Evervaultの「サービスとしての暗号化」がオープンアクセスに

ダブリンに拠点を構えるEvervaultは、APIを介する暗号化を販売する開発者向けセキュリティのスタートアップだ。Sequoia、Kleiner Perkins、Index Venturesなどの大手投資家から支援を受けている。同社は2021年8月中旬、クローズドベータを終え、暗号化エンジンへのオープンアクセスを発表した。

E3と称される同社の暗号化エンジンを試す待機リストには、約3000人の開発者が登録していると同社は述べている。

クローズドプレビューに参加している「数十の」企業には、ドローン配送会社のManna、フィンテックスタートアップのOkra、ヘルステック企業のVitalなどが名を連ねている。Evervaultによると、同社のツールは4種のデータ(アイデンティティおよび連絡先データ、財務および取引データ、健康および医療データ、知的財産)の収集や処理を必要とするコアビジネスを持つ企業の開発者をターゲットにしているという。

E3で提供する最初のプロダクトスイートはRelayとCagesだ。Relayは、開発者がアプリの入出力時にデータを暗号化および復号化するための新しい方法を提供する。Cagesは、AWS上で実行される信頼性の高い実行環境を使用して、プレーンテキストデータを処理するコードを開発者スタックの残りの部分から分離することで、暗号化されたデータを処理する安全な方法を提供する。

創業者のShane Curran(シェーン・カラン)氏によると、EvervaultはAmazon Web ServicesのNitro Enclavesにプロダクトをデプロイした最初の企業になるという。

「Nitro Enclavesは基本的に、コードを実行でき、データ自体の中で実行されるコードが本来実行されるべきコードであることを証明できる環境です」と同氏はTechCrunchに語っている。「AWS Nitro Enclavesに関するプロダクトのプロダクションデプロイメントを行ったのは当社が最初です。そのアプローチを実際的に遂行する当事者という意味では、私たちが唯一の存在だと言えるでしょう」。

データ侵害がオンラインで深刻な問題であり続けていることは、もはや周知の事実であろう。そして残念なことに、アプリメーカーによる杜撰なセキュリティ対策、さらにはユーザーデータの安全性に対する配慮の全面的な欠如について、プレーンテキストのデータが漏洩したり不正にアクセスされたりした場合に責任を問われる頻度が高くなっている。

アプリエコシステムのこの不幸な「特性」に対するEvervaultの解決策は、開発者がAPIを介する暗号化を極めてシンプルに行えるようにすることであり、暗号化キーの管理などの負担を軽減するものである。(「DNSレコードを変更して当社のSDKを含めることで、5分でEvervaultを統合」というのが、同社のウェブサイト上の開発者を惹きつけるピッチだ)。

「私たちが行っている高いレベルの取り組みにおいて【略】私たちが真に注力しているのは、どのような観点からもセキュリティとプライバシーにまったくアプローチしていない(という状況にある)企業を、暗号化で稼働状態にし、少なくとも、制御機能を実際に実装できるようにすることです」とカラン氏は語る。

「最近の企業が抱える最大の問題の1つとして、企業がデータを収集した後、そのデータは実装とテストセットの両方に散らばっているような状態になっていることが挙げられます。暗号化の利点は、データがいつアクセスされ、どのようにアクセスされたかを正確に把握できることにあります。ですから、データに何が起こっているのかを確認し、それらの制御を自分たちで実装するためのプラットフォームが提供されるだけでいいのです」。

何年にもわたって発生してきたおぞましいデータ漏洩スキャンダル(そしてデータ漏洩デジャヴ)、さらには欧州の一般データ保護規則(GDPR)をはじめとするデータ保護法の改正により脆弱なセキュリティやデータの悪用に対する罰則が強化されたこともあり、企業幹部はデータを適切に保護する必要性に一層の注意を払うようになっている。こうした中「データのプライバシー」を提供することを約束するサービスをアピールし、データを保護しつつ開発者が有用な情報を抽出できると主張するツールを売り込むスタートアップが増えている。

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Evervaultのウェブサイトはまた「データのプライバシー」という用語を次のような意味の定義として展開している。「プレーンテキストのユーザー / 顧客データにアクセスできる権限のない当事者はいない、ユーザー / 顧客および権限のある開発者は誰がいつどの目的でデータにアクセスできるかを完全に制御できる、プレーンテキストのデータ侵害を終結する」(つまり、暗号化されたデータは理論上はまだ漏洩する可能性があるが、重要なのは、情報が強固に暗号化されている結果、保護されたままになるということだ)。

この分野のスタートアップが商用化しているテクニックの中に、準同型暗号がある。準同型暗号とは、暗号化されたデータを復号することなく分析できるプロセスだ。

Evervaultの最初のオファリングはそこまで踏み込んでいない。ただし同社の「暗号化マニフェスト」には、この技術を注視していると書かれている。そしてカラン氏は、このアプローチをいずれは取り入れる可能性が高いことを認めている。しかし、同社の最初の焦点は、E3を稼働させ、幅広い開発者を支援できるオファリングを提供することにあると同氏はいう。

「完全な準同型(暗号化)はすばらしいことです。通常のサービスを構築しているソフトウェア開発者をターゲットにする場合、最大の課題は、その上に汎用アプリケーションを構築することが非常に難しいことにあります。そこで私たちは別のアプローチを採用しました。そのアプローチとは基本的に、信頼できる実行環境を使用することです。そして私たちはAmazon Web Servicesチームと協力して、Nitro Enclavesと呼ばれる彼らの新しいプロダクトの最初のプロダクションデプロイメントを行いました」とカラン氏はTechCrunchに語った。

「私たちがより重視しているのは、基盤となる技術そのものではなく、すでにこの分野に多額の投資をしている企業のために最善のセキュリティプラクティスを採用し、暗号化がどのように機能するかについて知識を持たないような平均的な開発者でも利用できるようにすることです」と同氏は説明する。「Evervaultが他のプライバシーやセキュリティ企業と違う最大のニュアンスはそこにあります。私たちが開発を進めるのは、何かを構築するときに通常はセキュリティについて考えることなく、それを中心にすばらしいエクスペリエンスを築こうとしている開発者のためです。それはまさに、『アートの始まり』の間にあるギャップを埋め、それを平均的な開発者にもたらすことに他なりません」。

「時間の経過とともに、完全な準同型暗号化はおそらく私たちにとって簡単なものになりつつあるのですが、平均的な開発者が立ち上げて実行するためのパフォーマンスと柔軟性という点では、現在の形式をベースにして構築することはあまり意味がありませんでした。しかし、そこに私たちは注目しています。私たちは学究的環境から生まれてくるものを実際的に精査しています。現実の環境に適合させることができるかどうかを検討しているのです。しかし当面は、今てがけているような信頼できる実行環境がすべてです」とカラン氏は続けた。

カラン氏によると、Evervaultの主な競合相手はオープンソースの暗号化ライブラリであり、開発者は基本的に自分で暗号化作業を行うことを選択している。そのため、同社はオファリングのサービス面に照準を合わせている。開発者が暗号化管理タスクを実行しなくて済むようにすると同時に、データに明確に触れる必要がないようにすることで、セキュリティリスクを軽減する。

「この種の開発者たち、つまりすでに自分たちで暗号化を行うことを考え始めている開発者たちを考慮すると、Evervaultの最大の差別化要因としてまず統合のスピードが挙げられますが、さらに重要な点は暗号化されたデータの管理そのものにあります」とカラン氏。「Evervaultではキーを管理していますが、データは保持しておらず、お客様は暗号化されたデータを保持していますが、キーは保持していません。つまり、Evervaultで何かを暗号化したいと思っても、すべてのデータについて、プレーンテキストで保有することは決してありません。一方、オープンソースの暗号化では、暗号化を行う前のある時点でプレーンテキストデータを保有する必要があります。これが私たちが見ている基本の競合他社です」。

「もちろん、Tim Berners-Lee(ティム・バーナーズ-リー)氏のSolidプロジェクトのような他のプロジェクトもいくつかあります。ですが、暗号化に対して開発者エクスペリエンスに焦点を当てたアプローチに特化しているところが他にあるかどうかは明確とは言えません。APIセキュリティ企業は明らかに数多く存在します【略】しかし、APIを介する暗号化は、私たちが過去に顧客との間で出会ったことのないものです」と同氏は付け加えた。

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Evervaultの現在のアプローチでは、アプリメーカーのデータはAWS上の専用の信頼できる実行環境でホストされていると見ているが、情報は今のところプレーンテキストとして存在している。しかし、暗号化が進化するにつれ、アプリがデフォルトで暗号化されるのではなく(Evervaultの使命は「ウェブを暗号化する」ことだとされている)、ユーザーデータがいったん取り込まれてから暗号化されれば、すべての処理が暗号化されたテキスト上で実行されるため、ユーザーデータを復号する必要がなくなる未来を想像することも可能になる。

準同型暗号は当然のことながらセキュリティとプライバシーの「聖杯」と呼ばれており、Dualityのようなスタートアップはそれを追い求めて奔走している。しかし、現場、オンライン、そしてアプリストアでの現実は、はるかに初歩的なままだ。そこでEvervaultは、暗号化のレベルをより一般的なものにしようとすることには大きな価値があると考えている。

カラン氏はまた、多くの開発者は収集したデータを実際にはあまり処理していないと指摘し、そのため、信頼できる実行環境内でプレーンテキストデータをケージングすることで、いずれにしてもこうした種類のデータフローに関連するリスクの大部分を取り除くことができると主張している。「現実には、最近のソフトウェア開発者の多くは、必ずしも自分でデータを処理しているわけではありません。彼らはユーザーから集めてサードパーティのAPIと共有しているだけなのです」。

「Stripeを利用して何かを構築しているスタートアップを見てみると、クレジットカードはシステム内を流れていますが、最終的には必ず別の場所に渡されることになります。これは、最近のスタートアップのほとんどが行っている傾向だと思います。ですから、Amazonのデータセンターのシリコンのセキュリティに依存して実行を信頼することができるのは、ある意味最も理に適っていることです」。

規制面では、このデータ保護のストーリーは、通常のセキュリティスタートアップの展開よりも少し微妙なところがある。

欧州のGDPRは確かにセキュリティ要件を法制化しているが、旗艦的なデータ保護レジームは、個人データに付随する一連のアクセス権も市民に提供している。これは「データプライバシー」に関する開発者ファーストの議論では見落とされがちな重要な要素だ。

Evervaultは、チームの初期の焦点は暗号化であり、データアクセス権は今のところ意識の中心にはなっていないことを認めている。しかしカラン氏は「時間をかけて」「アクセス権もシンプル化する」プロダクトを展開する計画だと語ってくれた。

「今後、Evervaultは次の機能を提供していく予定です。暗号化されたデータのタグ付け(例えばタイムロックデータの利用)、プログラム的な役割ベースのアクセス(例えば従業員がUIでプレーンテキストのデータを見れないようにする)、そしてプログラム的なコンプライアンス(例えばデータのローカリゼーション)です」と同氏はさらに説明した。

画像クレジット:Janet Kimber / Getty Images

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(文:Natasha Lomas、翻訳:Dragonfly)

準同型暗号を用いたプライバシー重視のデータコラボツールを開発するDuality Technologiesが約33億円調達

Duality Technologies(デュアリティ)は、パイオニア的な暗号技術者とデータサイエンティストが創業したスタートアップだ。企業が機密情報を漏えいすることなく、データを共有したり共同作業を行ったりすることを容易にするツールを開発している。同社は、初期に獲得した重要な契約を背景に、相当の金額を調達した。その中には米国防総省との契約も含まれる。

同社は準同型暗号(ホモモルフィック暗号)を利用する。これは、暗号化されたデータを復号せずに分析・利用することを可能にする比較的新しい技術だ。同社はこの技術を、プライバシーを重視した安全なコラボレーションツールを開発するために使っている。同社は今回、多数の戦略的投資家が参加したシリーズBで3000万ドル(約33億円)を調達した。LG Technology Venturesがこのラウンドをリードし、Euclidean CapitalとNational Bank of Canadaのコーポレートベンチャーキャピタル部門であるNAventuresが参加した他、Intel Capital(シリーズAをリードした)、Hearst Ventures、Team8も参加した。

Dualityはバリエーションを公表していない。これまでに約4900万ドル(約54億円)を調達した。PitchBookは、今回のシリーズBでのバリエーションを1億4500万ドル(約160億円)としているが、シリーズBのフルバリューを載せていないため、金額は異なる可能性がある。

CEOのAlon Kaufman(アロン・カウフマン)氏はインタビューで、より安全なコラボレーションツールの開発に向けた取り組みを継続していく方針だと語った。同氏は、データサイエンティストや数学者、エンジニアなどのチームと共同で同社を創業した。その中には、準同型暗号の基礎となった暗号アルゴリズムの画期的な研究でチューリング賞を受賞したShafi Goldwasser(シャフィー・ゴールドワッサー)氏、Rina Shainski(リナ・シャインスキー)氏、Vinod Vaikuntanathan(ビノッド・バイクンタナサン)氏、Kurt Rohloff(カート・ローロフ)氏などがいる。

商用化に関して言えば、準同型暗号化はまだ初期段階にある。Dualityは今回の資金を、この技術の発展・製品化のために使い、あらゆる種類の法人顧客が利用できるようにする。また、同社単独での、あるいは他のベンダーとの提携による研究開発の継続のためにも使う。ベンダーには、同社の戦略的投資家の他、Oracleなども含まれる。

「当社の製品を利用する顧客は準同型暗号の専門家ではないと考えるのが自然です」とカウフマン氏は話す。同社がこの技術を、OracleやIBMの製品など顧客が一般的に使用すると思われる他のシステムに組み込む取引を結ぼうとしているのはそのためだ。「つまり、フロードアナリスト(不正アクセスやオンライン詐欺を監視する担当者)は、マウスボタンをクリックするだけで、裏で何が行われているかを気にする必要はないということです。重い仕事はDualityが行います」。

同社の他にも、IBM、パリ拠点のZama、CIAの投資部門が投資するEnveilなど、準同型暗号の応用を研究している企業は多数ある(また、Evervaultのように、準同型暗号を使わない代替製品を作っている企業もある)。

Dualityの成長にとって重要な点として、同社はすでにいくつかの興味深い顧客を見つけている。同社は2021年初め、DARPA(米国防高等研究計画局)との1450万ドル(約16億円)の契約締結を発表した。この契約では、サードパーティと協力して、準同型暗号処理に必要なリソースをより効率的に扱える新しいハードウェアを開発する。

関連記事:Duality Labsはハードウェアアクセラレーション利用の準同型暗号テクノロジーで15.3億円のDARPA契約を獲得

Dualityは、DARPAとの契約と並行して、準同型暗号と他のデータサイエンス技術を融合させたツールを開発し、Duality SecurePlusという名で販売している。これは、準同型暗号を最も機密性の高いデータに適用し、他のツールは別の場所で使用するという考え方だ。Dualityの顧客には、金融サービス、ヘルスケア、政府機関などが含まれている。

Dualityの技術は、ビッグデータの世界における根本的なパラドックスを解決する。

良い側面は、データコラボレーションが企業にとって大きな可能性を秘めていることだ。複数のソースから可能な限り幅広くデータを集めれば、画期的な医学的洞察、人工知能モデルのトレーニング、不正行為やセキュリティ問題の追跡、消費者行動のより良い理解など、さまざまな面で企業を支援することができる。場合によっては、物事を進める上で欠かせない要素であり、ビジネス上、選択するものではなく、必要不可欠なものとなる。

だが、良い物事には必ず悪い側面がある。企業は、意図しないあるいは悪意のあるデータ流出のリスクを負う。企業の権利が関わる状況では、競合する可能性のある他社とデータを共有することで得られるものには興味があるかもしれないが、自社の知的財産や貴重な顧客情報を他社と共有することには抵抗があるかもしれない。

昨今、データ漏えいやその他のサイバーセキュリティ問題が頻繁に発生する一方で、データ保護規制や消費者の期待は厳しくなっており、データの使用方法を管理する優れたツールの必要性が高まっている。

これが、Dualityが多くの戦略的投資家の注目を集めている理由の1つだ。

LGはこの点で興味深い投資家だ。Dualityの本社はニュージャージー州だが、そのルーツはイスラエルにある。LGはイスラエルでサイバーセキュリティや自動車などの特定の市場での応用を強化しており、その活動はますます活発になっている。LGは最近、イスラエルでの初の買収として、コネクテッドカーのサイバーセキュリティを専門とするCybellumを買収した

「データが主導する世界でプライバシーに関する課題が山積するなか、Dualityは急速に発展するプライバシー技術の分野でマーケットリーダーとしての地位を確立しました」とLG Technology VenturesのマネージングディレクターであるTaejoon Park(テジュン・パク)氏は語る。「プライバシー保護のためのAIや機械学習分析など、協調的で安全なコンピューティング技術への需要は急増しています。企業が複雑化するプライバシー規制に適切に対応しながら、データという宝箱の鍵を開けようとしている状況で、今後もその傾向は続くでしょう。Dualityは、この急激な変化の時期に、多くの業界におけるプライバシー強化コンピューティングの応用をリードする理想的な立場にあります。同社の極めて革新的なソリューションがさらに多くの分野に拡大していくことを期待しています」と述べた。

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画像クレジット:Getty Images

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Nariko Mizoguchi