「若き研究者よ、今こそ立ち上がれ」社員1人のバイオベンチャーJiksak、ALSなくす挑戦へ1.9億円を調達

「患者さんの本や研究をきっかけに、ALSという病気が想像以上に辛い病気だと知った。発症原因についていくつか仮説はあるものの、正しいものがつかめていない状況で治療方法も見つかっていない。自分の研究をこの病気の解決に繋げられないかと考えた」—— Jiksak Bioengineering代表取締役CEOの川田治良氏は、ALSをなくすチャレンジを始めたきっかけをそのように話す。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は進行とともに随意筋のコントロールを失っていく病気。意識がはっきりしているのに、手足を動かしたり声を出したりできなくなってしまう。数年前にソーシャルメディアで大きな話題を集めた「アイス・バケツ・チャレンジ」で、ALSを知った人も多いのではないだろうか。

この難病を「独自の細胞培養技術」を通じてなくそうとしているのが、Jiksak Bioengineeringだ。同社は2月21日、ベンチャーキャピタルのANRI、大原薬品工業、エッセンシャルファーマ、メディフューチャーを引受先とした第三者割当増資と助成金を合わせて、総額1.9億円を調達したことを明らかにした。

今後は組織体制を強化し、これまで研究開発を重ねてきた製品を実際に販売するフェーズに入っていくという。

人体と同じような神経組織を作製し、試験の成功確度をあげる

同社が取り組むのは「人工的に人体と同じような神経組織を作製することで、ALSなどの治療薬を見つけ出す」ということだ。ポイントとなるのは、いかに体内に近い環境を試験官の中につくりだせるか。それが試験の成功確度をあげることにも直接つながる。

同社ではマイクロ流体デバイスの仕組みと、iPS細胞をもとに三次元構造を有する細胞組織(Nerve Organoid / ナーブオルガノイド)を形成。それを数センチ程度のマイクロチップに詰め込んで販売する。これはOrgan on a chip(日本語では人工臓器チップと訳されるそう)とよばれる技術で、アメリカでは非常に注目を集めているそうだ。

では実際のところJiksak Bioengineeringの技術は従来と何が違うのか。最大の特徴は「細胞核と軸索(体の導線のような役割を果たすもの)をわけて培養できる」ことにあるという。

川田氏によると、そもそも体内の運動神経は軸索が伸びて束になっているそう。この状態に近いシチュエーションを作りだすための「軸索を長く伸ばして、束ねる技術」が同社独自のものだ。

これはJiksak Bioengineeringが作る細胞組織の写真で、中央の黒い部分が細胞核、そしてそこからにょろっとでているのが軸索だ。一般的な技術で作られたものではこの2つがここまで明確に区分できず「ミックスされている」状態なのだそう。混ざってしまっている状態では軸索部分だけを切り出して、分析や実験をすることができなかった。

「(軸索だけを切り出すことができれば)軸索の中にだけ存在するものを評価できるようになる。たとえば健常者とALS患者のiPS細胞からオルガノイドを作った際に、軸索を切り出すことで『軸索の中で何か悪いことが起きているのかどうか』を確認できる」(川田氏)

川田氏によると、実はALSやパーキンソン病に関する論文の中には「軸索の中で問題が起きているのではないか」と主張しているものも多いそう。Jiksakの技術ならば、この仮説に対してきちんとアプローチができるようになる。

このように人体に近い環境を作れることで2つのメリットがあるという。1つは試験の成功確度があがること。そしてもう1つは基礎研究の段階から、人体に近い組織で実験ができるようになることだ。

従来の試験方法では、バイオ細胞→動物→治験(人間)という対象順に研究を行う。ただ川田氏によると「人間と動物、人間とバイオ細胞は全然違うもののため、人間とは異なる2つの環境で条件をクリアしたとしても(最終的に)うまくいかないケースも多い」そう。Jiksakのオルガノイドはこのプロセス自体も変えられうるという。

自分みたいなやつでも、スタートアップできる

せっかくなので川田氏のことも少し紹介しておきたい。同氏は東大の生産技術研究所でマイクロ流体デバイスを用いた細胞培養や、iPS細胞の研究に従事。博士課程でハーバード大学に行ったのち、帰国後は再び東大に戻った。

もちろんそのまま大学で研究を続けるという選択肢もあったのだろうが「この技術を確立して少しでも早く産業界に展開したい」という気持ちが強かったそう。研究の傍ら、外部の人と合う中でANRIの鮫島昌弘氏と出会い、出資を受けられる目処が立った。同時期にNEDOSUI採択案件(研究開発型ベンチャー支援事業)にも選出。ある意味「東大のポストを捨てる」ような形で、2017年2月に起業した。

2018年2月に鮫島氏が社外取締役に就任したが、今でも社員は川田氏1人だけ。今回の資金調達も研究開発と並行して「周りからは相当ディスられながらも1人でやった」(川田氏)そうだ。

「大学で研究することももちろん価値があることだけれど(その研究を事業として)社会に生かしていくくことも大切。ポスドク(博士後研究員)の中には、今後自分の研究をどう進めていくか悩んでいる人も多い。今はアカデミアの領域以外にもチャレンジできる場所があり、自分みたいな人間でも起業して資金調達をしながら事業を進めていける環境だ。起業という選択肢があってもいいし、博士号をとったような人材が(ビジネスの現場に)でてくると、日本のバイオベンチャーもさらに盛り上がる」(川田氏)

創業時に川田氏が使っていたラボ。当時はFabcafeの一室でやっていたという。ちなみにこの部屋は鮫島氏が見つけてきたもの。「彼との二人三脚は弊社の根幹だった」(川田氏)

たとえばアメリカでは著名なVCであるAndreessen Horowitzが人工臓器チップの可能性について言及するなど、この分野に注目する投資家も多い。累計で5900万ドルを集めているEmulateのようなスタートアップも生まれている。

一方で日本はバイオベンチャーが少ないため(川田氏は起業家自体がそもそも少ないという)、そこに投資をするVCも限られている。資金調達を進める中で、専門知識がある事業会社の担当者の反応が良い一方、VCの反応がイマイチなどギャップに苦しんだこともあったそうだ。

それでも1人で必要な軍資金を集めた川田氏。これまでは研究開発がメインだったが、今後はいよいよ次のフェーズに入っていくという。

まず開発したチップを製薬企業や大学の研究者などに販売をしていく(チップを単体で売るのではなく、細胞を入れた状態で販売)ほか、製薬企業とは個別に共同研究契約を提携。各企業のニーズに合わせてオーダーメイドのような形で技術・製品を提供していく方針だ。

また現時点で詳細は明かせないということだが、軸索束を使った再生医療製品の開発にも取り組むという。

「これからは人材採用も進めて組織体制を強化しつつ、販売するチップを大量に生産できる『神経工場』のようなものを作る。チップの販売や共同研究、自社での再生医療製品の開発も合わせて、ALSをはじめとする難病をなくすチャレンジを続けていきたい」(川田氏)