1950年代からデジタル画像の研究を始め、現代のデジタル画像分野全般の基礎を築いたRussell Kirsch(ラッセル・キルシュ)氏が91歳で亡くなった。キルシュ氏の功績には、いかなる誇張も及ばない。その研究は、世界初のデジタル画像スキャンを実現させ、私たちがピクセルとして親しんでいるものを生み出した。
1929年、ロシアとハンガリーの移民の両親から生まれたキルシュ氏は、ニューヨーク大学、ハーバード大学、MITで学び、やがて米国規格基準局(後の米国立標準技術研究所、NIST)に就職し、引退するまで同研究所に勤務した。
50年間にわたり、さらに引退後も継続して研究、コード作成、理論構築を続けてきたが、もっとも有名な功績は、なんと言っても世界初のスキャンニングによるデジタル画像だろう。最初のデジタルカメラが登場する数十年も前のことだ。
その研究は、コンピューター(もちろん当時は部屋を満たすほどの大きさだった)はいずれ人の心や知覚をシミュレートするようになるという観点から出発している。私たちはいまだにその課題に取り組んでいるわけだが、キルシュ氏が1957年に達成した視覚のシミュレーションは、大きな一歩となった。
キルシュ氏の研究グループが使用したのは、「小さな画像を固定した回転ドラムと、その反射光を感知する光電子倍増管」だ。彼らはグリッドを使った画像サンプリングに代えて、周期的に穴を開けた、ピクセルを構成するマスクをあてることにした。もっともピクセルという名称が用いられるようになるのは、まだ数年先のことだが。
装置から見える画像の各部分の反射率を測定し、その結果を米国初のプログラム内蔵型電子コンピューターSEACが管理するデジタルレジスターに保存することで、システムは、実質的に外の世界が見えるようになった。設定を変えて繰り返した数回分のスキャン結果を組み合わせれば、グレースケール画像の保存と表示が可能になった。
その画像がキルシュ氏の当時3カ月になる息子Walden(ウォールデン)の写真だったというのは、感動的な話だ。オリジナルの解像度は縦横179ピクセル。60年以上も前のものにしては、決して悪くない。下の画像は少し見栄えを良くしたバージョンだ。当時どう見えていたかがわかるよう、高解像度画像にしてある。
この基礎研究は、デジタル画像の手法、アルゴリズム、保存技術の確立に直接貢献し、その後数十年間のコンピューター科学に影響を与えた。キルシュ氏は、引退の直前まで初期のAI研究を行っていたが、引退後も続けて、低解像度でも鮮明に見える適応型ピクセルという概念の研究に取り組んでいた。この考え方にはそれなりの長所はあるものの、今はもう当時と違い、メモリーや通信速度のボトルネックはさほど問題ではなくなってしまった。
キルシュ氏と、今も子供たちとともに健在な妻は、生涯を通して旅行家であり、登山家であり、アーティストでもあった。そうした豊かな人生が彼の重要な研究に貢献し、逆にその研究が彼の人生を豊かにしていたことは疑いようがない。
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画像クレジット:Russell Kirsch / NIST
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(翻訳:金井哲夫)