太陽光IoTプラットフォームを開発する東大発ベンチャーのヒラソル・エナジーは12月1日、ANRIおよびpopIn代表取締役CEOの程涛氏、同社CFOの田坂創氏から総額で数千万円の資金調達を実施したことを明らかにした(popInは2008年創業の東大発ベンチャー。2015年にバイドゥが買収している)。
ヒラソル・エナジーが開発するのは独自の電力線通信技術を活用した、太陽光発電所向けのIoTプラットフォーム「PPLC-PV」。発電モジュール(「パネル」という名称の方がなじみがあるかもしれない)にとりつけたセンサーからデータを収集し解析することで、遠隔からモジュールの異常を自動で検知できることが特徴だ。
2016年に東京大学准教授の落合秀也氏が発明した通信技術を実用化する形でプロジェクトをスタート。2017年2月に東京大学産学協創推進本部の元特任研究員である李旻氏、情報理工学研究科の池上洋行博士がヒラソル・エナジーを創業し、李氏が代表取締役を務めている。同年3月には東京大学協創プラットフォーム開発の支援先にも選ばれている。
業界の課題である「発電量の保守維持」を効率的に
世界的にみて現在盛り上がってきている太陽光発電産業。基本的には金融アセットとして投資をしている人が多く、発電した電力を売ることで約20年かけて回収する。そのため投資回収においては、長期的に安定して売電収益をあげていくことが大前提だ。
そこで欠かせないのが発電量の保守維持。特にモジュール1枚が劣化するだけで全体の発電効率に影響を及ぼすため、いかにモジュールの状態を正確に把握するかがポイントとなる。
李氏によると「日本製のパネルでは7年で23%のパネルに深刻な劣化が生じ、個々の発電量が2〜4割低下している」というデータもあるそう。これは小規模な調査のためあくまで参考レベルにはなるが、たとえば100枚のパネルがあればそのうち23枚は劣化が生じていることになる。
すでに太陽光発電所向けのIoTプラットフォーム自体はいくつかの企業が手がけているものの、どれもストリング(複数のモジュールを直列に接続したもの)単位でしか異常を検知することができず、改善の余地があった。そこに独自の技術で切り込んでいるのがヒラソル・エナジーだ。
「これまでモジュール1枚1枚の状態を観られる技術はなかった。ストリングごとでしか異常が検知できなければ、最終的には現地へ人を派遣して、どのモジュールで異常が発生しているかを特定する必要がある。PPLC-PVの場合は異常が発生しているモジュールを自動で検知できるのが特徴」(李氏)
PPLC-PVでは各モジュールに外付できるセンサーを設置し、モジュールの稼働データを収集。そのデータを解析して異常点を自動で検知する。それを可能にしているのが、ノイズ耐性に強い独自の電力線通信技術だ。
もちろんモジュール1枚1枚にセンサーを設置するのにコストはかかるが、従来の方法では部分的に異常を検知したあとは人力で対応する必要があり、そこに多額のコストがかかっていた。
李氏によると顧客として見込んでいるのは、50キロワットから数メガワット規模の商業用発電所を大量に管理しているような事業者。そのような企業には「全国に点在する発電所の管理に困っている」「人件費を主とした異常発生時の検査コストを抑えたい」というニーズがあり、PPLC-PVの概念にも興味を持つことが多いそうだ。
保守維持の分野から産業をリードするチャレンジを
2016年の時点で、日本国内の太陽光発電所の導入量は累積で42.8ギガワット。これはモジュールに換算すると約1.6億枚になる。PPLC-PVの顧客となるような企業は日本国内だけでも約200〜400社は存在し、数千億円の市場規模を見込んでいるという。
海外にも目を向けると、現時点で日本の約6倍ほどの規模がありすでに世界に存在するモジュールは10億枚ほど。今後市場はさらに拡大することが見込まれる。関連企業のエグジットの事例もでてきていて、2014年にアメリカの大手パネルメーカーのFirst Solarが保守維持事業を手がけるドイツのskytron-energyを買収。2015年には独自技術で発電量の最大化に取り組むイスラエル発のSolarEdgeがNASDAQに上場した例がある。
「PPLC-PVも正しく製品化を進めることができれば、太陽光発電産業をさらに持続可能なものにできる可能性がある。日本はかつて部材事業でこの産業をけん引していた。今度は保守維持の分野から再び世界をリードしていけるチャンスがある」(李氏)
今回李氏の話で興味深かったのが、保守維持事業を進めるにあたって日本は今いい環境にあるということ。李氏によると日本には運営30年になる発電所など古いものも多く残っていて、これは世界的にみても珍しいそうだ。保守維持の課題は運営開始から数年たって直面することも多いため、新しい発電所が多い海外よりもチャンスがあるという。
合わせて日本はFIT価格が比較的高く(固定価格買取制度で決められた買取価格のこと。中国の3倍ほどだという)、かつ人件費も高いため自動化のニーズが大きいというのが李氏の見立てだ。なんでも世界の発電所のアーキテクチャは約9割が同じだそうで、日本でいいソリューションを開発できれば、世界のほとんどのところに展開できる可能性もある。
今回ヒラソル・エナジーに出資したANRIの鮫島昌弘氏も「大きなペインポイントとそれを解決できる技術があり、かつ市場が大きくグローバル展開も見込めるプロダクト、チームである」ことが決め手になったという(ANRIはシードに加えてハイテク領域のスタートアップを対象にした3号ファンドを8月に立ち上げ、北大発のメディカルフォトニクスなどにも出資している)。
ヒラソル・エナジーでは取得したデータを用いた発電量の価値評価や発電所向けの保険、モジュールのリサイクルといった事業展開も将来的に検討していくが、当面は保守維持の分野に注力していく。