金融業界ではこれまで、財務情報や経済統計といったデータを元に経済分析を行ってきた。そして現在、位置情報やクレジットカード情報といったオルタナティブデータを活用する動きも出てきている。オルタナティブデータの可能性はどこにあるだろうか。クロスロケーションズ代表取締役小尾一介氏、ナウキャスト代表取締役CEO辻中仁士氏、KDDIパーソナル事業本部サービス統括本部データマネジメント部データ戦略Gグループリーダー杉本将之氏、KDDIパーソナル事業本部サービス統括本部データマネジメント部データ戦略G課長補佐瀧本祐介氏が、データ活用場面の効果と課題、国内のオルタナティブデータの市場と今後の展開についてディスカッションを行った。モデレーターは技研商事インターナショナル執行役員マーケティング部部長市川史祥氏。
本記事は位置情報DXカンファレンス 2021July中のセッションを編集・再構成したものとなる。
オルタナティブデータとは?
オルタナティブデータとは、位置情報、決済情報、POSデータ、クレジットカードデータ、ニューステキスト、衛生画像など、多様なデータを指す。
ビッグデータを活用したデータ分析サービスを提供するナウキャストの辻中氏は「オルタナティブデータは多様です。だからこそ、お客様からの要望は『この種類のデータが欲しい』という形ではなく、『こういうことを知りたい』という形で出てきます。その要望に合わせて提供するデータを特定することが、現状のオルタナティブデータ活用の1つの形です」と話す。
オルタナティブデータの活用例として、辻中氏は「高齢者のコロナワクチン接種によって消費が回復したのか?」という問いを提示した。
辻中氏が使用したクレジットカードの決済データによると、高齢者を中心に百貨店、アパレルの消費が回復している。しかし、これには注意点がある。コロナワクチン接種の状況、進捗には地域差があり「高齢者を中心に百貨店、アパレルの消費が回復している」と決済データから読み取ることができても、それだけではコロナワクチンの接種が回復に影響しているのかどうか結論を出すことができないのだ。この場合、位置情報を組み合わせることで、より精度の高い結論を出すことができる。
ナウキャストでは、KDDIが提供する位置情報データを分析した。そこからわかったのは、東京駅、銀座駅、梅田駅を比較すると、60代以上の人の外出がその他世代よりも多く、特に梅田駅でその傾向が強いことだった。
辻中氏は「これはおそらく5月後半まで大阪エリアでコロナウイルスの感染者が多かったものの、6月以降感染が落ち着き、『外に出よう』という動きが他のエリアより大きく出たと考えることができます。こうした分析はクレジットカードの決済情報や、他のオルタナティブデータではなかなかできません。この場合は位置情報が重要だったわけです」と語った。
オルタナティブデータの具体的な使い方
ここモデレーターの市川氏は「オルタナティブデータ活用のその他の具体的ユースケースはありますでしょうか?」と質問した。
小尾氏は、自身が所属するクロスロケーションズがニッセイ基礎研究所と共同で開発した「オフィス出社率指数」を例に挙げた。これは、位置情報のAI解析データを使って開発したもので、東京のオフィスエリアをいくつかに分け、それぞれのエリアの出社率を分析するものだ。オフィスワーカーの出社状況を把握することで、オフィスの賃貸やオフィス建設に関わる業種の企業に有用なデータを得ることができる。また、オフィスワーカーをターゲットにした飲食業やコンビニ業界も活用できる可能性がある。
小尾氏はもう1例挙げた。あるヘッジファンドがクロスロケーションズが提供するLocation AI Platformを導入して2万拠点以上の上場企業の店舗や工場、オフィスなどを登録し、稼働や売り上げの状況を推測したのだ。
「今後は天気や決済情報などと掛け合わせて検証することで有益な情報が得られるだろうと考えております」と小尾氏は語った。
KDDIの杉本氏は「オルタナティブデータの活用と言っても、クライアントのニーズはさまざまです。クライアントに依頼された種類のデータを提供し、クライアント自身がデータのメンテナンスを行う場合もありますが、それもそれでクライアントにとっては負担になることもあります。また、データを扱う知見がクライアントにない場合もあります。『分析の結果だけ知りたい』というニーズもあります。クライアントに合わせて情報を提供することが重要ですね」という。
同じくKDDIの瀧本氏も「海外のヘッジファンドなどで『自社でデータ加工できるので、生データをください』と言われることもありますし、オルタナティブデータ活用というと、このイメージが強いと思います。ですが、そうでないお客様もいらっしゃいます。実はマーケットのボリュームゾーンにいらっしゃるお客様は加工済みのデータを必要としています。『どう加工するのか』は非常に重要なことです。この加工プロセスには匿名処理も含まれます。市場の予測精度を落とさず統計化することが肝要ですね」と話した。
大切なのは「データの組み合わせ」
市川氏は次に「オルタナティブデータにおける位置情報の課題は何でしょうか?」と質問した。
辻中氏は「やはりデータの組み合わせですね。例えば、百貨店に人が集まっていても、それが売り上げに繋がっているとは限りません。ウィンドウショッピングをしにきた人がたくさんいるだけかもしれません。これはクレジットカードの決済データを見れば答えがわかるでしょう。また、POSデータを見ると、来場者がアパレルを買ったのか、口紅を買ったのかが見えてきます。1つのデータで答を出そうとすることには無理があります。同じ事象でも、データによって見えてくるものが異なるので、組み合わせが重要ですね」と回答。
杉本氏は「私も同感です。例えば、位置情報をみて、ある工場の人流が増加したことがわかったとします。景気が良くて稼働が増え、人が増えたのかもしれませんが、機械化が遅れているから人を増やしている可能性もあります。逆に人流が減っている場合、稼働率が下がって人が減っているのか、機械化が進んで人手が減っているのかまではわかりません。同じ結果でも、意味や原因がまったく異なることがあり得ます。なので、データを活用する人自身のデータを組み合わせて読み解く力が重要です」という。
小尾氏は「データの組み合わせは重要ですが、それはつまりデータを持っている他の企業との協業も重要だということです。例えば、位置データを使ってある商圏を分析した時、西からは人が来るけど東からは来ないことがわかった。ですが、『それはなぜか』を分析するには、位置情報だけでは十分ではありません。自分が持っていないデータを持っている企業との連携も重要です」と語った。
辻中氏は「次の問いはデータをどう組み合わせれば良い分析ができるのか」だという。その鍵は2つあるという。
1つは対象の経済活動に関するドメイン知識だ。例えば自動車の生産は労働集約型であり、自動車の生産を増やす場合には人員の1日の交代回数を増やすことになる。そのため、自動車工場の人流が増えている場合は自動車の生産が増えているとみなせる。しかし、化学産業や鉄鋼、コンビナートのようなところでは機械化・装置化が進んでいるため、生産量の増減と人員の増減の関連性が薄い。
「こうなってくると、位置情報をどう使うのか、どんなデータを組み合わせるのかというコンテクストが大きく変わってきます。なので、ドメイン知識が重要になります」と辻中氏。
2つ目に同氏は「データの癖の理解の重要性」を挙げた。例えば携帯電話の基地局ベースデータは粒度が荒いがデータそのものの数が多い。一方GPSベースデータは粒度が細かいがデータそのものの数があまり多く取れない。さらに、GoogleやAppleのプライバシーポリシーの変更の影響も受けやすい。さらに、デパートの中での人の位置を考えた場合、3Dのデータがなければその人が地上にいるのか、地下にいるのか、高い階層にいるのかもわからない。
「こうしたデータ間のインタラクションを考えた時、当社のようなユーザーとデータプロバイダーの間にいる存在が果たす役割が重要になってくるのではないかと思います」と辻中氏今後の位置情報関連企業の重要性を語った。
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