TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型のイベント「TechCrunch School」で、2017年3月から5回にわたって人材領域をテーマに開催してきた「HR Tech最前線」。その第5弾となるイベント「TechCrunch School #13 HR Tech最前線(5) presented by エン・ジャパン」が3月22日に行われた。
イベントの前半部分をお伝えした前編に続き本稿では、昨年7月のイベントから2度目の登壇となる及川氏を中心に「エンジニア人材の採用、教育、評価」について話を聞く、パネルディスカッションの後半部分をレポートする。
登壇者は前半と同じく、プロダクト・エンジニアリングアドバイザー(フリーランスコンサルタント)の及川卓也氏とグロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー/Chief Strategy Officerの高宮慎一氏、そしてエン・ジャパン 執行役員の寺田輝之氏。
及川氏は米Microsoft、Googleを経て、Qiitaを運営するIncrementsで勤務した後、現在はフリーランスとしてスタートアップを中心とした企業の支援を行っている。高宮氏は、ベンチャーキャピタルとしてスタートアップに投資をしながら経営に参画する立場。そして「HR Tech最前線」シリーズの全イベントに登壇してきた寺田氏は今回、HR Techサービス提供者であり、スタートアップ成長期の経験者でもある立場から、半ばモデレーター的な役割で参加してもらっている。
ミスマッチをなくすための企業の基準作りと採用プロセス
イベント後半では、まず2017年7月に行われた「HR Tech最前線(2)」でも紹介された、エン・ジャパン調査による、エンゲージメントに関するアンケート結果が取り上げられた。
「中途採用した人材が早期に活躍する(エンゲージメントを高める)ために最も大切だと思われることは?」という設問に対し、圧倒的に多かった回答は「ミスマッチのない採用」だった。この結果について寺田氏は「結局はエントリーマネジメントが大事ということ」と述べる。
「入社後に、企業カルチャーを説明したり、評価で辞めそうな人材を引き留めようとしたりするのは、どのようにしても後の祭り。エントリーマネジメントをしっかりするというのが一番、社員の活躍につながるポイントだ」(寺田氏)
ではエンジニア採用で、ミスマッチのない採用のための仕掛けづくりとは、どのようなものなのか。及川氏に尋ねたところ、企業の基準をきちんと作ることと、基準が候補者に合っているかどうかを確認するための場として採用プロセスを設計することが大事になる、ということだ。
基準作りについては、エンジニアから企業を見たときの3つの視点で説明があった。1つめはほかの職種と同じく、給料や職場環境、福利厚生などの条件。ただし及川氏によれば、エンジニアの場合、これらの条件の良さへのこだわりは「ほかの2つに比べるとそれほど強くない」という。
2つめはその企業のビジョンに対する評価。エンジニアを採用するということは製品やサービスを提供する、ということになるが「それによって社会がどう変わるのか、人々の生活はどのように良くなるのか。それに候補者がどれだけ共感を覚えられるか」が大事だと及川氏は言う。
3つめは「技術者として面白いかどうか」。技術者として成長していきたいという人にとって、「自分が使いたい技術をその企業が使っている」あるいは「自分が既に持っているスキルをフル活用できる」などなど、人によって価値は違えど、そうした価値観をエンジニアは重視する、と及川氏は話す。
「この3つの部分を『我々の企業はこういうふうです』といかに企業が提示できて、ミスマッチがないようにしていくかが大事」と及川氏は続ける。
「実はこれを言語化できていないことが多い。言語化できていないと、そもそも募集要項にそういった“思い”が入ってこない。かつ、採用プロセスが始まって社員が書類選考し、面談していくときにも判断基準がバラバラになってしまう。結局よくわからない人が入社して、実はミスマッチだった、ということが起こる」(及川氏)
及川氏は「言語化といっても、きれいな言葉にしておかなくてもいい。『どういう人材を我々は迎え入れたいのか』ということを決めておくことが必要だ」と話す。そして「それができたら次に、採用プロセスの場でそれをきちんと確認していくことだ」と続けた。
「採用プロセスというのは、採用候補者が自分たちの仲間として社内に入ったときのシミュレーションをする場だと考えるといい。エンジニアの場合なら、ある機能を開発しようとするときの設計について議論をしてもらう。(その人が入社して)コードを書いたらコードレビューがあって、ほかのエンジニアがそのコードを見ることになる。それと同じことを面接の場でやる。技術的な内容を聞くということが大事」(及川氏)
具体的には次のように進めるとよいそうだ。「候補者の過去のプロジェクトの内容でもいいし、今その企業が抱えている課題を抽象化して伝えるのでもいい。例えば『こんな感じのシステムを作ろうと思っているが、このデータベースのところにアクセスがたくさん集まったときの負荷処理をどうすればいいと思いますか?』とか。入社したらやるかもしれない話を、30分なり1時間なりといった面接の場でしてみるといい」(及川氏)
採用時のコードチェックについて及川氏は「しない会社が多いようだが、Googleでは行っていた」とその内容を説明する。「ホワイトボードに擬似コードでもいいから書いてもらい、それに対してチェックをする。これはもちろん、コーディングスキルやアルゴリズム、システム設計に対する能力を見ているのだが、同時に、社内に入ったときにコードレビューでやるようなプロセスでもある」(及川氏)
コードチェック実施のメリットについて、及川氏は「(コードが)間違っていてもよいのだが、間違っていることを指摘したときにどう答えるかだとか、採用側が出した質問がわからなかったときに、どのように質問を返してくるかといったことを面談の場で見ることによって、求める人材とのミスマッチを面談、採用プロセスの時点で解消することができる」と話していた。
ここで寺田氏から「エンジニアの採用基準を作る際、非エンジニアしかいない場合はどう基準を作ればよいのか」、また「今いるメンバーより良いエンジニアを採用したいときに、現メンバーで採用基準を作るのは難しいと思うがどうすればよいのか」という2つの質問があった。
及川氏は「非エンジニアがエンジニアの採用基準を作ってはいけない」と言う。「どうにかしてエンジニアのスキルを入れない限り、『社会人としては極めて立派だけど……(エンジニアとしてはいかがなものか)』という人が採用されかねない。もちろん仲間として迎え入れるときに技術的な能力以外のところを見る必要もあるので、そこに非エンジニアの方が入ってもらうのはいいと思う。ただ技術者として採用するためには技術軸が必要。自社にエンジニアのマネジャーがいなかったとしても(現場の)エンジニアの意見を入れるなり、外部の方にアドバイスをもらうなりして、技術的な軸を入れるべきだ」(及川氏)
また2つ目の質問に対しては「自分より上の人を入れることができない、その軸が作れない、ということは、採用とは別に、その組織が技術的に欠陥を抱えている可能性がある」と及川氏は答えている。
「今や、クラシックでレガシーな大企業以外であれば、多くの企業のエンジニアは自分の会社の狭いコミュニティだけでなく、外のコミュニティと触れ合っているし、触れ合っていなければ成長はない。首都圏に住んでいれば毎晩のようにどこかでIT系の勉強会もあるし、オープンソースのコミュニティもある。Slackなどでいろいろな意見交換もしているし、技術者の間で話題になるようないろいろなブログもある。外の世界との接点があれば、自分の周りだけでは『どんなエンジニアが優秀であり、どんな人と働きたいか』ということが見えなかったとしても、外を見てわかるものだ。それをある程度、基準として入れていくようにすればいい」(及川氏)
それができないのだとすれば、まず採用の前に自社のエンジニアに「もっと外の世界を見るようにさせてあげる」ことから始めるべき、と及川氏は言う。
評価基準づくりにはリバースエンジニアリング的手法が効く
採用に続いて、エンジニアの評価に関する話題に移った。MicrosoftやGoogleなどグローバルなエンパイア企業とスタートアップ、両方を経験した及川氏に、成長企業で評価制度をどのように設計していけばよいのか、事例も交えて聞いてみた。
及川氏がMicrosoftやGoogleに入社した頃は、現在に比べればまだ小さいが、それでも既に数千人規模の組織。「マネジメントもしっかりしていて、評価制度もかなりカッチリしていた」という。
「職種・職位のマトリックスがあり、それぞれの位置で期待されることがあって、それが何軸かに分かれていて、実際のエンジニアとその内容を比較することによって評価が行われる。360度評価や数階層のキャリブレーションもあって、かなり確立した立派な仕組みだった」(及川氏)
そうした「立派な」制度を、例えばエンジニアがまだ数十人しかいないようなところに導入しようとしても「ヘビーウェイト過ぎて全く機能しない」と及川氏は言う。「逆に評価のプロセスが多すぎて、(本来行うべきことに手が付かず)評価を行う月の生産性が悪くなる、ということになりかねない」
及川氏は、多くの企業での評価基準の作成方法について「企業のビジョン、ミッションからコアバリュー、そして評価基準へと、トップダウンで、コンセプチュアルなベースから落ちてきている」と話す。
そして「それは悪くはないんだけれども、(基準が)あまりにも立派で、技術者としては関係ないものだったり、(良いとされている基準について)全部が丸な人がいたとしたら逆に人間として気持ち悪い、というようなものになっている。そのため、できあがった評価基準を実際には使っていないことが多い」という。
そこで及川氏は「評価基準はせっかく作ったものなので、それはそれとして使えるようにしつつ、エンジニア向けにはボトムアップ型でリバースエンジニアリング的な評価のやり方を、自分が支援する企業には勧めている」ということだ。
その方法を、AIによる画像認識になぞらえて具体的に説明してもらった。「画像認識でネコかネコじゃないかを判定するには、特徴量を抽出していって機械が判定する。それと同じことを評価でやろうとしている。例えば10人のエンジニアがいたら、10人を1から10まで並べてもらう。そして『なぜそのような順位にしたのか』理由を書いてもらう。これを1人がやるのではなく、できれば2人か3人のリーダークラスが、またはドラスティックにやるならエンジニア全員が、自分も含めた周りのエンジニアを全部ランク付けする」(及川氏)
及川氏は「ほかの職種でもそうかもしれないが、エンジニアって『できるエンジニア』がわかる。また『できないエンジニア』もわかる」という。ただし単にランキングのためにこの評価方法を使うのではない。
「順位を並べて書いてもらうときに『なぜか』を書いてもらうと、『この人はコーディングがめちゃくちゃ早い』とか『この人はコードレビューのときに非常に丁寧に教えてくれる』とか『この人は誰も見ていないけれども、お客さんからバグ報告が上がったらすぐに再現テストをし、バグ登録をし、時間があったら直している』といったことが書かれている。全部ができればいいが、これらはだいたいトレードオフ。コーディングが速かったらクオリティーがちょっと落ちてしまうこともあるかもしれない。すると書かれた『なぜか』で、その組織において大事にしていることがわかってくる」(及川氏)
そこで書かれたことをピックアップすることによって、その会社がエンジニアリング組織において、どういうことを大事にしているかがわかる。「これぞまさしく(機械学習でいう)特徴量抽出。それを採用基準のほうにも混ぜていくとよい」と及川氏は語る。
評価するエンジニアの数が少ない場合は、今までに採用面接をしてきた人もランク付けの中に入れてみるとよいそうだ。採用しなかった人を「なぜ落としたか」、理由を見ていくと評価の価値基準に持ってこられるものもある、と及川氏は話す。「そういうのも含めて、コンセプチュアルな評価とリバースエンジニアリング的な評価を混ぜていけばいいんじゃないかな、と思う」(及川氏)
高宮氏は及川氏が紹介した手法を「エース営業マンの行動特性を分析して、それをロールモデルにしていくときと同じやり方だ」と言う。「しかも副次的なメリットとして、キャリアパスが見えるようになる。エースを師匠としたロールモデルにすることで、その先どういうところへ行き着けるか、組織の中で自分がどうキャリアを立てていくのか、先が見えてキャリアプランニングがしやすくなる」と人材の成長にも効果があると、高宮氏は話している。
OKRは個人の評価と連動させてはいけない
ここからは会場の質問に答える形でディスカッションが進められた。最初は及川氏への質問で「OKR(Objective and Key Result:目標と主な結果)を個人の評価に用いるべきか。GoogleではOKRを個人の評価・給与に活用していたか」というものだ。
四半期ごとに目標を設定し、各期末に100%(1.0)を最大値としてスコアを付ける目標設定・管理の手法、OKR。3月に刊行されたばかりのクリスティーナ・ウォドキー著『OKR シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法』の解説も担当している及川氏は、「私はOKRを個人の評価とは連動させるなと言っているし、Googleもそう表明している」と話す。
ただしGoogleでも「OKRを全然見ていないかというと、そういうわけではない。OKRのスコアを評価に直接連動させることをしていない、という意味だ」と及川氏は続ける。
「OKRについてGoogleで言っているのは『ストレッチで(背伸びした)ゴール設定をしろ』ということ。全部できても0.7ぐらいになるようなゴールがよいとされている。スコアが悪かったとしてもそれは個人やチームが悪いのではなく、次回のOKRのプランニングのときの材料にすればよい」(及川氏)
及川氏は「常にアグレッシブなゴール設定にしなさい、という方針なのに、OKRのスコアを評価に連動させるのは無意味」と言う。
また「仮にそういう方針がなかったとしても、もしスコアを成績に連動させようとしたら、人は保守的になる。1週間でできるものを『2週間かかる』という調子で目標設定していけばいいわけだから。で、それをやられてしまったら、事業はどんどんスピードダウンしてしまう」と警告。「そういうことのないように、アグレッシブなゴール設定をしてもらい、スコアを評価に直接連動させない、ということにしている」(及川氏)
もうひとつ、OKRを評価に用いない理由を及川氏は例を使って説明した。「例えばプロダクトのあるKPIを上げたいという話になって、そのために『この機能を入れればよい』と考えた企画側の人がいるとする。その企画にチーム全員が合意して実装し、世の中に出した。ところが機能としてはちゃんと動いているけれども、KPIは上がらない、ということがある。ここでKPIが上がらなかったからといって、エンジニアの成績を悪くするか、というと、そんなことはしてはいけないわけで」(及川氏)
及川氏は「ゴールが達成できたかどうかではなく、会社・チームとして設定したゴールに向かって『あなたは貢献していたか』というところを見なければいけない」と言う。「OKRの方向性に向かって仕事をしていたかということと、その質は見るんだけれども、単純にスコアだけを見て成績に連動させるようなことは、絶対にしてはいけない」(及川氏)
日本でもOKRの導入が進み、及川氏のところにも相談が来るが、OKRと成績・評価を連動させているところは多いそうだ。「連動させたくなる気持ちはとてもわかる。楽だから。でもそれをやっちゃったら、もはやOKRじゃない」(及川氏)
及川氏はOKRを「目標管理の設計であると同時に、むしろ、チームあるいは全社をひとつの方向に向かわせるためのエンパワーのツールだ」と語る。「実際に結果がどうだったかというのはもちろん大事なんだけれども、ダメだったら次にがんばればいいだけの話。みんなの進むベクトルが分散することなく、同じ方向に向かわせるための道具がOKRであって、それができているかどうかをしっかり見ることが一番大事」(及川氏)
ここで高宮氏から、OKRに限らず目標管理と評価との関係性について、人事の“アート”での見方の提示があった。
「OKRでもほかの目標管理でも、まず経営目標や部署の目標があって、個人にブレイクダウンされていく。個人のエンパワーと行動・結果の管理をどこまでやるかというのは、結局その会社のカルチャーや、事業戦略達成のための手段として(目標管理を)どう見ているかによって決まると思う」(高宮氏)
プロセスドリブンでマイクロ管理をするという戦略を持つ会社に向いている事業もたぶんある、と言う高宮氏。「営業ドリブンな会社が、営業の行動一つ一つを管理していて、『訪問数何件、成約何件、リピート何件を、半期で達成しなければ詰める!』というやり方も、戦略としてはあり得る。そういう会社ならば(目標管理と成績を)連動させてもいい」と話す。
一方で「個人の自由に任せて自発的・自主的にやったほうが結果が出る、というカルチャーの会社だったら、絶対連動させない方がいい」と高宮氏は言う。「どこまで個人のマイクロ管理をしていくか、企業の価値観、戦略と連動した部分だと思う」
及川氏は「OKRでも個人管理の部分では考え方が分かれる」と述べ、「個人ではOKRを必ずしも作らなくていいと思う」と言う。「OKRを作るのは基本、チームまででいい。個人のOKRは、本人が作りたければ作る、という形で十分。各プロジェクトやチームのOKRには、私は担当者を書くように言っている。自分が担当者になっているものを集めれば、個人としてのOKRができあがる。だから重複するようなものを別に作る必要はない」(及川氏)
また及川氏は「会社の目標とは連動しないけれども自分のゴールを持ちたい」として個人の目標を持つことはよいことで、個人としてのパフォーマンス評価もあるべきだと話している。
「OKRなどの目標管理とは全く無縁に個人の評価というのもあるべき。GoogleでもOKRとは別に自己評価のシートがあり、達成したことを書く。それらは多くの場合は必然的に連動するが、必ずしも連動していなくていい。『OKRにはないけれど、実はこれだけでかいことをやった』というのは奨励されるべき。それを自分の成績、評価してほしい項目として書けばいいし、実際にそれが評価されるということもたくさんある」(及川氏)
それが高宮氏の話した「ボトムアップ的に、自由にやって成果が出る」というパターンにつながる、と及川氏は述べ、「そういう余地もきちんと残しておくということも大事だと思う」と言っている。
高宮氏も同意して「人事の仕組みを作るときには、“遊び”の部分も重要」と話す。
「定義しているものしかこなさなくていい、となってしまうと、組織としてはよくない。また遊びがないと、経営者が戦略的に『誰それを抜擢する』という話もやりにくくなる。遊びの部分が、1%なのか5%なのか10%なのか、というのは人事のアートの部分だけれども、半期先のやるべきことをガチガチに今定義して決めておくというのは、競争環境を100%読み切れば勝てると言っているようなもの。定義しきってしまうと不確実性に弱くなってしまう。管理型でグリグリやるとしても、遊びの部分は大事になる」(高宮氏)
最初のエンジニアはリファラルか、技術がわかる人を味方にして探す
続いて取り上げられた質問は「そもそもなかなかエンジニアを取れない組織が、何とかエンジニアのチームを作りあげるにはどのようにしたらよいでしょう?」というものだ。
「文系でチームを作ったときに、最初のエンジニアはどうやって採ればよいのか」「エンジニアが採用できないときに何をすればよいのか」という課題に対して、どのように取り組めばよいのか。
及川氏は「これは難しい問題。正直言うと、エンジニアとどうにかして知り合いになるしかない」と答えている。
「先ほども挙げたIT系の勉強会のようなところに『自分も勉強したい』といって入り、そこで知り合った人に声をかける、ということをやっている人は多い」と及川氏。ただし「勉強はした方がいいんだけれども、実際、これはすごくエンジニアに嫌われることもある」とも述べている。
「『こいつは明らかにエンジニアをスカウトしに来ているな』という人が最近多いので、勉強会への参加はお勧めするとは言いにくいところ。だが、何らかの形で知り合いにならない限りは誘えないので、誰かと知り合いになるか、知り合いから紹介してもらうなど、最初の一人はリファラルというか知り合い経由でたどっていった方がいい」(及川氏)
また採用エージェントなどの活用について及川氏は「もちろん、それでうまくいっているところもあるので、やったほうがいいと思うが、エージェントに声をかけたとしても、まわりに技術のことがわかる人が誰もいなかったら、たぶん採用の判断すらできない。だからどうにかして、技術がわかる人をまわりに付けないと、ことは始まらない」と話している。
「それこそ私みたいな技術アドバイザーをやっている人もいるので、何かの形でそういった人を見つけるのがいいと思う」(及川氏)
技術顧問については高宮氏からも「最近だと、元ミクシィ、元Viiber CTOの松岡さん(レクター代表の松岡剛志氏)が『CTOたちで作るCTOコンサル/組織構築コンサル』といったことをやっているし、元アトランティスCTOの加藤さん(イロドリ代表の加藤寛之氏)もいろいろなところでアドバイザーをしている」と、スタートアップの技術支援に携わる企業や人の紹介があった。
ここで寺田氏から「技術顧問を付ける、というのは一つの大きな選択だと思うが、その方にどう説明すればよいのか。エンジニアリング部門の方々にとっての『自社の魅力』をどう発見していくか、というのも悩みのポイントだと思うが、そのあたりはどうしていけばよいのか」との問いが投げかけれられた。
及川氏はこの問いに「先ほど話した、エンジニアを引きつけるのと全く一緒」と答えている。「技術的なところではなく、その組織、企業が作ろうとしているサービスや製品がどれだけ魅力的なものかということ、その魅力的なものを実現したいのでエンジニアリング組織を作ろうと思うが協力してもらいたいということを訴えていくしかない」(及川氏)
採用メッセージ発信は飾らず、一貫性を持たせること
最後の質問は、創業期スタートアップ代表の方からで「0から1を立ち上げるフェーズに面白さを感じるエンジニアやビジネスサイドの人に加わってもらいやすいように、事前にメディアやSNS上でコンテンツをためておいたほうがよいのか。発信するメッセージで工夫するべきことや、Tipsはあるか」というものだ。
「僕は酔っ払った次の日に泣きながらTwitterで前日のツイートを消している人なんで、僕に聞くのも間違っていると思うんですが」と答えて場内の笑いを誘った及川氏だが、質問に対しては「やっぱりそういうことは(わざわざ)やってもバレちゃう。人間性だと思うんですよね」と真剣に答えていた。
「普段から自分がどういう人間か、というところが大事。結局5人とか10人の創業期だとしたら、もちろん事業の方向性などもあるけれども、一方で創業メンバーにほれる(ことで人が集まる)。それってもう隠せないところがあるので、自分の思いとかを素直に出していくのがいいと思う。下手にデコレーションしてもダメ」(及川氏)
むしろメッセージを飾り立てておいて、入社してからミスマッチを感じさせることのほうが問題、と及川氏は続ける。「入った後に『SNSではこんなにカッコいいこと言っていたのに、社内に入ったら言ってることと違うじゃないか』となって、ミスマッチが発覚してエンゲージメントができないよりも、自分の本当の思いを生の言葉で出していくのがいいと私は思う」(及川氏)
高宮氏は「創業メンバーに近い4〜5人は、一本釣りで口説くしかない」と話す。「(事業成長に)必要な機能と候補者をリストアップして、営業のパイプライン管理と同じようにシステマチックに会って進捗管理していくことだ。あるスタートアップでは上場直後、毎週経営会議をやるたびに、役員全員が各機能でリストアップした人について『この間メシを食いに行って口説いたけれども、まああと1年はかかるね』というようなことを突き合わせて、パイプライン管理をしていたという話があるぐらい」(高宮氏)
及川氏も「自分たちで採用候補者をリストアップして、それぞれが今パイプラインのどのステージにいて、『この人はまだだ(入社してくれない)けれども3カ月後にはもう一度メシを食いに行こう』、『今度は誰々が行け』というのをローテーションを組んで決めたりするのは普通に行われている」と話している。
高宮氏はこの方法のポイントは「上場するような大企業になったところでも、一本釣りをしなきゃいけないような人は、役員クラスが気合いで口説きに行く、人と人との関係性」にあると言う。
また「最初の4人が集まった後は『4人が4人ずつ集めてこい』という世界になる。その時に一貫性を持たせた方がいい点がある」と高宮氏は言う。
まず高宮氏は「どんなステークスホルダーであっても、何かをコミュニケーションするときにはマーケティングの観点があると思うが、マーケティングの意味とは、大きく見せることではなく、価値あるものの価値を正しく伝えるということ」と述べている。
その上で採用候補者というステークスホルダーに関しては「プロダクトをターゲットユーザーに対して一生懸命マーケティングするのと同様、自分の会社というプロダクトを採用候補者にどう伝えれば、価値がちゃんと正しく伝わるのか。それは間違いなく『報酬が高い』とかいう話ではなくて、『こういうふうに世の中を変えていく』だとか、『こういう面白い事業でチャレンジングな楽しい旅ができる』という話。何を売りにしているのかということを発信し続けていくことが大事」と話す。
高宮氏はまた、発信するメッセージについて「顧客向け、投資家向けなど、どのステークスホルダーに向けるかで微妙に伝え方は変わる。だけどコアの部分はぶれないことが大切」と語っている。
「『顧客向けにはこう言っているのに、採用向けでは逆のことを言っている』となると破綻する。一貫した、会社としての価値を発信し続けるべき。カッコいいけど平易な言葉、というとコーポレートブランディングみたいだけれども、あまり小難しく考えすぎずに自分たちの価値を伝えきることだ」(高宮氏)
及川氏はさらに「高宮氏の言う、一緒に食事をして人を誘ったときに話した口説き文句を、SNS上にも書けばいい」とアドバイスする。
「ロック歌手がステージ上で『俺はお前たちを愛してるんだ!』と全員に愛を語るんだけど、実は目の前の女の子1人を口説いてる、ということってあるわけじゃないですか。それと同じことをやればいい。採用候補者とランチを食いに行ったときに、その人にいろいろと思いを込めて話をする。その後、ちょっと時間が経ってから、その人に向けて話したことをSNSに書いてもいいわけだ。誰に、ということは言わなくていい。『私たちの会社に興味がある人、全員にお伝えしたいのはこんなこと』と言えば、一貫性もあるし、いいかもしれない」(及川氏)
パネルディスカッションの終わりに、5回にわたって行われた「HR Tech最前線」シリーズの締めくくりとして、寺田氏からシリーズ全体を通しての感想を聞いた。
「1年前は、HR Techのツールを使う手前の段階、例えば、『データをちゃんと整備しておくべき』といったところから話が始まった。だがその後、皆さんとセッションをしながら、だんだん『大きな課題は、採用のところにあるな』と感じるようになった」(寺田氏)
「今日の2人の話でもそうだったが、採用やHRを考えるときには、人と企業との距離をどう縮めていくのかが重要」と寺田氏は述べ、「エンゲージメントという言葉や採用の広報のあり方を取り上げてきたが、テクノロジーを使って、必要とする人材を惹きつけ、魅力づけし、活躍し続けてもらう事がHR Techの本質の1つだと思う」と語った。
寺田氏はエン・ジャパンが提供する「engage」の採用HP作成などのサービスにも触れ、「自社について、なかなか伝えられない、知ってもらいたいけれども、どう表現していいかわからないということも多いと思う。しかし、何も表現しなかったら存在しないと同じ。自分たちが何をやっているのか、しっかり言語化して発信していくことが、人材を魅力づけし、お互いの距離を縮めるために重要なことだ」と述べた。
「求職者として会社を見たとき、どういう情報が載っていれば自分が不安じゃないか、よりその会社に興味が持てるのか、といった目線で、ぜひ皆さんにも発信をしていってほしい。この1年でも、テクノロジーやツールがたくさん出てきている。いろいろなものをうまく使いながら、自分たちのことを表現していくこと、伝えていくことを意識していっていただければと思う」(寺田氏)