「旅行需要は必ず復活する」コロナ禍でインバウンド事業の売上98%減を経験したWAmazingが生き残れた理由

WAmazing代表取締役CEO 加藤 史子

WAmazing代表取締役CEO加藤 史子氏

新型コロナウイルス感染症により多くの産業が影響を受けている。中でもインバウンド事業への影響は深刻だ。日本政府観光局の発表によると、2021年1月の訪日外客数は4万6500⼈で、前年同月⽐98.3%減。16か月連続で前年同月の数値を下回った。

インバウンド事業を手がけるスタートアップは、この危機的状況にどう対応しているのだろう。今回、訪日外国人向けサービスを展開するWAmazing代表取締役CEOの加藤史⼦氏に、インバウンドにおける新型コロナの影響と同社の対応について話を聞いた。

売上98%ダウンの危機

まずは、WAmazingの手がけている事業について説明したい。WAmazingはアプリを通じ、訪日外国人観光客に宿泊やアクティビティの販売、免税ECなどのサービスを提供するプラットフォームを運営している。アプリの利用者は日本に到着した際、空港で無料のSIMカードを受け取り、日本国内で利用できるのもWAmazingの特徴だ。

空港に設置しているSIM受け取り端末

WAmazingのサービス開始は2017年1月。2010年1月末時点で累計利用者数は33万人だったと加藤氏は説明する。WAmazingのメインターゲットは東アジアで、利用者は台湾からの観光客がおよそ5割、中国本土が3割、香港が1割、その他1割という割合だった。

新型コロナの影響で、旅行のキャンセルが出始めたのは2020年1月頃と加藤氏は話す。2020年1月末、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言。2月には、日本政府が湖北省発行の中国旅券を所持する外国人の入国を停止した。

その後、ダイアモンド・プリセンス号の乗客が新型コロナウイルスに罹患していたニュースが広まると、海外諸国から日本への渡航が制限され始める。2020年2月14日、台湾の厚生省に相当する衛生福利部、中央感染症指揮センターが日本への渡航の警戒レベルを「1(注意)」に指定。 3月19 日には最大レベルとなる「3(警告)」に引き上げた。

「3月末までには、ほぼすべての旅行がキャンセルになりました。2020年1月と同年4月の売上を比較すると98%ダウンのような状態です」と加藤氏は話す。

加藤氏の前職はリクルートホールディングスで、長く旅行業に携わってきた経歴がある。しかし、このような状況はこれまでなかったという。

「旅行の仕事は長いですが、倒産するようなことはなかったですし、東日本大震災も危機でしたが、これも1年で回復しています。また、震災は起こった瞬間がワーストと言えます。もちろん、翌日から被害の状況が明るみになるというのはありますが、一番最悪なことは地震の瞬間にもう起きてしまっている。翌日からは一応、復興に向かいます。コロナが地震と違うのは、どこが底か分からないことです。2月、3月くらいは、どこまで落ちるのかという見通しが立たない中で、難易度が非常に高かったです」。

「骨と皮」を残して大幅コストカット

今もインバウンドは回復しないままだが、それでもWAmazingは生き延びている。加藤氏は今回の危機的状況を乗り切るため、大幅なコストカットと同時並行で、ランウェイを伸ばす施策に奔走したと話す。

「WAmazingは投資先行で動いていて赤字でしたので、売上がゼロになると、ランウェイがぐっと短くなってしまう。下手したら5月には倒産するくらいの状況でした。なので、2月、3月時点で一気にコストカットに踏み切っています。新規採用を止め、4月にはオフィスを退去しました。一旦雇用は維持することに決めましたが、雇用調整助成金を使って、一部社員には休業してもらったり、出向に出ていただいたりしました。プラットフォーム事業は5月1日からサービス停止しています。そうしないとカスタマーサポートやエンジニアの人件費がかかってしまうので」。

契約していた監査法人や弁護士も月額ではなく、実働に対して支払う形にするなどして顧問料を削減した。こうしたコストカットの結果、コストの95%以上が人件費のみという形になったそうだ。「筋肉質、というよりは骨と皮みたいな状態です」と加藤氏は言う。

ランウェイを伸ばすため、新規事業の立案と資金調達の準備も早い段階から始めた。「新規事業やコンサルティング事業系の企画書を2月、3月、4月にたくさん書きました。4月には専任の組織を作っています。あとは資金調達を進めました。11月に8億円でクローズしていますが、動き始めたのは2月からです」。

2020年11月30日、WAmazingはギフティ、電通グループ、住友商事を含む複数の事業会社、ファンド、個人投資家から総額8億円を調達した。この状況でも調達できたのは、新型コロナが収束すればインバウンド需要は戻るという認識を投資家と共有できたからと加藤氏は説明する。

「新型コロナが未来永劫、収まらないということはないし、インバウンド事業は新型コロナさえ収束すれば、再度成長市場になると予想しています。2030年にまでに訪日外国人観光客6000万人、日本国内での消費額15兆円を目標とする国の方針も変わっていません。ここを共通認識として持てていて、いずれはプラットフォーム事業で伸びるだろうと信じてもらえたことが出資していただけた大きな理由であると思います」。

新型コロナで変わる働き方、休み方

新規事業としては、在日外国人向けの交通商品の販売や翻訳事業などいくつか開始した。その中で急速に伸びているのが自治体からの受託事業だという。WAmazingが2021年3月1日に発表した、首都圏スタートアップを対象とするワーケーション事業もそのひとつで、この取り組みの一環として「旅するように働くためのプログラム情報」のサイトを公開した。この事業は、観光庁の「誘客多角化等のための魅力的な滞在コンテンツ造成」実証事業に採択されている。

WAmazingは、この事業で連携している雪国観光圏(新潟県、群馬県、長野県の3県7市町村からなる観光連携組織)と首都圏のスタートアップをつなぐことで、ワーケーションの促進を目指す。ご存知の方も多いだろうが、補足しておくと、ワーケーションはワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた言葉で、リゾート地や温泉地などからリモートワークし、仕事しながら旅行も楽しむ生活スタイルのことだ。

新型コロナの影響で人々の働き方、休み方に対する意識は変化していると加藤氏は説明する。リモートワークが普及し、オフィスを退去、縮小したスタートアップは多い。それに応じて会社側はリモートワーク手当を出したり、社員が集まりたい時だけ使えるシェアスペースを用意したりするなどの施策を打ち出している。一方、個人でもシェアオフィスを利用したり、仕事用の部屋を借りたり、地方に移住したりする人も出てきている。さらに一歩進み、ワーケーションができるようになれば、例えば、飛び石連休のときも、間の1日だけリゾート地からオンラインで働くといったことができるようになると加藤氏は話す。WAmazingは、企業や働く個人に対しワーケーションを提案することにより、人々の働き方や休み方の選択肢を広げたい考えだ。

新型コロナによるマイナスはたくさんあるが、事業の面ではプラスもあったと加藤氏は話す。特に、採用で良い人材が集まったのと地方との仕事の生産性が向上したのが大きいという。

「今は採用を再開していますが、『沖縄や鹿児島在住でも正社員でいいですか』という問い合わせが増えました。これまで正社員の採用は何かあったときのために、いざとなれば通えることを採用の条件にしていたのですが、人事制度を変えて、この条件を撤廃しています。おかげで採用の間口が広くなり、優秀な人が集まりやすくなりました。

また、これまで自治体とは出張して打ち合わせしなければならなかったのですが、全部オンラインになったので、生産性は非常に上がりました。今までオンラインで打ち合わせしたくても、先方から断られることが多かったので」。

現在、請け負っている受託事業は地域のインバウンドプロモーションを手伝うものなので、これまでの事業とシナジーがあると加藤氏は話す。今後も受託事業を伸ばしつつ、新型コロナが落ち着いたらプラットフォーム事業を育てていく考えだそうだ。

最後に新型コロナ収束後の旅行体験がどう変わるかについて聞いたところ、加藤氏は単に見るだけの観光ではなく、五感を活用した体験がより重要になってくるのではないかと話した。

「リアルな楽しみが重要なのは間違いありません。旅行需要は必ず復活すると思いますが、旅先での滞在スタイルは変わるでしょう。また、観光地側も、見るだけの観光ではインターネットでやっても一緒ということになってしまうので、体験したり、触ったり、食べたり、匂いを嗅いだり、耳で聞いたり、五感をフル稼働させるようなものを提供するようになっていくのではないでしょうか」。

投稿者:

TechCrunch Japan

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