「ハイパフォーマンスなテレビCM」がスタートアップの成長を加速させる

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編集部注この原稿は彌野泰弘氏による寄稿である。彌野氏はP&Gで高級化粧品のSK-IIやスナックのプリングルズなどの日本、韓国、オーストラリア市場に向けたマーケティングを担当。その後シンガポールやスイスで多国籍メンバーでのプロジェクトを推進したのち、2012年にディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。同社の執行役員 マーケティング本部 本部長として、モバイルゲーム、エンタメ、ヘルスケアに加えて、同社のコーポレートブランディングやスポーツマーケティングなど、全社のマーケティングを担当した。ネットサービスだけでも100本以上のテレビCMの制作を経験したという同氏だが、2015年4月にはDeNAを退社してBloom & Co.を設立。現在はスタートアップのマーケティング支援や大手企業のデジタルを含むクロスメディアのマーケティングを支援している。そんな彌野氏に、最近増加するスタートアップのテレビCMについて、制作する意味や制作の際に注意すべき点について語ってもらった。

テレビCMにかける予算がデジタル広告にシフトするなどと言われている一方で、インターネット企業のテレビCMへの投資は年々増えている。数年前は、私がいたディー・エヌ・エーやグリーなどが主な出稿主であったが、ここ数年で、LINEやメルカリ、スマートニュース、Gunosy、Antenna(グライダーアソシエイツ)、ラクスルなど、実に多くのインターネット企業がテレビCMをマーケティングに活用するようになってきた。

「マーケティングのデジタルシフト」とはよく言われるが、インターネット企業を見てみれば、テレビCMを最大限に活用すべく動いているといういわば「逆流現象」が加速している。

テレビCMは、サービスを一気に拡大させるマスマーケティングにおいて、いまだに必要不可欠で、非常に有効な戦略・手段であるということがわかる。一方、数億円という多大な投資が必要なテレビCMは失敗するとそのスタートアップは、二度とテレビCMを打てないほどの傷を負う可能性もある。ただし、成功すると、これまでにないような大きな成長を遂げ、第2弾、第3弾の資金調達、そして、テレビCMプロモーションが可能になり、サービスは一気に成長カーブを駆け上る。

ネットサービスにテレビCMが必要な3つの理由

ネット系のスタートアップ企業は、少人数でサービスのプロトタイプを作り、ベータ版をリリースし、主要なKPIを見ながらPDCAを回し、サービスをピボットないし、チューンナップしていく。そして、ネット上で口コミを作り、1クリック(または、1タップ)で会員登録させたり、友達を招待させたりすることが可能である。

シャンプーや飲料などの一般消費財のように、大々的にテレビCMを投下して、認知を上げ、店頭に商品を山積みし、買い物のタイミングで目にとめて思い出して購入してもらうという伝統的なマスマーケティング手法を取る必要がない。では、そんなインターネット企業が、なぜ、多額の資金を投じなくてはならないテレビCMを使ったマーケティングを行うのか?その理由は以下の3点だと思う。

1. 平均的なユーザーが日頃利用するアプリやサービスはせいぜい20〜30個。しかしアプリやネサービスは日々増えているので、自社のサービスをユーザーに選んでもらうためには注目を集める必要がある。テレビCMは注目を集めるという点において非常に有効。

2. 多くのユーザーは受動的でなかなか行動を起こさないが、テレビCMはテレビをつけているだけで、次々と流れてくるプッシュ型の広告であり、多くの受動的なユーザーに行動を起こさせる上で非常に有効。

3.インターネットが浸透してきたとはいえ、テレビのチャンネル数に対してインターネットのサイト数は莫大.。インターネットだけでは十分にリーチできない(またはリーチするのにかなりの時間がかかる)層がいる。

テレビCMで認知されるだけでは意味がない

ネット上には、無数のアプリやサービスが存在し、ひとりのユーザーが、そのすべてのアプリやサービスを一から順番に試用することは現実的に不可能である。ユーザーの立場で考えると、ランキングや、口コミ、またはテレビ番組やテレビCMで見かけて興味を惹いたものから順番に試用していくのが自然である。

ユーザー側の選択肢は無数にあり、その中で目にとまり、使ってみたいという欲求を駆り立てられないと、そのサービスはそのユーザーに一度も使われないままに終わる。注目されなく、一度も使われないサービスは、存在していないのと同義だ。

市場に存在するサービスの数が少ないときは、サービスを開発しリリースするだけで、注目が集まるし、サービスが利用される。それはユーザーに与えられた選択肢が多くないからだ。しかし、サービスが供給過多になると、ユーザーに「主導権」が移ることになる。そうなると、優れたサービスを作ってリリースするだけでは、ユーザーの限られた「使ってみるリスト」に入らず、結果、ユーザーに使ってもらうことすらできないサービスになってしまう。

それでは、どのようにしてユーザーの意識の中での優先順位を上げていくか。それは、サービスの認知を上げることでは実現しない。「知っていること」と「優先すること」は、必ずしもイコールではないからだ。日常生活でも、知っているが使っていないサービスや商品は無数にあるはずだ。それが、「認知獲得=マーケティング」だと思ってしまうことの罠である。テレビCMは「圧倒的な認知を獲得するためもの」と理解されることが多いが「認知されただけでは何も起こらない」のだ。

パフォーマンスCMとCM戦略策定に潜む3つのトラップ

テレビCMへの投資には数億円というお金が必要になる。金額を絞って最適化ということも考えがちだが、絞ったら絞ったで、クリティカルマスを超えずに、効果が出ない。効果を出すだけのクリティカルマスを超えるために、「やるときはやる」という割り切りが必要だ。

ただし、数億円の投資をすることは特にスタートアップ企業にとって容易ではない。その投資で、「大きな成長」を買うか、「大きな涙」を買うかは、スタートアップの存続・成長にとって重要な分岐点である。

多くのネット系スタートアップにとって、テレビCMのKPIはブランディングではなく、ダウンロード数やユーザー数の獲得である。その投資で、どれだけ多くのダウンロードやユーザー(インストール)を獲得できたかどうか(CPI = Cost Per Install)。それに尽きる。

CPIをKPIとして、高いパフォーマンス(大量のユーザー獲得)を上げるためのテレビCMを、私は「パフォーマンスCM」と呼んでいる。ブランディングのためのテレビCMが不要、または、価値が低いということではなく、テレビCMを実施する際に、その目的をアプリのダウンロードを最大限に効率的に獲得すること(最小のCPIでのダウンロード数を最大化する)なのか、ブランディングなのかを明確に分けておくべきということである。それらが明確に切り分けられていない、または、社内でも認識が曖昧なままにテレビCMの開発が進むと危ない。

事業の命運をかける数億円の投資は、当然、戦略的に設計され、企画され、制作されるべきであるが、テレビCMというものは、アウトプットが非常にソフトなものなので、それぞれの主観や好みで、様々な意見が生まれ、判断のブレや、意見の食い違いが起こり、その結果として、バイアスがかかった社内のメンバーに意見を聞いてテレビCMのクリエイティブを決めてしまったり、何も伝わらない情報てんこ盛りのテレビCMができてしまうのは、テレビCM開発における「あるある」である。

そんな「あるある」を避けて、数億円の投資に見合うリターンを創出する「パフォーマンスCM」を作るためには、まず、テレビCMの目的を明確にし、関係者で共通認識を持つことが第一歩である。これらを踏まえて、CM戦略策定段階でハマりやすいトラップ(罠)は以下の3点だと言える。

1.テレビCMに求めるもの(目的)が曖昧、または、関係者の中で、共通認識が作れていない。

2. テレビCM開発プロセスの中で、バイアスのかかった関係者の判断に頼りミスジャッジをする。

3.サービスのエッジを伝えるのか、マーケティング的にエッジを作るのか、カテゴリを作るのかの切り分けができていない。

テレビCM制作プロセスでの5つのトラップ

戦略を策定したあとはいざCM制作となるが、このプロセスでも「5つのトラップ」がある。

1.オリエン作成時のトラップ

オリエンにはマーケティング戦略が書かれるべきだが、テレビCMの目的や、ターゲット、インサイト、戦略的な訴求メッセージなどがあいまい、または、先述のようにバイアスのかかった社内の人間の判断でユーザー視点と本質的に間違っていると、その先のアウトプットは大きくずれ、取り返しがつかなくなる。

2. クリエイター選定時のトラップ

クリエイターには、トンマナやカテゴリの得意不得意があり、そのサービスに適したクリエイターをキャスティングする必要があるが、クリエイターの特性を理解していないために、特定のクリエイターに不得意なことを期待してしまいそのクリエイターの力を最大限に活かせなかったり、クリエイターの得意でないことを要求してしまった結果、イマイチなクリエイティブが生まれてしまう。

3. クリエイターオリエン時のトラップ

クリエイターへのオリエンは、そのクリエイターの頭の中に、多くのインスピレーションを与えることが重要で、その後の強いクリエイティブ企画を生み出すために非常に重要なタイミングだ。だが、多くの人間がいろいろな事を言ってしまったり、クリエイターに伝わらない表現や言葉で話してしまい、クリエイターが混乱したり、本質とずれた印象を与えてしまい、企画が本質や戦略からずれてしまうこともある

4. 企画選定時のトラップ

多くのクリエイターは、複数案を提案してくるが、非常にソフトな企画かつ、絵コンテなどで出てくるため、仕上がりのイメージがつかめなかったり、個人の好みで選んでしまったりして、マーケティング戦略がこの時点でエクセキューションからずれてしまう。同じA4の紙に書かれた企画だが、どれを選ぶかでCPIが平気で3倍は変わる。つまり、数億円の投資対効果が3倍も変わることを意識しないといけない

5. オフライン(仮編集)作業時のトラップ

撮影後のオフライン(仮編集)では、15秒や30秒という非常に限られた秒数の中でのコミュニケーションの割合や順番などをフレーム(1秒以下)単位で調整していく必要があるが、CMの面白さに傾注してしまったりして、本来伝え、残すべきメッセージや印象が残らない。カットごとの情報量や順番、そして、サイズ、カラーなど、クリエイターと相談しながら緻密なバランス調整が必要。ここは、テレビCM制作の経験が求められる

15秒、ないし30秒のテレビCMを作るだけなのに、上記のように複数のトラップが存在している。そして、ひとつでも失敗すると、その後のプロセスでは取り返しがつかないというのがやっかいだ。作り直しが発生したり、作り直しが重なることで、最終的に継ぎ接ぎだらけの効果に繋がらないテレビCMができてしまったり、納期に間に合わなくなり、競合に先を越されたりする。また、そのようなことをしているとクリエイターのモチベーションが下がってしまい、クリエイターが強い企画を出せなくなってしまうこともある。

肌感覚では、7~8割くらいのテレビCMは投資対効果がブレークイーブン、または、それ以下になっているように思う。逆に、上記の5つのトラップにはまらず、成功した2~3割は、テレビCM投下以前にはなかったような急激なサービスの成長を遂げている。

CPIで言えば——アプリのカテゴリにもよるが—テレビCMの内容次第で100円台から数千円台まで幅があるのが現状だし、クリエイティブを差し替えることで、CM効果が1.5倍になったケースもある。同じカテゴリのCMを制作した際も、クリエイティブ次第ではCPIに3倍以上の差が出るということもあった。

マーケティングは、競合の動的な変化も含めた外部環境や、その他の複数要因によって結果が変わるため「普遍的な正解は存在しない」だからこそ「失敗する確率をできるだけ下げて、成功する確率をできるだけ上げる」という努力が必要になる。

成功する2~3割になるか、残りの7~8割になるかは、上記の3つの理由と5つのトラップに注意しながらテレビCMの開発を進めていくことが非常に大切である。

 

女の子向けテクノロジーおもちゃのスタートアップ、GoldieBloxのスーパーボウル広告に拍手

日曜の晩、約1億1000万人がテレビにかじりついてスーパーボウルでシアトル・シーホークスがデンバー・ブロコスに快勝した試合とそこに散りばめられた30秒のおそろしく高価なスポットCMに見入った。今年Fox Sportsはスポット1枠ごとに450万ドルを要求し、アンハイザー・ブッシュ、シボレー、ペプシといったブランドがしぶしぶ財布をはたいた。

しかしひときわ異彩を放ったのは、社員15人のテクノロジー・スタートアップ、 GoldieBloxのCMだった。このサンフランシスコの会社は小さな女の子向けのテクノロジーおもちゃを作っている。4日前に、GoldieBloxはIntuitが主催するスモール・ビジネス・ビッグゲーム・チャレンジで優勝し、世界でもっとも高価なCM枠を獲得したことを発表した。

ちなみにGoldieBloxのスーパーボウル広告はBeastie Boysとの法律紛争を丸く収めるのにも役立つかもしれない。同社は無許可で Beasty Boysのパロディー広告を作ったということで訴えられている。スーパーボウル広告はSladeの“CumFeel The Noize”をカバーしているが、こちらはちゃんと金を払ってライセンスを得ているのだろう。

こんな小さな会社がスーパーボウルでCMを流せるというのはめったにないことだ。GoldieBloxのCMは大勢の女の子たちがピンクのお人形やら例によって例の如き退屈なおもちゃを抱えて集まり、ロケットに載せて宇宙に打ち上げてしまうというストーリーだ。スーパーボウルCMといえばマッチョな性差別的広告がうんざりするほど流れるのが通例だが、GoldieBloxCMは気持ちのいい解毒剤となった。Intuit自身も税務申告のソフトというスーパーボウルで興味を引きにくいプロダクトのCMづくりに頭を悩ませることなくイメージアップを実現できた。なにしろスーパーボウルの広告主に文句を言うための専用アプリがRepresentation Projectによって作成されているくらいだから、Intuitの戦略は賢明だったいえる。

いちばん評判の悪かった広告がどれになるかまだわからないが、Twitterの反応ではSodaStreamとフォルクスワーゲンがありがたくない番付のトップに並んでいるようだ。こちらは昨年のスーパーボウルのもっとも性差別的CMのリストで、ビキニモデルがフィッシュバーガーを食べるCarl’s Jr’sの傑作などが入っている。

しかし幸いなことにスーパーボウルCMの女性向けと男性向けの差は毎年縮まっている。たとえば昨年、GoDaddy.comは最悪の性差別的CMの烙印を押されてしまったが、今年は劇的に調子を変えてきた。今後とも企業は注目を集めながらも性差別的でない広告づくりに努力していくだろうと期待したい。

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(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+