリオが話のネタとしておもしろおかしく話題にのぼっている(ゲノム編集技術の略称「CRISPR」を使って話せば、よりそれっぽく聞こえる)。他にも、コロナガスの噴出や電磁爆弾のようなものが頻繁に発生して、すべての電力供給を停止させる可能性があるというシナリオや、世界中のすべてのCPUが同じコード行に対して脆弱であるという(おそらくMeltdownやSpectreから発想を得た)ある種のハッキングシナリオもよく耳にする。

しかし、ここ1年を振り返ってみると、私たちには、問題を認知する際に偏った思い込みをしてしまう傾向があることに気づく。つまり、憶測にすぎないリスクについては考え過ぎるのに、文明的な生活を脅かしかねないありふれたリスクについてはあまり考えていないのだ。

確かに、先ほどのようなシナリオはおもしろく想像力に富んでいて「仕事は何をしているの?」なんていう話を続けるよりもずっとZoom飲み会を盛り上げてくれる。

しかし、ここ1年を振り返ってみると、私たちには、問題を認知する際に偏った思い込みをしてしまう傾向があることに気づく。つまり、憶測にすぎないリスクについては考え過ぎるのに、文明的な生活を脅かしかねないありふれたリスクについてはあまり考えていないのだ。

新型コロナウイルス感染症は、文字どおり何十年も前から何らかのかたちで予測されてきた、あまりにも明白なパンデミックの例である。しかし「想定済み」だったはずの災害に遭遇した例は他にもある。2021年2月、テキサス州のエネルギー供給網の多くが故障したために数日間にわたって停電し、数百万人の人々が、それまで地元で経験したことのない寒さに耐えなければならなかった。電磁爆弾が落とされたわけではないのに、これだけの被害が生じたのだ。またカリフォルニアの山火事シーズンが拡大し、人命が失われ、大規模な停電や何十億ドル(何千億円)もの損害が発生した。空を象徴的なオレンジ色に染めたのはハリウッドの特殊効果ではない。2021年1月には「ソフトウェアの問題」により東海岸のあちこちでインターネットが使えなくなったし、クリスマス休暇中にはナッシュビルで単独犯による自爆テロのせいで通信施設が破壊され、都市部の通信回線の大部分がダウンした。

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ここで問題の認知にずれが生じる。私たちはすでに文明的な生活を脅かされたことがあるのだ。ただ、これまではその期間や範囲が限定されていた。2月はテキサス州、2020年はカリフォルニア州で大規模な停電が発生したが、全土で停電したことはない。同じく、東海岸とナッシュビルでインターネットが使えなくなったが、時間差があったし、全土で同時にインターネットが使えなくなったことはない。パンデミックが発生し、ウイルスの拡散を抑えるために世界の大部分で学校や店舗を定期的に閉鎖しなければならなくなったが、文明的な生活が消滅してしまったわけではない。人口の10%がNetflix(ネットフリックス)を使えている限り、このパンデミックでさえも大した災害ではないと思えるくらいだ。

汎用人工知能や、AIの能力が人類を超えるというシンギュラリティ(特異点)の概念、火星への避難について話している人たちがいるが、目の前の現実では、何千カ所ものダムに信じられないほど大きな負担がかかっており、これらのダムのいくつかが決壊すれば、今後数年間で何百万人もの人々が命を落とす可能性がある。これは仮定の話ではない。ダムの構造物が耐用年数に達し、次第に崩れやすくなると、ダムは予測に違わず決壊する。

私たちはなぜか、このような身近に迫る深刻な事態をリスクとして認識することを避けるようになってしまった。数年前は極度の非難を受けていたAWSの障害が、今ではZoom会議から私たちを解放してくれるものになった。停電は新たな日常にすぎない。パンデミックについては、私たちすべてが期待している回復を変異ウイルスが脅かし始めているとしても、現段階でわざわざマスクをする意味はないと考える人もいる。ある同僚が私に言ったように、電池式のラジオを買うべきだ。すぐに必要になるだろう。インターネット通信が突然使えなくなる可能性を想定すべきである。

シリコンバレーを起業家精神あふれる場所にしているソリューショニズムは、存亡にかかわる非常に日常的な脅威を解決するという方向に向かうことはないようだ。送電網の故障は防ぐことができる。インターネットは、障害を迂回し、わずか数カ所の中央データセンターや電話局のみを拠点することはないように設計されているはずだ。これにより不正なパッチや妨害者が世界のGDPが低下させることはない。医療システムはアウトブレークを制御することができる。私たちはどんな戦略を取るべきかを知っている。ただその戦略を実行できさえすればいいはずだ。

回復力と計画性には、シリコンバレーが得意とする分析力が役に立つ。それなのに、シリコンバレーにはその回復力と計画性が欠如している。そして、それ以上にいら立たしいのは、このような大惨事にあっても行動をまったく起こさないことだ。この1年でわかったことは、政府も会社も一般市民もすべてが完全に無気力状態にあり、災害が起きた場合の備えを明らかにまったくしていないことだ。

私は、人々を病院に案内したり、データを追跡したり、ワクチンを見つけるように人々を指導したり、初期の慌ただしい時期にマスクを探したりする、新型コロナウイルス感染症から生まれたクラウドソーシングのプロジェクトを非難したいわけではない。このようなプロジェクトは、たとえうまくいかなくても重要であり、豊かで新しい市民生活を象徴している。しかし重要なのは、現場での行動の欠如をキーボードで完全に補えると考えないことだ。テック業界では、あらゆる問題を解決するためにウェブアプリを開発することを好むが、Pythonコードだけで対応できる災害などないに等しい。

テックコミュニティで私が見つけた唯一の例外は、Googleの共同創設者であるSergey Brin(セルゲイ・ブリン)氏だ。彼はGlobal Support and Development(GSD)という災害救援チームとともに世界規模の災害対応能力を築くことに時間とリソースを費やしたようだ。Mark Harris(マーク・ハリス)氏は2020年、この取り組みに関して詳細な記事を書いている

GSDはこの5年間、新型コロナウイルス感染症のパンデミックをはじめ、注目を集めたさまざまな災害が発生した際、ひそかにハイテクシステムを使い、迅速な人道支援を行ってきた。ドローンやスーパーヨットから、巨大な新しい飛行船まで、チームが期待する幅広いハイテクシステムを使えば、支援物資を被災地に簡単に輸送できるようなる。

このような取り組みをもっと増やすべきだ、しかも、今すぐに。

存亡リスクは常にハイテク業界の中心にある。ラジオ放送の「宇宙戦争」、マンハッタン計画から、1960年代のAIや人工頭脳工学、80年代のサイバーパンクや気候パンクなどのあらゆるパンク、そして今日の汎用人工知能やシンギュラリティ(特異点)に至るまで、自分たちが作る技術の進歩が、現代の世界に大きな影響を与える可能性があることを私たちは知っている。

今こそ、現在利用できるツールを使って、クレイジーな憶測に基づく未来ではなく、現在の世界が直面している大混乱と課題に目を向けるときである。私たちの主要な課題のほとんどは、単に解決可能であるだけでなく、時間をかければ事態を大幅に改善できるものである。しかしそのためには、恐怖をあおる憶測に対してばかり危機感を感じるのではなく、ありふれた日常的な問題(でも最終的には確実に私たちを苦しめる予測可能な問題)をリスクとして認知するよう、意識的に努力することが必要だ。

カテゴリー:その他
タグ:コラム自然災害新型コロナウイルスGlobal Support and Development

画像クレジット:Allkindza / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。