ローンチから2週間で黒字化―、インドのビジネスメディアThe Ken

元記者や元起業家から成る4人のチームが、インドの”崩壊した”ビジネスメディアに変革をもたらすと共に、高品質のジャーナリズムに対してお金を払う個人・企業がインド国内にも存在するということを証明しようとしている。

欧米ではサブスクリプションベースのメディアの人気が高まっており、The New York Timesデジタル版のユーザー数も、トランプ大統領の当選後急増した。テック業界で言えば、元Wall Street Journal編集者が創刊したThe Informationが、トレンド情報とニュースの融合で人気を博しているほか、台湾在住のライターBen Thompsonが発行している、分析記事を中心としたニュースレター兼ブログのStratecheryも、サブスクリプションモデルが儲かるということを証明してきた

しかし今回の話は、大人気のプロダクトでさえマネタイズに苦しむと言われているインドが舞台だ。iPhoneを例にとれば、インドの年間売上台数よりも、新モデルがローンチされたときの週末の売上台数の方が多く、Netflixのような中毒性の高い(かつiPhoneよりもずっと安い)サービスでさえ、これまでのところインドでは大衆の支持を集めることができていない。

まずはビジネス報道から

そんな状況の中、バンガロール発のThe Kenはサブスクリプションベースのニュースサイトを運営しており、1日1記事を有料会員のもとに届けている。年間の利用料は、インド国外のユーザー向けが108ドル、国内ユーザー向けが2750ルピー(42ドル)。

月額10ドルや四半期額25ドル/900ルピー(13.5ドル)のプランも準備されているThe Kenのサービスは、これまでインドで誕生したサブスクリプションベースのメディアとしては、1番注目を浴びている。記事のカバー範囲は、創刊メンバーの経歴に沿って、今のところテクノロジーやビジネスが中心だが、将来的に彼らは他の分野の情報も扱っていこうとしている。

「私たちは、単にスタートアップの情報だけを扱っていると思われたくないんです。そうなってしまっているメディアは多く見かけますしね」と共同ファウンダー兼CEOのRohin DharmakumarはTechCrunchの取材に対して語った。「今後は記事のカバー範囲を拡大して、毎日読んでも退屈せず、ちょっと意外性もあるニュースを読者に届けたいと考えています」。

古い英語で「知識」を意味する「ken」という単語を名前に冠したThe Kenは、読者のコミュニティをビジネスの中心に据えている。主なコミュニケーション手段としてはメールが使われ、11人のThe Kenのライターが交代しながら、それぞれのユーモアや考察が含まれたニュースレターを、有料・無料ユーザー両方に対して毎日送付している。また、誰でも読める週刊の無料記事も発行されており、彼らはそこから新たな有料ユーザーの獲得を狙っている。

毎日ユーザーに送られるニュースレターの例

またThe Kenは、広告収益モデルを採用せずに読者を増やすため、単純な有料購読以外のモデルも色々と試している。これまでに彼らは、モバイルウォレット大手のPaytmからの支援を受けて1週間分のフリーパスを提供するなど、スポンサーの協力を得つつも、広告や販促記事を掲載せずに、無料のコンテンツを公開してきた。さらに現在は、企業向けの購読プランの導入準備も進められている。

記事を読むだけのプランや1日限定のプランは、The Kenが提供するエクスペリエンスを薄めてしまい、長期的なビジョンやコミュニティの創生を妨げることにつながる可能性があるため、そのようなプランを準備する予定はないとDharmakumarは説明する。

Make Media Great Again

実は私もThe Kenの有料ユーザーだ。情報収集が私の仕事の一部ということ以外にも、私はテクノロジーが日常生活にディスラプションを起こす様子を観察するのが好き、というのが購読の理由だ。テクノロジーが日常生活のほぼ全ての側面を刻一刻と変化させている新興市場の様子は、見てて飽きることがなく、特に10億人以上の人口と多様な文化を誇るインドでは、テクノロジーの持つ影響力が新興国の中でも最も大きいと言われている。一方で、その様子を明瞭に、面白く、そして何より正確に伝えられるメディアがインドにはほとんど存在しない。

最後の点に関連し、Dharmakumarはインドの消費者全体がメディアに対して関心を失っていると考えており、それがThe Ken誕生のきっかけになったと彼は説明する。

「インドのビジネスジャーナリズムが崩壊してしまったというのは明らかでした」と彼は話す。「市民は実質的に新聞を読まなくなり、新聞からの情報収集をやめてしまったんです。しかもこれは若い人に限ったことではなく、経験豊富な投資家でさえ、最新情報をソーシャルメディア経由で集めるようになってしまいました」。

「記事の内容は低レベルかつバイアスがかかっている上、文字がぎっしりと詰まっており、次第に消費者は報道内容に共感できなくなり、新聞に何の価値も見いだせなくなってしまったんです」とDharmakumarは付け加える。

そこで、先述のサブスクリプションベースのメディアからヒントを得た(特にDharmakumarはThe InformationとStratecheryを例として挙げている)創刊メンバーの4人は、「インドのビジネスメディアに関して誰かが何かをしなければいけない」と感じ、The Kenをはじめたのだ。当初はソーシャルメディア上にポストの形で記事を配信していたThe Kenだが、その後、読者とコンテンツの間に購読というバリアを設けようと、サブスクリプション制のニュースレターの発行を開始した。

有料ニュースレターがうまくいったことを受け、彼らは有料ユーザー向けにThe Kenのウェブサイトを立ち上げることにした。

現在どのくらいの数の購読者がいるかについては明らかにされていないが、Dharmakumarによれば、現時点で彼らが予測していた購読者数は超えているという。確かにThe Kenは、ウェブサイトのローンチから2週間で黒字化し、2月には合計40万ドルを複数の著名エンジェル投資家から調達していた。さらに投資家の中には、インドの有名テックスタートアップPaytmやTaxiForSure、Freshdeskのファウンダーも含まれていた(Paytm CEOのVijay Shekhar Sharmaは、The Kenの他にもFactorDailyを筆頭とした複数のインドのニュースサイトに投資している。なおTechCrunchでは、The Kenと並ぶ野心的なメディア系スタートアップのFactorDailyについて、以前公開された記事の中で触れていた)。

「最近のスタートアップ界の基準から見れば、40万ドルというのは大した金額ではないかもしれませんが、対象を絞った効率的なメディアビジネスをつくる上ではかなりの金額ですし、私たちは初日から売上をあげることができました。またこれまで私たちはジャーナリストとして、早い段階で多額の資金を調達した企業が、目的や情熱を失っていく姿を何度も見てきました」とDharmakumarは、読者宛の資金調達に関するニュースの中に記した。

「何年も前に方向性を失いだしたインドのビジネスジャーナリズムでは、新鮮味に欠け、一方的でレベルが低く、面白くない記事が量産されてきました。私たちは、このような既存のビジネスメディアとは全く逆の記事を読者に届けるために、どんな苦労も惜しみません」とも彼は書いている。

メインストリームメディアへの成長

現在のメディア界について批判的な意見を表明している一方で、CEOのDharmakumarは、The Kenがインドの既存のメディアシステムを壊そうとしているのではなく、むしろ既存のシステムの中でビジネスを展開しようとしていると語った。

「私たちは新聞を含む従来のメディアを完全に代替しようとしているわけではありません。The Kenは、既存のメディアを補完するような存在です」と彼は話す。「新聞やニュースで何が起きているか知った人に対して、私たちは、その次に何が起き得るのか、誰がどう関わっているのか、何が狙いなのかといった情報を提供しようとしているんです」。

これから半年程度は、現状のサービスを続けつつ、購読者数およびコンテンツ量の拡大に努める予定のThe Kenだが、その後はカバー範囲を拡大して、読者に幅広い情報やニュースを伝えられるようにしたいと考えている。

さらにDharmakumarは、当初のターゲットだったビジネスマンやテック業界に注目している人以外にも、読者層を広げようとしている。

「ビジネスニュースは自分に関係ない、と考えているような若い人にも私たちのニュースを届けていきたいと思っています」と彼は説明する。

直近のニュースとして、Android・iOS対応のアプリが近々公開予定で、読者はメールやウェブサイト以外の方法でThe Kenのニュースにアクセスできるようになる。他にも、各記事へのコメント欄の設置や、読者が記者と直接やりとりできるSlackチャンネルの開設などが予定されており、将来的にはこれらの新機能が編集の方向性や記事内容に影響を与える可能性もある。

The Kenの詳しい情報については、彼らのウェブサイトで確認してみほしい。

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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。