転職サイト「ビズリーチ」をはじめとした人材サービスを展開するビズリーチは10月11日、創業期のスタートアップを資金面・採用面から支援する「ビズリーチ 創業者ファンド(以下、創業者ファンド)」の立ち上げを発表した。この“ファンド”は投資組合として設立されたものではなく、同社の事業として企業へ直接投資する形。また投資第1号案件として、セールステック領域でAIを活用したサービスを提供するRevComm(レブコム)へ出資したことも明らかになった。
創業期の原体験をスタートアップコミュニティに還元
2017年版の中小企業白書によれば、起業家が創業初期・成長初期の課題として第1に挙げるのは、資金調達に関するもの。また、人材採用に関する課題も大きくのしかかっているという。
ビズリーチは、2009年の創業以来、転職サイトをはじめとしたサービスでスタートアップを含む企業の採用活動をサポートしてきた一方、自らもスタートアップとして人材採用に苦心した経験を持つ。これらの経験を創業期・成長初期のスタートアップ支援に生かすべく、資金と採用の両面をサポートするために立ち上げられたのが創業者ファンドだ。
ビズリーチ代表取締役社長の南壮一郎氏は「創業10年目の節目に、これまでを振り返る機会も多いのだが、正直、一番苦しかったことといえば、最初はひとりぼっちのところから、経営チームを組成するところだった。勉強会に参加したり、知り合いのつてをたどったりして、何とか人を探すところから始まった」と語る。
その後、創業期の原体験を元に何かスタートアップコミュニティに還元できないか、と考えるようになった南氏。海外で、投資家も含めたさまざまな人に会う機会が増えて感じたのは「シリコンバレーのVCの投資実績は、金銭だけでなく、補完的価値をどれだけ提供できて、出資先とどう向き合うかで見られている」ということだった。
「彼らはファンドの中に、創業期の経営者チーム組成のための採用支援を行う、プロのリクルーターを従業員として在籍させている。自分が創業当時なら受けたかった支援だ」(南氏)
こうした金銭面だけでない、事業への貢献・支援が世界中、特に米国のVCで広がっている、と南氏は言う。だが日本では、スタートアップと向き合い、事業にも踏み込んだ積極的なサポートはまだまだ浸透していない。そこで「自らの本業を、スタートアップ支援に生かせるのでは」と考え始めたのが、2017年秋のことだった。
「自分の創業期と違い、ビズリーチやキャリトレといった、企業からの声かけを待っている人材が何十万人も登録しているプラットフォームが、今はある。それに創業者としての考え方や、人材の採用テクニックも知っている。プラットフォームと採用活動のノウハウとを、資金と合わせて“投資”することができるのではないかと考え、1年ぐらい前から構想していた」(南氏)
そして構想だけではなく何らかの形で実現したい、そのためにプロトタイプとなるケースで実験できないか、と思っていた南氏に、ちょうど起業についての相談を持ちかけたのが、学生時代からの知り合いで、投資第1号案件となるRevCommを創業したばかりの會田武史氏だったそうだ。
會田氏の相談を受けて、南氏はまず「テクノロジードリブンのプロダクトを出そうとしているのに、エンジニアがいない。このままでは事業が立ち上がらないのではないか」と感じたという。そこで採用ノウハウと自社サービスを資金とともに提供する、というファンドの構想を會田氏に伝え、「モデルケースとしてサポートしていいなら、出資も含めて支援する」と申し入れた。
それからは「資金+付加価値を提供する、新しい日本のモデルケースとなる投資事業を一緒につくってきた」(南氏)というビズリーチとRevComm。ビズリーチの支援もあって、RevCommは3人のエンジニアを創業チームとして採用することに成功。2月には、プロダクト「MiiTel(ミーテル)」のプロトタイプを、6月にはクローズドベータ版をリリースした。
電話営業の可視化で生産性を向上させるMiiTel
RevCommは2017年7月、企業の生産性向上をフィロソフィーに掲げ、會田氏により設立された。會田氏は三菱商事の出身。商社マンとしていろいろな国の人と仕事をする中で、「日本の生産性はG7各国のうち最下位とされているが、果たしてこれは本当なのか」と疑問を持つに至る。「日本人のレベルは低くない。生産性=効率×能率としたら、日本人は教育水準も高く、能率は担保されているはず。では効率はどうか、と考えたときに、高いコミュニケーションコストに行き当たる」(會田氏)
「日本では『何を言ったか』ではなく『誰が誰に言ったか』『どう言ったか』に焦点が当たるようなコミュニケーションが多い。テクノロジーの力でコミュニケーションのあり方を変えたい」というのが會田氏の考えだ。
セールスやマーケティング畑が長い會田氏は、「マーケティングの世界は、かなりデータドリブンになってきているが、セールスはいまだに属人的。現状では気合いと根性で、とにかく数打ちゃ当たるという労働集約的な世界だからこそ、テクノロジーの力で生産性は大きく向上できる」と話す。
特に電話営業の分野では、営業と顧客が会話した内容が他の人には可視化されず、それが効率よく成果につながるものかどうかを知るすべがなく「ブラックボックス化」しやすい。そこで、AIによる音声解析を用いて電話営業を可視化しよう、と開発されたのが、AI搭載型クラウドIP電話サービスのMiiTelだ。
MiiTelはSalesforceと連携したIP電話で、営業トークの内容を録音し、ログを取得。AIでトークの音声を分析し、担当者自らが課題を確認してセルフコーチングできる。
會田氏も、自社プロダクトを営業する際にMiiTelを使ってみたところ、「話す・聞くの割合では、話す時間が長く、相手の話の途中で話をかぶせてしまう“発話かぶり”も多かった」とのこと。クセが可視化されたことで、意識して改善したところ、アポイント成立率や成約率が実際に向上したそうだ。「これなら、営業担当者自身のエンゲージメントも上がり、生産性が向上すると実感した」と會田氏は話している。
2月のプロトタイプからビズリーチでもテストを兼ねて活用されていたMiiTelは、6月リリースのクローズドベータ版がすでに有料で30社に利用されており、本日、正式版がリリースとなる。利用料金は月額4980円/ID。10 ID以下の場合は導入費用が8万9000円、11 ID以上では導入費は無料だ。
「5年後には、MiiTelの1万社への導入を目指す」という會田氏は、「生産性を向上するサービスを提供することで、(経営分析に必要な)ビッグデータを集め、将来的には経営判断を行うAIプラットフォームを開発したい」と話している。
資金+側面の支援で「アイデア」を「事業立ち上げ」へつなぐ
創業者ファンドでは「経営チーム組成のための採用ノウハウ・テクニックの提供」「転職サイトのビズリーチ、キャリトレのサービス1年間無償提供」「資金援助+調達ノウハウ、投資家ネットワークの紹介」「経営チームによるメンタリング」「プロダクトのプロトタイプのテスト利用とフィードバック」を出資先企業への支援内容としている。
対象企業は、企業の生産性向上をテクノロジーで促すSaaS型のB2B事業や、AI、ブロックチェーンなどの最新技術を活用した事業を営むスタートアップ。南氏は「ビズリーチの『働き方、経営の未来を支える』という理念に沿った事業を行うシード期の企業を対象とする。資金の他に採用ノウハウ・テクニックや自社サービスを“投資”することで、創業期の経営チーム組成を支援していく」と述べる。
會田氏は創業者ファンドについて、こう語る。「創業期は金も時間も足りない中で、マインドセットやスキルセットが合致したメンバー選びが重要になる。だが、ふつうに採用サービスを利用するとお金がかかる。ビズリーチのダイレクトリクルーティング機能を使い、『カジュアルでいいので会ってみませんか』と声をかけられたのは、非常に良かった」
南氏によれば、會田氏は「ビズリーチの登録データを何人も見て、数百人という相手に会っている」という。「創業前の企業でも興味を持つ人が、これだけいるのかと驚いた。スタートアップがキャリア選択の可能性のひとつになった。起業家もパッションさえあれば、データベースがあって、そこを探せば人材が見つかる、という状況になっている」(南氏)
南氏は「アイデアだけはある、というのが創業者でよくあるパターン。事業立ち上げまで支援できれば、それが自分が恩恵を受けてきた、スタートアップコミュニティへの恩返しになるのではないか」と考えている。
「スタートアップはやっぱり人。創業期は特にそうだ。自分の創業した時には人材のデータベースがなかったが、データベースからスタートアップ採用人材の情報が集められるというのは、衝撃的。これは起業家の諸先輩方を含め、みんなでつくってきたエコシステムだ。採用候補者が話を聞いてくれる、努力すれば見つかる、というところまでは来ている。創業者ファンドの支援によって、事業立ち上げの確度も上げていきたい」(南氏)