まず前回ウクライナの現状を説明してくれた私の知人ですが、ウクライナ中央南寄りに位置するドニプロペトロウシクという人口100万人程度の工業都市に住む東スラブ系(いわゆる主流民族)ウクライナ人です。40代前半、大学を卒業して数十名規模のIT企業経営をしている教育レベルが高い人物です。都会が嫌いな自然主義者でわざわざ都市部から車で1時間離れた何もない村に家族で住んでいます。オーガニック食品しか食べず(そもそもウクライナの田舎の大半の食材がそうですが)、リサイクルできるものは限りなくリサイクルする極度のエコ志向です。ちなみに車は15年落ちのスバル(天然ガス仕様に改造)に乗っています。古い日本車は壊れないし、壊れても自分で直せるので最高だそうです。
余談が増えましたが以下、Q&A形式にて:
Q.
デモや新政権を支援している極右政党のスヴォボダ / SVOBODA(註:自由の意味)は、ネオナチとして有名だが、ウクライナが過度に極右化しているのではないか?
A.
新政権に関して極右政党の参画に注目が集まっているようだが、実際はティモシェンコの「祖国」党、UDAR(「一撃」)、スヴォボダ「自由」、と複数の政党の集合体だ。新内閣にはスヴォボダから2名大臣(環境相、農業相)が選ばれているが、残りは「祖国」が占める。UDARは様々な事情で内閣登壇を拒否した。ちなみにUDARはウクライナでもっとも有名なボクサー/スポーツマンのビタリ・クリチコが党首だ(なので「一撃」と命名)。スヴォボダが中心になっているわけでは全くない。
新政権とリーダーがネオナチや極右政党にコントロールされていると考えること自体がおかしい。新政権の首相アルセニー・ヤツェニュク、そしてウクライナ議会の議長アレクサンドル・トゥルチノフは共にユダヤ人だ。ユダヤ人がトップのネオナチ政権がありうるか?ウクライナのファシズムやネオナチ話の大半はロシア政権が作り上げた幻想だ。実際はロシア政権の方がはるかにファシスト的だろう。
またスヴォボダに関しても、極右といわれるが、実際それよりもっと過激な極右政党がある。ただウクライナ国内でこれらの政党は一般的にネオナチと考えられていない。ロシア国内や他のヨーロッパ諸国のネオナチ運動の方がよほど過激に思える。私にはロシアのプロパガンダの結果としか思えない。
Q.
繰り返しになるが、極右政党のスヴォボダは世界ユダヤ人会議によってネオナチと認定されているという話もある。そんな党が与党の一部にいて良いのか?
A.
政治技術を使って対立を産み、「仮想敵」を作り、人々の意識に影響を与え、社会を分断することにより社会を支配する仕組みは、長年に渡って支配者に有効利用されてきた。ウクライナは過去の歴史や他国との複雑な関係性から今日までそれが悪用され続けている。その「認定」の話は知らなかったが、その1事実だけで判断するのは単純すぎる。
実際、保守的なウクライナ人の一部にはスヴォボダをネオナチと恐れる者もいる。一方、一部の愛国主義者たちは、ヤヌコビッチを「ロシアからの侵略者」と恐れている(ヤヌコビッチの政党は元々限りなくロシア寄りだった)。国民はこういった「イメージ」により互いに対立し、政治家は選挙民から全てを奪ってきた。
ちなみにスヴォボダを支援しているのは、ウクライナ最大の銀行のオーナーであるイゴール・コロモイスキーだが、ヨーロッパユダヤ人会議のトップでもある。こういった事実を知れば、スヴォボダをネオナチと同一視することに無理があることは明らかだが、それが政治であり権力闘争の悲しいゲームでもある。
Q.
政権交代をしたとはいえ、新政権の政党やメンバーに腐敗が無いとはいえない。政権が東西で変わっただけで、前と同じことになるのではないか?
A.
新政権を前政権よりは評価するものの、ウクライナ人が諸手を上げて賛美しているわけではない。デモに参加した人々の多くは、単に政権交代だけではなく、政府や地方自治における腐敗 – 特定の人間や政党による完全支配 – が撤廃されることを目標にしている。人々は、腐敗した関係性によって成り立っているのではなく、新しく、平等なリーダーがオープンな場所で選ばれることを求めている。
新政権を実質支配しているティモシェンコは、幾つかの点でヤヌコビッチより悪質なリーダーでもある。人身操作に長けているポピュリストであり、彼女が指名した政治家や高官たちはヤヌコビッチの取り巻きと同等に腐敗しきっている。さらに新政権の閣僚の大半がティモシェンコの「祖国」党からの人間だ。実際、前回の政権から失脚後、逮捕された後も彼女は牢獄から「祖国」党を指揮し、デモも金銭面で支援していた。
彼女は既に大統領に出馬表明しているが、国民の多くはそれを指示していない。彼女を「ウクライナを危機から救ってくれる救世主」と盲目に崇める人など今のウクライナにはほとんどいない。世界はこれまでと違う。新政権の閣僚の構成がティモシェンコにほぼ支配されているのは、本来のウクライナ国民の意図とは全く違う。しかしウクライナの立法制度の問題は余りに根が深すぎるのでここでは語りきれない。与党が全てを支配できる不正の塊のシステムになっているとだけいっておく。
今回の政権交代は革命の終わりではなく、始まりに過ぎない。新政権に「一時的な」信頼は与えられているが、ヤヌコビッチ政権と同じ結果になることは国民が許さない。新政権に与えられた猶予期間は秋までだろう。
Q.
前政権やデモ鎮圧行動へのロシアの支援を非難しているが、実際はデモや新政権にも他国の支援があるのでは?結局同じことでは?
A.
真の実態を私が全て把握しているわけではないが、ウクライナがグローバル社会に存在する以上、複数の国の思惑が複雑に関係してくるのは避けられない。エジプト、シリア、リビア、ウクライナでもそれは同じことだ。
しかし外的圧力とは別に、地政学な争いの結果は現地住民の支持に大きく影響される。エジプトやリビア、グルジアなど中東で革命が勝利し、ベラルーシやシリアでは失敗した。その全てに欧米の支援があったが、最終的には国民の意思が結果を決めた。そこに費やされた資金は関係なかった。
仮にEUの支援が今回のデモにあったとしても、その影響力は目に見えないほぼ感じられないものだった。にも関わらずロシアは最初の戦いに敗れた。さらに領土保全や国際法の無視、軍隊介入 独立国家への武力侵攻、、、、現在の第二段階の紛争で起こっているロシアの介入レベルは、多くのウクライナ人にとって許容できないものだ。ロシアのメディアがウクライナ人の多くが「自由の軍隊」を歓迎していると報道しても、ウクライナ国民の多くがウクライナ領土に対するプーチンのポリシーに反発するのは自然なことだろう。
同時に、前政権のロシア政策の失敗が、プーチンの復讐魂に火をつけ今の紛争を加速化させていることは間違いなく、さらなる紛争の拡大を心配している。
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前回の投稿ではウクライナを東西問題で語るべきでないという趣旨の話でしたが、基本的にその路線自体に変わりはないものの、様々なウクライナの複雑な事情を理解した上で国の現状と将来を杞憂し、彼なりの考え方を述べていることが伺えます。
同時に私自身も彼の意見は1意見として、ウクライナの地域性の違いは無視できないだろう、と色々調べたのですが、下記のブログで紹介されているキエフ国際社会学研究所が行った国民世論調査の結果がかなり参考になりましたので、下記に紹介したいと思います。実際、私の友人が考える以上に、東と中央、そして西と南(クレミア半島周辺)で意見の違いもあるようです。
詳細は上記記事を見ていただくとして、簡単にまとめると、ウクライナの世論調査によると政権腐敗への怒りがデモの理由という考えはウクライナ全体では42.9%と最大の理由ですが、西側の影響力行使の運動という意見も30%あります。またここからがポイントですが、地域別に見た時、西・中央においては政権腐敗への怒りが半数以上と圧倒的ですが、東・南ではそれもあるものの、西ウクライナが独自の影響力を持つための(ちなみに前政権のヤヌコヴィチ大統領は東出身です)抗議活動として捉えている人が多いようです。また民族主義を理由の一つに挙げる人も少なくはないようです。
また新政権への指示率ではウクライナ全体としては40.1%と前政権の23.3%を大きく上回りますが、地域別に見るとこの数字はかなり変わってきます。西側で80.4%と圧倒的ですが、東部南部では指示率は30%前後と低いです。ただ、かといって前政権の指示が圧倒的というとそうでもなく(東で51.9%、南で32.2%)、意見を決めかねている層も40%と多いようです。
デモ自体は西側を中心に起こったことは間違いなく、東・南の人間には単なる西ウクライナの抗議活動としてデモ活動が当初見られていたかもしれませんが、デモの勝利の結果である新政権に完全に反対しているわけではなく、ある種の期待と不安を持って見守っているという感じなのかもしれません(この分析自体が西寄りの見方として思われたらスミマセン)。
また後半の調査結果を見ると若年層程、前ヤヌコヴィチ政権を指示しない傾向が顕著にあるのは興味深いです。40代までは新政権支持率が40%前後、前政権支持率は20%程度ですが、70代を超えると前政権支持率が38%弱、新政権支持率が30%です。また教育レベルが高い程、新政権を指示する率が増えています。
とはいえ、この調査を見る限り、前回の記事にあった友人のウクライナ人の意見「ロシア寄りの方針は、東ウクライナでさえ、少数の人々によって支持されているだけ」は少し言い過ぎな感じもします。ただ友人が住むドニプロペトロウシクはこの調査では「南」に区分けされているようです。実際に彼にこの調査結果を見せた所、「ウクライナ独立前のソ連時代に今のウクライナより良い生活をしていた東~南側のシニア世代は、当時へのノスタルジックな想い出があり、今でもロシアに幻想に過ぎない期待を抱いている人が多く、西側で起こること全てを否定する傾向がある。調査結果の地域差だけを見てイデオロギーの対立と判断することは必ずしも正しくない。同じ調査結果にもあるように、若い世代の多くは地域問わず今回のデモを支持している人が多い。」とのことです。
特に教育レベルが高い若い(30代40代含む)世代には、腐敗した前ヤヌコヴィチ政権を非難し、新政権に期待するという傾向は地域問わず共通項としてあるのかもしれませんね。ただこれがより上の世代等、別の層になると過去への郷愁含めて全く意見が変わることもあるのでしょうし、地域毎の傾向は上の調査を見てもあるようです。だからといって東西問題で片づけられる程、単純な話ではないようですし、政治腐敗が今回の騒乱の大きな理由であり、そこに結果的にロシアが介入して混乱に拍車がかかっている現状がある、といった認識は間違っていないと感じます。
デモ以前から日常的にウクライナ人と話す時、たまに日本とウクライナの違いが話題になる時、彼らが口にするのが東西の違いより地域問わず政治・行政の腐敗への怒りと絶望的な嘆きでした。そんな現状やそういった話を私にしないといけないこと自体を「ウクライナ人として恥ずかしい」と考えており、特に高い教育も受け(ウクライナの大学進学率は80%です)、若く意識も高い世代の政治腐敗に対する憤りは相当なものがあると常々感じてきました。そんな彼らの想いが今回のデモにつながったのではと感じますし、そこには国外、また東や南ウクライナの人が思うような「西側の意図」は余りないと個人的には思うのですけどね。もちろん、それが主目的でデモに参加している人もいたでしょうし、何らかの支援もあったかもしれませんが、純粋な心を持つ彼らと接している私としては主勢力ではなかったと信じたいです。
前回の記事で頂いたご意見を元に(正直、そもそもこんなに反響あるとは思っておらず、余り勉強せず勢いで書いてしまいました)私自身も勉強した結果、ウクライナの現状に関してより幅広い理解が深まりましたので、補足記事として共有させていただければと思います。