上場株式の議決権を考える―保有期間に基づく方式を再導入すべきだ

議決権制限株式の善悪についていまさら興奮して議論を始める気にはなれない。株式市場の投資家側は「議決権制限株式はファウンダー側に不当に強い支配権を与えるものだ」と憤る一方、ファウンダー側は「短期の株式保有者の近視眼的行動から会社を守るために必須の制度だ」と反論する。しかし現実に議決権制限株式を発行しているのは比較的少数の会社にとどまる。こうした仕組を採用している有名なテクノロジー企業はGoogle、Facebook、Zynga、Groupon、Snapぐらいだろう。ほとんどのスタートアップは自社に対してはるかに弱い支配権しか持たない。

もっとも議決権制限株式の活用は漸増の傾向だ。Dealogicによれば、2015年にはアメリカにおける174社の新規上場中 27社が議決権制限株式を発行している。2014年には292社中36社だった。

これがなぜ議論を呼ぶのか? 昨年、Institutional Shareholder Servicesが発表したレポートは、「1年、5年、10年、いずれの期間でも議決権制限株式を発行している企業の成績はそうでない会社の成績を下回った」と主張している。最近上場したSnapは無議決権株式の仕組を全面的に採用している。新規上場申請書の中でSnapは「われわれの知る限り、アメリカの株式市場において無議決権株式で上場を試みた会社は他にない」と認めている。

Snapの株価が長期的にどういう値動きとなるかは今後の問題だが、上場の初日には売り出し価格から44%値上がりし、その後16%ダウンするという展開となっている。アナリストは次第に悲観的な見方を強めているようだ。議決権制限株式に懸念を示す者の中にはSEC〔証券取引委員会〕の民主党系委員、カラ・スタイン(Kara Stein)が含まれる。Stein委員は3月9日(米国時間)に「投資家の権利が損なわれている疑いがある」と公に発言した。スタイン委員は「SECは一部の新しい仕組が投資家にとって有害であることを証明すべきだ」と述べた。

SECが代替策を考慮すべきであるなら、保有期間に基づく議決権(tenured voting)だろう。この仕組は以前は多少利用されていたものの、1980年代に事実上禁止されたままになっている。シリコンバレーの一部ではこの仕組の復活を望む声が強まっている。

この仕組ではその名前のとおり、「保有期間(tenure)」がカギとなる。投資家が長期間株式を保有していれば議決権が増える。「もの言う株主」の行動からファウンダーを守ると同時に公開市場の株式保有者にも一定の発言権が確保される。

利点は明らかだろう。AutodeskのCEOを長年務めたCarl Bassは昨年「もの言う株主」と衝突した。当然ながらBassはわれわれのインタビューに対して、「株式の保有期間に応じて議決権が増加する仕組を使えるようにすべきだ」と述べた。「100万株を1年保有している株主よりも100万株を2年保有している株主の方が大きな議決権を持つようにすべきだ」というのがBassの考えだ。

ベンチャーキャピタルのAndreessen Horowitzのゼネラル・パートナー、スコット・クーパーもこのアイディアを支持している。彼は「広汎な株式市場改革の一環として良い考えだ。保有期間に基づく議決権は株主の長期的利益と経営陣の利益を調整するために非常に役立つ。議決権制限株式という力づくの解決策よりずっと受け入れやすいはずだ」という。

カリフォルニア大学バークレー校ロースクールの教授Davidoff Solomonはこの仕組が実現されるには「時間がかかるだろう。また誰か率先するものが必要だという。

保有期間に基づく議決権は「〔一般に保有期間が長い〕機関投資家に有利だ。一方でテクノロジー企業の行動はレミング的だ」とSolomonは言う。つまりGoogleが議決権なしの株式を売り出したことがドアを開く結果となり、他のシリコンバレー企業もその後に続いた。保有期間に基づく議決権の仕組も同様で、誰からが先鞭を付ければそれがトレンドになるだろうという。

実現を困難にしているハードルの一つは、上場を取り仕切る証券会社にそのメリットを飲み込ませることだという。Jackson Square VenturessのGreg Gretschは「〔各地で投資家に上場意図を説明する〕ロードショーのプレゼンは30分だ。投資銀行家は貴重な時間を保有期間ベースの議決権などの説明に使いたがらない」と述べた。Gretchによれば、一般的に「投資銀行家は普通と違って見えるものを嫌う。なんであれ―ひも付きだ株式とかとひも付き融資とか―条件付きの仕組は市場ではウケが悪い」という。

有力法律事務所のWilson Sonsiniの弁護士、David Bergerによれば、もう一つのハードルはアメリカの証券取引所に保有期間に基づく議決権の仕組を認めさせることだ。証券取引所は80年代に「保有期間に基づく議決権は不必要に複雑であり、条件が守られていることを正しく確認するのが困難」だとして、すでに定款に明記して実行していた企業を除き、新たにこうした株式を発行することを禁じて現在に至っている。

Bergerによれば、「証券取引所は保有期間に基づく議決権に対して柔軟な考え方だ(Bergerは実際に話を聞いたという)。しかし投資家側の熱意が不足しているのが問題だ」だという。つまり機関投資家のような有力組織は無議決権株式に対して異議を申し立てつつ、一方でそうした株式を大量に購入して利益を上げている。

「 [一部の]企業が [議決権制限株式を]発行していられるのは、そうした企業が例外的に高いパフォーマンスを発揮しており、誰もが少しでも株式を買いたいからだ。機関投資家は議決権制限株式は企業統治の観点から問題があるという―実際にあるだろう。しかし一方で機関投資家は運用成績をアップするためにこうした会社の株式を大量に買い込んでいる」とBergerは言う。

実際、機関投資家のコンセンサスは「ボートを揺らすな」、つまり現状擁護に傾いている。 カリフォルニア州教員年金基金のポートフォリオ・マネージャーの一人は、保有期間に基づく議決権に反対して、昨年の夏、NPRで「株主の株主もまた株主だ. . .こういう状況で 株主間に区分を設けるのは非常に危険な試みだ」と述べている。

SolomonやBergerが保有期間に基づく議決権がトレンドになるためにはSnapくらいの大型で魅力的な上場が必要だと考えるのも無理はない。Snapような上場が毎日あるわけではないことを考えれば、保有期間に基づく議決権が実現するにはやはりある程度の時間が必要かもしれない。

「上場の際にファウンダーが投資銀行に対して〔自分はGoogleのように〕議決権を握っていたいと主張することはよくあるだろう。しかし十に九まで投資銀行は『そんな話をされてもお門違いだ』と答えていると思う」とGretschは言う

画像: OnBlast/iStock/Getty Images

[原文へ]

(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+