AIをビジネスに活かすうえで企業が見落してきた道はDIY

1856年、ヘンリー・ベッセマー卿が特許を取得したベッセマー法は、第二の産業革命のもっとも大きな要因となった発明だ。溶鋼に空気を吹き込み酸化還元するという画期的な方法で鉄の不純物を取り除くことで、安価で大量生産が可能な新しい製鋼技術の波を起こした。

ベッセマー卿は、この発明をいち早く利益につなげようと、いくつかの製鋼所に特許をライセンシングを行おうとした。しかし期待に反して、その技術の難しさと独占欲の強さのため、大手製鋼所とは望ましい条件でのライセンス契約が結べなかった。

なんとかこの技術を活かしたかったベッセマー卿は、自分で製鋼所を立ち上げて競合他社を蹴散らそうと考えた。この試みは大成功し、ともに苦労したパートナーたちは14年間の付き合いの末に81倍の投資収益を手にすることができた。

それからおよそ162年。今でも新しい技術を顧客に受け入れさせようとする新興企業の苦悩が続いている。たとえそれが、顧客の最大の関心事であっても難しい。しかし、ベッセマー卿などの実業家を手本とする今日の画期的なスタートアップは、あることに気が付き始めている。いくつもの技術に精通した「フルスタック」な事業を自分で起こして、独自の自動化技術で最適化した従来型のサービスを提供するほうが理に適っていると。

Andreessen HorowitzのChris Dixon氏は、深層学習革命の直前の2014年、「フルスタックスタートアップ」という言葉を流行らせた。彼によれば、フルスタックスタートアップとは、「既存の企業に頼ることなく、最初から最後まで完全な製品やサービスを製造」できる企業のことだ。

フルスタックの考え方は、深層学習革命が頂点に達する前に、UberやTeslaのような企業を生み出した。そして、データと人間によるラベル付けに依存する今日のAI第一の世界では、スタートアップエコシステムにおけるフルスタックスタートアップの役割は、ますます重要性を高めている。

フルスタックには、旧来型のインセンティブ構造から切り離されるという利点がある。古い体質の業界に居座る大手企業では、インセンティブのために自動化の導入が抑制されている。

(写真:Andrew Spear / Getty Images ワシントンポスト向け)

DIY AIとはどんなものか?

BSVポートフォリオ企業のCognition IPAtriumは、そのよい実例を示してくれるスタートアップだ。書類の上では、これらはまったく昔ながらの法律事務所のようだ。弁護士を雇って、特許とスタートアップに関する法律関連の業務を行っている。しかし、従来の法律事務所は1時間単位の料金の請求にインセンティブがあるのに対して、これらのフルスタックのスタートアップの場合は、消費者に利用してもらうことがインセンティブになっているため、迅速で安価でより良い戦略の開発することが利益につながる。

ベッセマーのように、古いインセンティブ構造を改変することで、フルスタックは、さまざまなフィードバックのループから存分に恩恵を回収し、終わりのない複雑な仕事を排除し、ラベル付け作業を過去のものにするチャンスを企業にもたらす。

ラベル付けは、機械学習に依存するスタートアップには避けられない決定的な責務だ。 Amazon Mechanical TurkやFigure Eightは、スタートアップが比較的管理しやすいラベル付けの責任能力を有している場合には有効だが、ラベル付けや、人と機械の共同の意志決定が日々の業務の中心となっているスタートアップは、それを内部で処理するために人を雇う必要がある。

こうした企業が規模を拡大しようとすれば、費用がかさみ作業量は膨大になる。しかしフルスタックにすれば、ラベル付けの作業を他の仕事に統合できる可能性が拓かれる。これまで顧客や企業に関わる通常のサービス業務を行ってきた従業員に、少ない負担でラベル付けを担当させることができるのだ。その作業を機械で支援してやれば、彼らは次第に生産性を高め、ラベル付けされたデータが増え、その支援モデルは正確さを増してゆく。

フルスタックの本質的な性質から得られる2つめの利点に、強力で好ましいデータのフィードバックループを発生させ、さらに所有できることがある。データフローを所有すれば、単に静的データセットを囲い込むよりも、頑丈な堀を築くことができる。たとえばDeep Sentinelは、消費者向けセキュリティーの分野に天然の堀を持っている。同社は正確な分類能力を有するばかりか、その正確な分類能力が、同社のコントロールが及ぶ環境で発生した現実のデータによって継続的に改善されているのだ。

写真提供:Flickr/Tullio Saba

自動化の推進はリスクと報酬のバランスが問題

1951年、フォードの業務部長デル・ハーダーは、会社の生産ラインを、生産工程に部品を移動させる完全なオートメーションシステムに改良することを決断した。それから5年をかけて、クリーブランドにあったフォードのエンジン組み立て工場で試行錯誤を繰り返し技術を完成させ、他の工場に拡大していった。しかし、それまで生産工程から独立していた部品を連鎖させたことで、ハーダーは、その相互依存関係に新たな頭痛の種を生み出すことになった。

現在、製造や農業といった伝統的な産業で企業を立ち上げた人たちは、みな同様にこう考えている。規模を拡大すると細部に悪魔が宿ると。フルスタックの方式を採り入れたスタートアップの場合は、独自のプロセスを統合するときに一度だけ心配すれば済むところに利点がある。

だがその半面、フルスタックの場合、規模を拡大するときに膨大な出費が必要となる。資金を提供してくれるベンチャー投資家は、リスク、利益、希薄化に関してのみ、ある程度まで意味を成す。そのため、規模の拡大を計画する企業創設者の多くは、借金での資金調達に走ることになる。

幸いなことに、今は低金利で経済的に有利な時期にある。TeslaやUberといった古参のフルスタック企業は、借金で多額の資金を得ている。また、Opendoorのような新参企業も、この資金調達作戦に転向した。この忌まわしい景気低迷によって、みんなが予定を狂わされている。

技術の進歩は周期的なものであり、成功は、非常に短時間の好機に実行するか否かに大きく関わってくる。FedExやAppleのような、資本集約的でベンチャー投資家に支えられた企業が、別の資金調達環境でスタートしていたら成功できたかどうかは疑問だ。

機械学習の以前にあった無数の自動化技術がそうであったように、深層学習革命で勝利して莫大な利益を得られるのは、人間と協調的に働くよう最適化したテクノロジーを持つスタートアップだ。フルスタックは難しい。金もかかるし、それだけが勝利の道筋ではない。しかしそれは、過小評価されているものの、今日の機械学習に支えられたスタートアップには非常に有効な戦略となる。

【編集者注】John Mannes氏はBasis Set Venturesの投資家。同社は1億3600万ドル(約152億円)規模のアーリーステージのベンチャー投資企業として、おもに、業界全体にわたる大きな問題を機械学習で解決しようとするスタートアップを支援している。Basis Set Venturesに加わる以前、JohnはTechCrunchのライターとして、人工知能スタートアップ、機械学習研究、巨大ハイテク企業の大規模なAI主導の活動などを取材してきた。

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(翻訳:金井哲夫)