個人向けの賃貸住宅市場に比べると、オフィス賃貸市場は情報の非対称性が多く借り手にとっては難解な領域だ。
「SUUMO」や「LIFULL HOME’S」のように様々な物件情報を集約して1箇所で比較できるようなプラットフォームもなければ、そもそもWeb上で可視化されている情報自体が少ない。そのため基本的に借り手は各不動産仲介会社(エージェント)のサイトを目視でチェックしながら、個別に具体的な条件を問い合わせる必要があった。
本日9月20日に正式公開された「estie」はテクノロジーやデータを活用することで、企業のオフィス探しをラクにすると同時に、少しでもいい物件を見つけられるようにアシストするサービスだ。
希望条件に合わせて複数エージェントからオファーが届く
estieについては2018年12月のβ版ローンチ時に「オフィス版のSUUMO」のようなサービスとして一度紹介したけれど、そこから現在に至るまでいくつかのアップデートが行われている。
もっとも大きな変更点としては、Web上に散らばる物件情報を整理してユーザー企業に提示するスタイルから、エージェントとマッチングする仕組みへ軸を移行したこと。現在のestieではユーザー企業が登録時に利用人数や賃料の予算など希望条件を記載すると、複数のエージェントから条件に合いそうなオファーが届く。
ユーザーは各オファーに対して「お気に入り」か「興味なし」を選択するだけ。お気に入りを選んだ場合に初めてエージェントとのチャットが開設されるため、従来のように興味のない営業メッセージや電話に毎回対応する必要もない。
エージェントと繋がった後はメッセージ機能を通じてテキストでのコミュニケーションのほか、カレンダーを使った内覧日の調整や必要書類の共有が可能。複数エージェントとのやり取りをestie上に集約できるのも大きなメリットだ。
「もともとユーザーがオフィス探しにおいて『十分な情報にアクセスできないこと』に課題を感じ(Web上のオフィス情報を)リストにすることで解決しようと思っていたが、マーケットにでてきた直後のホットな情報を即座に反映することが難しく別のアプローチも必要だと考えた。また多くの人にとってオフィスは住宅と比べ、十分な情報に触れても『何が自分にとっていい物件なのか』を判断しにくい。優秀なエージェントがサポートすることで、よりいい提案ができる」
「一方でユーザーに話を聞いていて、オフィス探しで1番面倒に感じているのはコミュニケーションの部分だと気づいた。特にエージェントと付き合っていく過程での営業電話やアポなし訪問を負担に感じるという声は多い。ユーザーが良いと思ったエージェントとだけメッセージをやり取りすることで、精度の高い提案を受けられるようにしつつも、コミュニケーションの負担を極力無くしていく」(estie代表取締役CEOの平井瑛氏)
エージェントに関してはすでに大手オフィス仲介会社の過半数がestieに参画。市場の大部分の物件情報にアクセスできる状態であり、実績のある企業と一緒にやっているため提案の精度も担保できると考えているそうだ。
プロダクトをフルリニューアルした2019年7月からの直近3ヶ月ほどで約50社のユーザー企業が活用(ユーザー登録をして実際にオファーを受けた企業の数)。この業界はオーナーとの関係性や交渉力が募集条件にも影響を与えるため、実際にユーザー企業の中には「全く同じ物件を自分で探していた時より好条件で提案してもらえた」ケースも出てきているという。
「『これまで関係性が築けてなかったような企業とも接点が持てる』という点でestieに期待し、参画してもらっているエージェントも多い。特に相手がスタートアップなどの場合、ベテランの営業マンが常につきっきりでサポートするというのはコスト面でも難しい。一方で業界でもネット上でオフィスを探す流れはきていて、そこに乗り遅れられないという危機感はどこも持っている」(平井氏)
estieはユーザーが提案内容に反応を示すほど、ユーザーごとの趣向が伝わるのでエージェントからの提案精度があがる。またエージェントの視点では「このユーザーにはどんな物件を提案すると良さそうなのか」がデータを基に判断できるようになれば、従来よりも効果的な提案ができ、成約に至るまでの期間短縮や成約率の向上も見込めるかもしれない。
「レコメンドの質が上がればユーザーだけでなく、エージェントがestieを使い続ける大きな理由になる」からこそ、平井氏も今後の注力ポイントにレコメンドエンジンを中心としたプロダクト基盤や各種機能周りの強化を挙げていた。
業界の知見とテクノロジーで「事業用不動産」領域のアップデートへ
ここまで紹介してきた通り「物件探しのプロであるエージェントとのマッチングによって企業のオフィス探しをサポートする」のが現在のestieの軸ではあるが、リニューアル前の仕様に近い「e-Map」機能も残している。
この機能では各ユーザーの条件に合わせて、公開されている募集情報の中から最大100件の物件情報が地図上にマッピングされる。物件は登録時の内容やそれまでのアクション(各物件に対してもお気に入りや興味なしといったアクションができる)を基に、estieのレコメンドAIが自動で抽出したものだ。
必ずしも最新の情報ではない可能性はあるそうだが、現在どんな物件情報が世に出ているのか、エージェントの提案とは別の視点から俯瞰的に捉えたい場合には役に立つ仕組みと言えるだろう。
estieでは今月3日にデベロッパーや不動産機関投資家をサポートする「estie pro」もリリースしたばかりで、今後はこの2つのサービスを軸に事業用不動産の領域における課題解決を進めていく計画。そのための資金として東京大学エッジキャピタル(UTEC)から約1.5億円の資金調達を実施したことも明かしている(調達は3月に実施)。
estieのメンバー。前列中央が代表取締役CEOの平井瑛氏
同社は平井氏を含む3人の共同創業者が2018年12月に立ち上げた。3人は全員が東京大学の出身で学生時代からの付き合い。平井氏と取締役の藤田岳氏は大手デベロッパーの三菱地所、取締役CTOの宮野恵太氏はNTTドコモを経て起業しているため「事業用不動産の知見とテクノロジーのバックグラウンドをどちらも持っているのがチームの特徴」(平井氏)だ。
「事業用不動産の領域はテクノロジーやデータの活用が進んでおらず、アメリカやイギリスなど海外に比べて少なくとも5年は遅れているという感覚を持っている。まずは2つのサービスでこの領域をシンプルにして、ユーザーとエージェント双方に新しい価値を提供していきたい」(平井氏)