「従来型IPOはナンセンス」という説にIPOの専門家が反論

Lise Buyer(リズ・バイヤー)氏はこれまで13年間、自身のコンサルタント会社であるClass V Group(クラスVグループ)を通じて、株式公開の仕方をスタートアップにアドバイスしてきた。バイヤー氏は同社を創業する前に、はじめは投資銀行家として、その後はGoogle(グーグル)のディレクターとして働いた経験を持つ。グーグルでは、例外的な方法が採用されたことで有名な2004年のIPOの計画立案に携わった。

バイヤー氏が年を追うごとに従来型のIPOを高く評価するようになったのは、おそらくグーグルのIPOが大きな誤解を招いたからかもしれない。バイヤー氏は自身を「コースを何度もプレイして」さまざまな環境で何が起こるかを経営陣に進言できるようになったゴルフキャディーのようだ、と言う。

確かにバイヤー氏は、経営陣が通常のIPO、オークション式、SPAC、ダイレクトリスティング(直接上場)のどれを選ぶかに「関係なく、自分の報酬は変わらない」と言うが、その一方で、直接上場やSPACについては、それを組織する投資家が見せかけてきたほどの必要性はないと思っている。むしろ、従来型IPOプロセスは近年、不当に低く評価されてきたと考えており、おそらくその不評は、憤慨したBill Gurley(ビル・ガーリー)氏という人によってあおられているのではないかと感じている。

(この名前にピンとこない人のために付け加えると、ガーリー氏がパートナーを務める老舗VCが昨年、IPOのことを「悪い冗談」と呼んで公然と反対し始めた。IPO直前の株が銀行から優遇された機関投資家に渡り、その機関投資家がIPO初日に数千万ドル(数十億円)もの利益を得ることがあるが、本来その資金は発行企業のところに行くはずのものだ、というのが同VCの言い分である。ガーリー氏は昨秋、サンフランシスコで「Direct Listings:A Simpler and Superior Alternative to the IPO(直接上場:IPOに代わるシンプルで優れた方法)」という招待客限定のイベントも主催している)。

確かに最近、従来型IPOを選ぶ企業はIPOの引き受け業務を行う投資銀行に付け込まれる「能なし」だと主張する声が聞かれるようになっており、そのことにバイヤー氏は憤慨している。

バイヤー氏は次のように語る。「株式公開にはいろいろな側面がある。この話題が現在のような方向に進んでいるのは非常に残念だ」

バイヤー氏には、従来型IPOに関する上記のような主張が正しいと思えない。その理由として同氏がまず指摘するのは、IPO初日の「高騰」は経営陣も想定しているという点である。同氏はこう説明する。「適正な価格を選ぶのはビル・ガーリー氏ではない。従来のIPOでは銀行が企業に対して『御社は(一株あたり)40ドル(約4240円)の価値があると思うが、IPO価格は(一株あたり)20ドル(約2120円)とする』と言い、それによってIPO価格が決まると考えている人がいるが、そうではない。その考えは間違っている。適正な価格を選ぶのは経営陣である。経営陣は普通、IPO初日のことだけでなくその先のことも考える必要がある。IPO初日に高値になることを望む企業もあれば、そうでない企業もある。それは経営陣が決めることだ」。

バイヤー氏は一例として、ビデオ会議システムの会社であるZoom(ズーム)を挙げる。ズームの株価は去年4月のIPO初日に72%急騰した(このパンデミックの間も急伸を続けている)。同氏によれば、CEOのEric Yuan(エリック・ヤン)氏と役員たちは「株価が跳ね上がることを承知していた」のであり、いずれにしても最初に設定された株価に同意していた。ヤン氏らは、膨れ上がった期待に応えようと競い始めるよりも、現実的で達成可能な期待値を設定したいと思ったのである。

経営陣は「市場が天文学的な金額を支払うことに一時的に積極的になっているというだけで、困難な立場に置かれたくないと思っている。そのように高騰した価格で買う人は、実際には市場のファンダメンタルズを理解していない場合が多い。もし3か月後にその企業がIPO時のクレイジーな期待に沿わない予測を発表したら、経営陣は非常な長期にわたってその状況に耐えていかなければならなくなる」とバイヤー氏は説明する。

同様のケースとして、バイヤー氏はソフトウェア企業のBill.com(ビルドットコム)のことを指摘する。同社の株価は昨年12月のIPO初日に60%跳ね上がった。最終的にどの程度の資金を調達できるか心配だったかもしれないが、同社は正しい判断をし、それによってすぐに報われたと同氏は考えている。

「ビルドットコムの場合、経営陣は需要が供給を劇的に上回ることを知っていたので、IPO価格を大幅に高く設定することもできた」とバイヤー氏は言う。経営陣がそうしなかったのは「株式市場に関して常軌を逸したメッセージを送り」たくなかったからだ、と同氏は続ける。加えて、ビルドットコムはすでに次の株式売却を計画していた。実際6月に、同社のビジネスが加速して株価が上がると、経営陣はずっと多くの割合の株式を、ずっと高い価格で売却した

多くのソフトウェア企業と同様、ビルドットコムもパンデミックの影響で予想外の利益を得たと言われるかもしれないが、バイヤー氏はそうは見ていないようだ。「同社は以前から、価格を抑えた例のIPOによって投資家と親密な信頼関係を築いてきたので、ずっと多くの資金を集め、4か月後にダイリューション(希薄化)を抑制することができた。同社が(IPO初日に)判断を誤って公的年金基金を少し増やしたと誰が批判できるだろうか」とバイヤー氏は語る。

今年最も期待されているIPOの一つがAirbnb(エアビーアンドビー)だが、上記と同じような理由で従来型IPOを選ぶかどうかは間もなく明らかになるだろう。Bloomberg(ブルームバーグ)がちょうど本日伝えたところによると、同社は従来型IPOを行うために、ヘッジファンドの億万長者Bill Ackman(ビル・アクマン)のSPACによる買収を断ったという。

一方で、ビジネスにとって最善の方法を今すぐ決定する必要があるのは、決して宿泊業界の巨人であるエアビーアンドビーだけではない。特にSPACは今、創業者の目にも投資家の目にも魅力的に映っているようだ。バイヤー氏は自身のクライアントについてこう述べている。「6週間前にはSPACのことを考えていなかった人々が、今では周りに影響されて、合弁パートナー兼買収者の候補企業に関する条件やトレードオフについて具体的な評価を行い始めている」。

直接上場は費用が安く済む手法として歓迎されており、先週時点のSEC命令では、企業は直接上場によって資金を集めることができることになっているが、バイヤー氏はSPACや直接上場についてはまだ様子を見たいと考えている。

「最初の募集を含む直接上場では、企業がアドバイザーではなく引受人を参加させるかどうか、それによって費用が従来型のIPOよりも安くなるか、または高くなることさえあるのか、興味深いところだ。どちらの可能性もあるが、まだ結論は出せない」とバイヤー氏は語る。

「繰り返すが、確信があるわけではない。ただ、強い意見によって刷り込まれたものではなく、現実に存在する本質的な問題は何なのかを見きわめるために、今は様子を見守りたいと思っている」とバイヤー氏は付け加えた。

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カテゴリー:VC / エンジェル

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(翻訳:Dragonfly)

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TechCrunch Japan

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